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スコルピィという男1

 昔、あるところに浮浪児がいた。浮浪児の記憶には母がいない。病で死んだのか、自分を捨てて遠くへ行ったのかそれすらも定かではない。

 華やかで馬車の通る表通りから外れた裏路地に浮浪児は身を丸める。少し離れた位置にいるうつろな表情の老人は身じろぎひとつもしない。

 建物の隙間から見える鈍色の空から白いふわふわとしたものが落ちてくる。

 空腹で動かない頭で白いものの名前を思い出そうとするが、そもそも知らないことを思い出す。がちがちとぶつかる歯の根に痛みを覚えるが、意識して震えが止まるわけでもないので諦める。目を閉じ、できる限り熱を逃さないように身を縮こめる。

 浮浪児を気にかける人などどこにもいない。そんなもの人攫いか犯罪者ぐらいだろう。


「おやおや、こんな所で寝ては死んでしまうぞ」


 浮浪児に声をかけた男がいた。

 眠りかけたタイミングで話しかけられたため、気怠げな態度で目を開ける。その男は裏路地に似つかわしい白い装束を身に纏っていた。男の眼はなんとも美しく、引き込まれるような不思議な魅力がある。

 たしかシンプサマにカッコが似てんな、と浮浪児は記憶を手繰り寄せる。


「何か用かよ」


 ぶっきらぼうに返事を返す。男は礼儀を失した浮浪児の態度に腹をたてるでもなく、ケラケラと笑った。


「人手が欲しいんだ。一杯のスープと一欠片のパンをあげるから手伝ってくれないかな」


 男は浮浪児に提案する。空腹に支配された頭はその提案の危険性を熟慮しないまま判断を下す。


「いいぜ、文字も書けねぇやつにできることがあるならな」


 よろよろと覚束ない足取りで立ち上がる。男はにっこりと笑みを浮かべると、浮浪児の手を握った。手袋越しでも伝わるほど暖かい体温、浮浪児はその温もりに酷く驚いた。生まれて初めて人の体温に触れたのである。


「君、名前はなんていうんだい?」

「他のヤツは|スカル(骸骨)って呼ぶぜ」


 浮浪児は昔、寝床をほかの浮浪児に奪われかけた時、とっさに掴んだもので反撃した。肉屋の裏路地だったため、切り落とされた家畜の頭蓋骨のツノでその不届き者の目を突き刺した。

 仲間はその時の出来事以来、浮浪児の事を敬意を込めてスカルと呼んでいた。


「|スカル(骸骨)とは物騒だね。落ち着いたら君の名前を考えようか」


 浮浪児の手を握り、仕事を頼み、名付けようなどお人好しにもほどがある。浮浪児は困惑したが、その男の手を振り払うことはしなかった。

 その男はクリストファー・ハルディーと名乗った。教会に着くや否や浮浪児をテーブルに座らせ、彼の前にスープボウルを置く。スープボウルの中には豆と野菜のスープが並々と注がれ、湯気が立っている。スープから微かに香るベーコンの匂いに浮浪児の腹はうめき声をあげた。


「召し上がれ」


 男の言葉を皮切りに浮浪児はスプーンを掌で握り、口にスープを運ぶ。口に広がる豆と野菜、そしてベーコンの甘じょっぱい味に感動した。普段ゴミから漁った食事とは違い、口が切れる事も上手く飲み込めずに咳き込むこともない。腹が満たされる快感がじわりと浮浪児の脳に染み渡る。スプーンで運ぶ行為すら煩わしくなり、直接スープボウルを持ち上げ、口の中に直に流し込む。


「おやおや、そうとうお腹が空いていたようだね。まだ子供でしょうに…なんと酷い……」


 男は悲しげな表情で俯き、手を胸に置く。浮浪児は男の言葉など気にもせず、最後のパンの一欠片を口に放り込んだ。浮浪児に同情するヤツなら腐る程いる。同情の言葉をかけるだけだったが、稀に金やパンをくれる輩がいた。きっとこの男もそういうクチだろう。

 満たされた腹をさすりながら、男に話しかける。


「スープ美味かったぜ、ごちそーさん。それでオレに手伝って欲しいことってなんだ?」


 浮浪児は既にこの神父のような男に心を開きつつあった。何度か教会からの施しを受けたことがあったが、初めて見る男だった。神父のような格好と振る舞いから浮浪児を暴行するようなやつではないだろうと推測していた。浮浪児として過ごすうちに人の本質を見抜く観察眼を獲得したのである。浮浪児にとって食事をもらえること、殴ってこないこと以外は大した問題ではない。


「君には魔法の才能がある。よければそれで仕事をしてみないかい?」


 男はさらに浮浪児に提案した。衣食住の保証もしよう、と付け加えた。男の思わぬ提案に浮浪児はさらに目を丸くする。


「ア、アンタがいいっつーならいーけどよ…オレ魔法なんて使ったことねーよ」


 驚きのあまり呂律が回っていない状態だったが、男はケラケラと笑った。何が面白いのか分からないが、それにしてもよく笑う男だなと失礼な感想を抱く。


「私には人の魂を見る目があってね、ほら目の真ん中に模様が見えるだろう?」


 男に促され、目を凝視する。なるほど、言われてみれば確かに模様が見える。その模様は浮浪児の今まで見たどんなものよりも繊細で美しかった。教会のステンドグラスを彷彿とさせる色合いと知性を感じさせる目元に浮浪児はまじまじも見つめる。


「この目で君の才能を見抜いたのさ。これで信じてもらえたかな?」


 浮浪児は心ここに在らずといった表情でコクコクと頷く。男の目に心を奪われている様子を見て、男はさらにケラケラと笑った。


「そんなに見つめられると照れてしまうよ。君はとても変わった感性を持ってるね。この目はなかなか気味が悪いって評判なんだけどね」

「そんなことねぇよ!えっと、そのすっげぇキレーだ、と思う…ぜ…うん……」


 最後は消えかけるような声だったが、男の耳に届いたのだろう。男は一瞬呆けた表情を見せたものの、クスクスと口元を押さえながら笑う。恥ずかしさで赤くなった顔を隠すために帽子を目深にかぶりつつも、男を睨む。男は浮浪児の睨みを無視して話を続けた。


「帰る場所もないんだろう?暫くはこの教会の空き部屋を使うといい。なあに、拾ったのは私だ。面倒は責任を持って私が見よう。贅沢はさせられないが、ひもじい思いはさせないぞ。


 それにこれも何かの縁だろう?」


 ああ、そうだと男は喋りながら浮浪児の頭を帽子の上から強引に撫でる。


「私のことはクリスと呼ぶといい。これからよろしくな、スカルくん」

で、でたぁー!


唐突な回想シーン!!!!!

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