嘆きと祈り
「ぬぉおおおお!」
勢いよく振り下ろした剣は風を切る。特にいつもと変わらない。苛立ちとムカつきととにかく色々むしゃくしゃした気持ちを込めてとにかく素振る。
『誰かが悪いわけじゃないわ。しょうがないことだもの。私が犠牲になれば済む、それだけのこと』
『このことは彼女も合意しています』
彼らの言葉を思い出しうめき声をあげる。
「たしかにそうだけど、違うんだよなぁ。なんか違うんだよなぁ」
ブツブツと独り言を呟きながら剣を振り上げる。息を深く吸って魔力を込めるように剣を持つ腕に集め、空間を切るイメージを意識しながら振り下ろす。
「あーもうっわっかんねぇ!」
剣を放り投げ、地面に大の字になる。苦々しい表情のサヤと裏腹に晴天の空には白い雲が呑気に流れていく。空を睨みつけていると顔に影が落ちた。
「やっぱり行き詰まってたのね」
覗き込んできたホリィの髪が風に揺れる。ふわりとタチアオイ特有のミントの香りが漂った。体が透けているというわけでもなく確かにそこに実在している。
「ホリィさん、未練があるのはわかりますがそろそろ神の腕に抱かれてはいかがです?」
「あら、幽霊ってバレちゃったのね」
ペロリと舌を出し巫山戯るホリィ。体を起こして胡座をかく。ホリィも対面する形で地面に座った。
「でも残念、神の腕に抱かれるのは神の民だけ。精霊の民である私達はこの地に眠るのよ」
顔の横に両手を添え、眠るジェスチャーをするホリィ。意識してみると些細な仕草や話し方は確かにルチアに似ているものがある。それよりも、とホリィが口を開く。
「貴女、どう思う?」
「どう思う、とは何に対してですか?」
「私のお姉ちゃん、えっと今の名前はルチアだっけ?」
ホリィが指折り数えながら複数の名前を列挙する。ルチアと言って14回目の指を曲げた。
「あの子、私への負い目のためだけに13回も死んでるの」
「それだけ大事に思っているってことでしょう」
ホリィから目をそらし、地面に生えている草を見つめた。春特有の瑞々しい若さと緑の葉っぱを太陽が照らす。
「見捨てるの?」
ホリィの言葉に息が止まる。唾液を飲み込み、ゆっくりと息を吐き出しながら口を開けて反論する。
「ルチアさんが自分の意思で決めたこと、余所者の私が口を出していい問題じゃないんです。そりゃあ、助かって欲しいとは思いますが……」
「助けて欲しいと言わなかったら見捨ててもいいの?」
ホリィの視線をヒシヒシと感じる。手元の草を千切り、歯をくいしばって反論しようと頭を動かす。なんと言い返せばいいのか糸口すら浮かんでこない。
「……精霊には魔法も攻撃も通じないんですよ。剣技の一つも使えない私が出来ることなんて何一つありません」
苦し紛れに出てきた言葉を呟けばホリィはクスクスと笑った。一体何がおかしいというのか、ホリィの顔をつい睨んでしまう。彼女は笑いを堪えながら説明した。
「とっても簡単なことよ。精霊を支配下に置くの、あなたなら出来るわ」
「いや、ですから攻撃も魔法も通じないんですよ?何言ってるんですか?」
「精霊はこの世界の闇にいるもの。闇の理でしか縛れないわ」
ホリィが腕輪を指し示し、太陽の光を反射して浮き出る模様を指でなぞる。
「死霊術は闇の理、魂を縛る奇跡そのもの。私はずっとあなたを待っていたわ」
「わたしには死霊術師としての力も呪文もないんです。精霊を縛るなんて不可能ですよ」
「死者の魂を見、言葉を交わすことが出来るあなたなら大丈夫」
ホリィが立ち上がり、こちらに背を向けて歩き出した。いまいち話が飲み込めなかったサヤが引き止めようとホリィの手に手を伸ばす。掴もうとした手は空を切った。
「嘆きは祈りに、祈りは奇跡になる。だから死霊術師さん、私の嘆きを叶えてちょうだい」
ホリィの体の輪郭がブレる。一陣の風とともに大量の蝶々がホリィから溢れ出た。白い線の入った黒蝶が一斉に空に飛び立つ。ホリィのいた場所にはなにも残っていなかった。




