一時の和解
前回までのあらすじ
神の教義を守る剣である聖騎士による女子への暴行
息苦しさに目を覚ます。控えめに言ってキレそう。なんで顔面殴られた上に安眠妨害されにゃならんのか。
目の前で顔を覗き込んでくるカインの顔を睨みつけた。ちょっと得意げなのもムカつく。
「なに、もう。寝てたんだけど?」
「特に用はない」
何だコイツ、面倒なタイプのかまってちゃんか。残念だったな、今ものすごく眠いから無視するぞ。
寝返りをうってカインに背を向ける。目を閉じてすぐにやってきた睡魔に身を任せる。
「おい起きろ。起きろ!」
カインが肩を掴んで強く揺さぶり始めた。
「だああ!用がないんでしょ、ほっといて!」
「用がなくても起きろ!いいから起きろ!」
ぶつくさ文句を言いながら体を起こす。殴られた頰を撫で、痛みがないことに気づいた。
「殴って悪かったな、俺も冷静じゃなかった」
律儀なヤツである。ここで許さないという選択肢もあるのだろうが、部屋にまで運び、顔の手当てを施してくれたのは紛れもなく彼だ。それに、自分に全くの非がないわけではない。
「気にしなくても大丈夫だよ。黙っていたのは私だし、そのごめんね」
お互いに謝った後沈黙が流れた。眠気の残る頭に手を当てる。少しズキズキと頭痛がする。魔力を使い過ぎた影響だろうか。
「まだ痛むか?」
「痛いね」
自身の頰を指差し、質問してきたカインにふざけて回答すると露骨に慌てだした。
「何処がどう具体的に痛いんだ?腫れている感じか?唇か?もしや倒れた拍子にどこかぶつけたのか?」
「冗談、何処も痛くないよ」
慌てふためいた様子を見れて満足したので早々にネタばらしする。
呆けた顔をした後、からかわれたことに気づいたカインは口をへの字に結んだ。軽く舌を打ち、頭をガシガシと乱暴に掻き毟る。
「お前なあ、よくもこんな時に冗談を俺に言えるもんだな。本当にお前、馬鹿……」
あまりにも深刻な顔をしていたので和ませようと口にした冗談だったが予想以上の効果だったようだ。ぐしゃぐしゃになった前髪を掻き揚げながらニヒルに笑っている。
「じゃあ場の空気が和んだところで寝ますね」
「待て」
ベッドに体を倒そうとすると止められた。いやほんともう要件ないなら寝かせてくれ。
「お前の持ってたあの巻物、もう一度見せてくれないか?」
気絶している間に見ればいいものをずっと待っていたのか。もしや巻物を見たいから起こされたのだろうか。
ベッドの横に置いていた収納袋から巻物を取り出し、カインに手渡す。すでに露見したので晴れやかな気分だ。
やっぱこう、何か隠し事があるというのは精神衛生上よくない。誠実に生きるって大事だね!
巻物を受け取ったカインは手際よく開いて中に目を通し、顎に手を置いて思案に耽った。
「サヤ、本当にこの巻物をルチアに使ったのか?」
頷くとカインが唸り始めた。巻物がどうしたのだろうか、カインの横から巻物を覗き込む。前に見た時と変わらず、複雑な魔法陣が描かれていた。
「サヤ、この魔法陣を描いたのはお前か?」
「描いたのはスコルピィ。私は預かっただけ、なんでも理論上は完璧らしいけど」
カインがため息をついた。魔法陣を指で指しながら解説を始める。
「理論上は可能か。この複合魔法陣はたしかに凄いものだがそもそもの前提がおかしい」
「前提がおかしい?」
「ああ、この中央に使われている魔法陣。魂魄拿捕の魔法陣に手を加えたのは神の腕に抱かれし死者の魂を呼び寄せるためのものだろうが……」
カインが言葉を切る。
「魂魄拿捕の魂は死ぬ前に起動させて魂に印をつけておかなければならない。魂に形はないからな、印で器を作るんだ」
「精霊や妖精とは違うんだね」
「精霊拿捕の魔法陣は魔力を追跡して引き摺り込むものだ。どの生き物も死んだ時に魔力が霧散する」
なるほど、だからスコルピィは死者蘇生の魔法陣を理論上は完璧と表現したのか。
カインの解説が正しいと仮定すると一つの疑問が生じる。どうしてカインとルチアは生き返ったのか。
アメリアの蘇生が説明の通りに失敗したとして何故カインとルチアは成功したのだろう。
「危惧していたものではなかったな、処分する価値もない」
ポイッと投げ返された巻物をキャッチし、収納袋にしまう。
しばらく考えていたが疑問に対する答えが出てこなかった。考え過ぎたことによって頭痛が悪化した気がする。
ぼふん、と音を立てながらベッドに倒れこむ。カインがベッドから立ち上がって向かいのベッドに座った。
