精霊拿捕の魔法陣
「そのためにもカインの知識を借りたい」
「いいだろう、なんでも聞け」
手伝いを願うとカインは快く快諾してくれた。精霊についての基本知識もざっくりと解説してくれた。
聖書に書かれた『闇より来た悪魔』というのは精霊や妖精を指す。精霊の民である長耳族も悪魔に分類されるらしい。
「聖教会の過激な連中はそれを理由に迫害している。過去に襲撃もあったらしいな。そのことも考えれば俺に対する長耳族の態度もわからんものでもない」
「カインはどう思ってるの?」
「……その在り方によって評価されるべきだと思う。生まれで善悪を定める考えには賛同できん」
しっかりした考えを示したカインに驚く。死を冒涜する死霊術師に対して一貫して厳しい態度を取っていたこともあり、てっきり聖教会の教義を盲信しているのかと思っていたが違ったようだ。
基本知識のおさらいが済んだところで本題に入る。カインと相談した結果、まず閉じ込める器としてルチアに返し損ねた腕輪を使うことにした。不変とも称されるウーツ鋼ならば長期的な器として期待できる。壊したらカインに弁償させよう。言い出しっぺあいつだし、私より金あるだろう。多分。
問題は精霊をどうやって器にねじ込むか。実体の持たない以上物理的な攻撃や魔法は一切期待できない。しかし、実体を持たないと言っても何かしらの核となるものがある。カインはそれを魂と呼称した。
意思あるもの、知性あるものならば必ず魂がある。人間族も長耳族も妖精も例外なく在る。ならば妖精の上位存在である精霊にも魂がある。そう仮定するとカインも賛同した。
そして、魂があるならとある魔法陣が効果を発揮するのではないか。あたりをつけた魔法陣を収納袋から取り出す。影法師がダグラスに施した魂魄拿捕の魔法陣。死者の魂を捉え、死体に閉じ込めるこの魔法陣なら使えるかもしれない。
死者蘇生の魔法陣にも使われているとカインに勘付かれる可能性もあるが、背に腹はかえられない。それに気づかれたならその時はその時だ。その時になって考えることにしよう。
「カイン、この魔法陣を見てほしい。……ダグラスさんに使われた魂魄拿捕の魔法陣、死者の魂をとらえたものだよ」
地面に魔法陣を広げ、カインに説明する。咎められるのを覚悟したが意外にもカインは何も言わなかった。無言で魔法陣を覗き込んでいる。
「ふむ、この文字からここまでの一文が死者の魂を……ってどうした?俺の顔に何かついてるか?」
首を振り、魔法陣を覗き込む。手に持った紙にペンでカインの解説を書く。魂魄拿捕の魔法陣をアレンジし、精霊拿捕の魔法陣の基礎作りに取り掛かった。
「ここの文字は『精霊』よりも『闇よりきたるもの』と称したほうがいい。妖精にも応用できる」
「明言しなくてもいいのね、なるほど」
行き詰まったところを相談すると全てに回答がもらえた。カインの魔法への知識に舌を巻く。推測でしかないが、自分の師であったスコルピィよりも造詣が深いのではないだろうか。
「しかし、奇妙な巡り合わせもあったものだな。まさか聖騎士たる俺が死霊術師のお前と協力するなんてな」
感慨深そうに独り言をつぶやくカイン。たしかに奇妙な巡り合わせとも表現できるだろう。
「まさか初対面で肩の関節を外してくる人とここまで仲良くなれるなんて私も思わなかったよ」
「お前、意外と根に持つヤツだな。『人は見かけによらない』とはよく言ったものだ」
顔をヒタヒタと触る。そんなにも人が良さそうな顔に見えるだろうか。
「さあ、魔法陣をそろそろ仕上げるぞ」
「わかった」
◆◇◆◇
アジャ村の住民は慌ただしく祭りの準備を進めていた。前倒しで開催されることが決定し、喜びに沸き立つ若人を余所にエンザが渋い顔をする。
「準備は滞りなく進んでおります」
報告に来たローザに手で返答し、眉間を抑える。
「ローザ、私は村長として正しい決断をこなしただろうか」
「……エンザ様、どちらも助けるというのは不可能でございます。であるならば、犠牲は限りなく抑えるのが長の役目」
そうだなと答え、襟を正す。幼馴染のローザの後押しもあってようやく覚悟が決まった。手に持った石板に刻まれた13個目の名前を指で撫ぜ、戸棚にしまい込む。
「ローザ、ルチア様のご様子はどうだ?」
「依然変わりなく、体調も問題はありません。ルチア様からの言伝として腕輪の返却は不要、とのことです」
「ルチア様が差し上げたものならば我々に口を出す資格はないか、ご苦労だったローザ。下がって良いぞ」
一礼し退室するローザを見送る。
本棚から一冊の本を取り出し、頁をめくる。精霊オンウィーと題された所を開き、内容に目を通す。村長になると決まった時から何度目を通したか分からないほどこの本をめくった。
直筆で書かれたオンウィーの特性を指でなぞる。契約が結ばれていた時は精霊の恩恵を享受出来ていたが、封印を施してからはその恩恵の残滓ももはや数年前に途切れた。
腐蝕蜘蛛とも称されるオンウィー。その恩恵である加護は長寿と繁栄。その加護を一身に受けていた長耳族は長命として有名だったが近年短命化している。あと三世代で人間と同じ寿命になるだろう。
そうなれば人間と長耳と足程度しか変わらなくなる。恐るべきは祭りの継承が途切れること。伝承の通りだとすれば封印が解かれればこの辺り一帯は腐海の森と化すだろう。
「ルチア様、どうか踊りを成功させてください」
目を閉じ、祭りの成功を祈る。村長になる前、何度か姿の違う彼女を見送ったことがある。一度たりとも彼女が封印の間から帰ってきたことはなかった。
ルチアが扉をくぐり、聞こえてくる歌と踊りの足音を聞く。そして時折聞こえる苦悶の声から顔を背ける。それが村長の祭りにおける務めである。
「迷うな、私は村長なのだ。一族の為ならどんなことでもすると誓っただろう」
震える手を叩き、自分自身を叱咤激励する。これ以外に最善の方法はない。これが最善なのだ。