ディーン村
追加のお話です。
引きこもってないでお外出てくれ主人公
異世界に召喚されてから3日ほど経った頃、魔法陣の描き方を教えてもらいつつ|アイテムポシェット(収納袋)は遂に完成した。
血まみれの両手を眺めながら、感激の涙を流す。まさか裁断の段階からポシェット制作にとりかかることになるとは思わなかった。ポシェットの内部に魔法陣を刺繍しなければならないと知った時、あやうく背中を向けたスコルの頭を花瓶で殴打するところだった。
まあ、ポシェット作れって言われたのにボディバッグの大きさにまで拡張した私も悪いんだけどね!!
「おお、思いのほか早く完成したのう」
スコルが書物から顔を上げ、手放しで出来栄えを褒めてくれる。ごそごそと懐を探り、皮の小袋を取り出す。スコルはにこりと微笑むと小袋をサヤに握らせる。
「収納袋の実験も兼ねてお使いを頼んでもいいかの?ついでにここでの生活に足りないものを買ってくるといいじゃろう」
「え、いいんですか?」
「お使いを忘れんでくれればの」
チャーミングに片目をつむり、ウインクを飛ばすスコル。追加で渡してきたメモには野菜や肉などの食料が書かれている。なんという気遣いか、褒美にお使いを言い渡すとはなんと素晴らしい教育者なんだ!!異世界に召喚された時はぶちのめすリスト1位に輝いていたが今ではそこそこ尊敬するべきリスト3位にランクインしている。それほどサヤはチョロい性格をしていた。
「行ってきますスコルさん!!」
「気をつけて行ってくるんじゃぞ、サヤ」
見送るスコルに手を振って意気揚々と塔から出発することおおよそ二時間。サヤは鬱蒼と茂る草をかきわけて遂に村に辿り着いた。道を間違えたと気づいた時は絶望しかけたが、持ち前の起点と太陽の位置から軌道修正に成功したのである。
赤い三角屋根と漆喰壁で構成された建築物が立ち並ぶ景色を眺める。道を行く人の顔は明るく、活気のある村だ。村というより町のような気もするが、看板ではディーン村と書かれていたので村なんだろう。
「ここが、ディーン村……」
スコルの話ではモンスターを捕獲し家畜化に成功した村という話だった。たしかカウカウというモンスターだったか、と記憶を引っ張り出す。
考え事をしながら歩いているとガラガラと車輪の転がる音が聞こえ、道の脇に寄った。小走りより少し早いスピードで馬車が通りすぎる。馬車ではあるのだが、牽引しているのは馬ではなく牛だった。牛車というやつだろう。
牛を眺め、現代日本で見た牛との違いに気づく。角にあたる部分、その部分にキラキラと光る水晶が嵌め込まれている。荒い鼻息の間に嗎を挟みながら牛車はサヤは道を曲がっていった。きっとあの牛モドキがカウカウというモンスターなのだろう。
さすが異世界、牛も早く動くんだな。
「いらっしゃーいいらっしゃーい!今ならカウ肉お安くするよぉ!」
呼び込みの声で呆けていた思考が現実に帰還する。そうだ、まずはスコルのお使いをこなそう。この歳になって初めてのお使いを経験することになるとは思わなかったがこれも経験だろう。
遠目から値札が見えたので値段を確認する。
「カウ肉100g400円…400円か、安いな」
現代日本だと国産牛肉700円ぐらいするときあるからなぁ、と自炊時の遣り繰りを思い出す。…400円?異世界でまさかの日本円?慌てて小袋の中身を確認する。
銀色に輝くコインを取り出し、しげしげとながめる。コインの中央に穴が開き、堂々と100円と刻印されている。他の小銭も確認したところ、全てに中央が開いていることと刻印された模様以外は日本と似ている。
異世界との意外な共通点を見つけ、少し安堵するサヤ。しかしそのお店が最安とは限らないので他の店舗を見て回る。
「こっちのお店は500円…あっちの露店は200円……」
値札に書かれた値段を見比べ、考え込む。日本のスーパーなら迷わず最安を選ぶところだが、ここは異世界。利益獲得のために手段を選ばない商人はいくらでもいるだろう。生肉である以上ある程度気を使って購入するべきだと判断し、二番目に安かった店にいく。無事に購入し、収納袋に入れる。背中に背負って重さを確認する。