「そろそろ神殿に入るから準備しておけ」
「えぇ、今何時?」
貸し与えられた部屋は洞穴の中にあるため、時間を計る手段がない。カインが六時と答えた。この聖騎士は体内時計が正確なのだ。
「六時、朝か。さすがに二度寝する時間なさそ」
憂鬱になりながらベッドから抜け出す。ブーツの靴紐を結び、寝癖がたっていないか手で確認する。常に多方面に跳ねているので特に意味はないが、まあ気持ちの問題だ。
そういえばこの異世界に来てから既に半年が経ったが一度も美容室に行ってないな。死霊術師に追われている立場というのもあるが、身銭がないというのが一番の理由だ。
目にかかる鬱陶しい前髪を手で払う。だいぶ伸びたな。あまり染髪やパーマをしていなかったことが幸いして、髪の長さと傷跡以外に外見的変化はない。
微妙に邪魔な長さになった髪をいじくり回しているととっくに準備を終わらせたカインが話しかけてきた。
「ふと気になったんだが、どうしてそんなに短くしているんだ?」
「長いと鬱陶しいし手入れが面倒だから」
「ズボラなお前らしいな」
呆れたようにカインが笑う。日頃の手入れが習慣付いているカインからすれば面倒だと思うこと自体馴染みがなさそうだ。
「カインは何か伸ばしている理由あるの?」
櫛で髪を梳かし、結い終えたカインが荷物袋の中身を確認し始めた。
「神が天となる前、まだ我ら人間族を導いていらっしゃった頃は長い髪を風に靡かせていたという。それから人は神を模倣して長髪が主流となった」
へー、と感心しながら話を聞く。異世界ともなると神というのも型にはまらないものなんだな。実在した人物なんだろうか。
「おい、口を動かすよりさっさと準備しろ」
カインに怒られたので準備に取り掛かる。収納袋から魔法陣をいくつか取り出し、ポケットに突っ込む。神殿に敵がいるとは思えないが、いつ襲撃されるかも分からない。
カインの話ではモンスターは滅多に人を襲わないらしいが妖精熊の件もある。油断は禁物、常に気を引き締めよう。
点検が終わり、収納袋を背負って立ち上がるとカインがこっちを見ていた。二の腕を組みへの字口、これは不機嫌な表情だ。
「はい、はい!準備終わりました!」
ビシッと姿勢を正し、威勢良く報告する。グルリと体を反対方向に向けられた。振り向こうとすると強い力で首を正面に戻された。
「そのままでいろ」
命令されたので大人しく従う。背後からガサゴソと何かを漁る音が聞こえた。
え、何だろう。もしやタノシイお話の続きだろうか。カインが何をしているのか確認したいが命令されたのもあって振り向くのも躊躇われる。
漁る音が止み、いきなり髪を手で触られた。驚いて肩が跳ねる。やっぱり怒ってる?処刑される?
カインの手が場所をわずかに変えながら生え際から頸をなで付ける。本気で何してるんだろう。ボサボサになるからやめて欲しい。
困惑していると手の代わりに今度は何か先の尖ったものが頭皮に触れた。これは櫛、だろうか。髪を梳かす音が鼓膜に響く。
いよいよもってカインに髪を梳かされる理由も分からず狼狽えていると彼は苛立ったように舌打ちした。
「おい、お前の髪どうなってるんだ。跳ねるにも程があるだろう。何故梳かす度により跳ねるんだ」
「生まれ持った体質としか……。そもそもなんで私の髪を梳かすの?」
「結ぶために決まってるだろう」
何を当たり前なことを言ってるんだ、と付け加えながら髪を引っ張るカイン。もう考えるのも面倒なので大人しくされるがままになろう。
そういえば誰かに髪を結ばれるのなんていつ振りだろうか。アルバムに写る自分はいつも短髪だったのでもしかしたら結ばれる経験すらなかったのかもしれない。
「出来たぞ、お前も少しくらい自分の身なりを整えろ」
バン、と強い力で肩を叩かれる。いや本当にコイツは人を思いやるってことを知らないな。女子に向けるスキンシップと力じゃないぞ。
ヒリヒリと痛む肩をさすりながら振り返るとカインが外に出るところだった。置いていかれないように慌てて後をついていった。
剣を握り、魔法を使い、肩を外され、顔面を殴られ、多分誰よりも血みどろになっている主人公サヤ。金銭的余裕もなく、髪型を整えることも化粧もしない辺りまじでギリギリでいきてますよこの子。涙出てくる……
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