うん、重さも半分になっている。無事に機能しているようだ。
「あとはティッタ10個、多いな……」
たしか一昨日食べた朝食のサラダに入っていたな。南瓜のような食感が特徴の茄子に似た植物だったはずだ。記憶を頼りに店を巡り目当ての商品を見つけ出す。野菜なら傷んでいないものを選べば問題ないだろう。
「毎度ありがとうございました!!」
白いタオルを頭にねじり巻き、爽やかな笑顔でお釣りを渡してくる店員に見送られ、店から離れる。
さて、ここからは自由時間だ。生活に必要なものを買おう。
意を決して服屋に入る。目当てのものを探す。あった、よかった。安堵で視界が滲むがぐっと堪える。手にとり値札を確認する。
ドロワーズ(婦人用下着)500円
衣服は前の部屋のものでどうにかなったが下着はなかった。所持金にかなり余裕があるので迷いなく三枚掴む。
中世ヨーロッパでは女性の下着に言及する文献がないため、ノーパンが囁かれていたがここは異世界。サヤの最も懸念していたノーパン異世界生活は始まらずに済んだのである。
ついでに靴を眺める。今着用しているものはブカブカであり、若干靴擦れが痛い。村までに二時間かかったのも靴のサイズが合っていなかったからである。靴のサイズを見比べ、値段を比較し、一つのブーツを持ち上げる。値段的にもサイズにも選択肢はないだろう。
ブーツとドロワーズ、網籠も購入する。ドロワーズは収納袋につけたポケットにいれ、ブーツに履き替える。履いていた靴を籠に放り込んで店を出る。
真上から西に45度。まだまだ所持金に余裕があるが日が沈む前に森を抜けた方がいいだろう。石畳で舗装された道を歩いていると年若い女性の声が聞こえてきた。切羽詰まった様子でなにか揉めているようだ。
「お願いです、神母様。どうか父の治療を!お金は用意しました!!」
神母様と呼ばれた妙齢の女性は黒い服をまとっている。神母に赤いリボンをつけた少女が話しかけているようだ。神母はゆっくり首を振り、少女に目線を合わせて肩に手を置く。
「神託の結果、神は貴女の父をお選びになりました。貴女にできることは私に治療を頼むことではなく、最期の時まで父に寄り添ってあげることです」
少女は目を見開き、その場に崩れ落ちて大声で泣き始めた。神母も膝をつき、少女の背中を撫でている。
あまりジロジロ見るのも失礼だろう。あの若さで親を失うのは辛いだろうな。そんな憐憫を少女に向けつつも森の方角に向けて歩き出した。
「おお、おかえりサヤ。目当てのものは買えたかの?」
「はい!これで基本的人権を失わずに済みます!」
「おお、それは良かったの」
夕食の用意をしながらスコルはサヤの話に耳を傾けた。日は夕暮れ一刻前であり、塔の中に光を差し込んでいる。サヤは収納袋から野菜や肉を取り出し手早く戸棚に収納していく。
戸棚には冷却効果をもつ魔法陣が刻まれている為、食料の長期的な保存を可能にしている。
「異世界と似た通貨でびっくりしました。まあ、一番びっくりしたのはカウカウですね」
「ふぉっふぉっ、確かサヤのいた世界ではモンスターがいないんじゃったか。どうやって食料を調達していたんじゃ?」
ざっと牛や豚、鶏などの家畜の話をする。興味深そうに耳を傾けながらスコルは嬉しそうに相槌を打っていた。仕上げにスープに塩を入れ、味見をする。うん、いい感じの味。
スープボウルによそい、食卓に置く。既にスコルがフォークやスプーンなど食器を用意していた。頂きます、と言って食事に手をつける。メニューはいつもと同じスープや肉と野菜を炒め合わせたもの、そしてパン。そろそろお米が恋しくなってきた。
「そういえば、しんぽという人を見かけました。教会の人かなにかですか?」
「ああ、そうじゃ。女性なら神母、男性なら神父と呼ぶ。迷える人に神の教えを説く立場の人じゃな」
「へぇ、神母と神父なんですか」
スコルは首を傾げ、ああと納得したように手を叩く。
「なるほど、宗教も違うんじゃったな。ふむ、明日教会について教えよう」
「ありがとうございます」
中世ヨーロッパに住んだことないのでかなり苦労しています