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些細な違い

「前世の妹……」


 唖然としているとルチアがポツポツと語り始めた。時折ハーバリウムの表面を撫で、言葉を紡ぐ。


「精霊を鎮め、封印するために私たち長耳族エルフは魔法を作り上げた。生命の余剰、魔力を用いて祈ることで奇跡を起こしたの。それでも精霊は封印できなかった」


 妖精などを崇める自然信仰ならば信仰の対象を封印するというのも妙な話だ。


「どうして精霊を封印するんですか?信仰の対象でもあるんでしょう」

「精霊は自然の猛威そのもの。恵みをもたらすこともあれば災いを振りまくこともある」


 なるほど、とサヤは納得した。異世界でも自然信仰の基本的な概念は変わらないらしい。


「舞踏、呪文と魔法陣を組み合わせることで私たちは奇跡を作り上げたの。けれど莫大な魔力に体が耐えられない」


 それでホリィは命を落としたのだろう。そこまで聞いてはたとサヤは気づいた。ルチアの顔を見る。


「後悔はないわ。短い人生だったけれど私には次があるから」

「ルチアさん。まさか貴女、転生の呪法を使ったんですか」

「ええ、でも私は死霊術師じゃない。何度でも舞うためだけに使った」


 ルチアはハーバリウムを元の位置に戻し、布を掛ける。椅子に座って冷めた紅茶に口をつけた。


「誰かが悪いわけじゃないわ。しょうがないことだもの。私が犠牲になれば済む、それだけのこと」


 ルチアはなんでもないことのように呟いた。コップをソーサラーの上に置き、サヤに微笑む。


「だからサヤちゃん、祭りの日は笑って見送って?きっと私は上手く踊れるわ」

「ルチアさん、やっぱり犠牲になるなんて間違ってーー」

「貴女は優しい人だわ、でもその先は言わないで」


 唇に指を当てられる。驚いて口を閉じてしまった。


「時に優しさは人の覚悟を侮辱してしまうことがあるの。お願い、私の思いを無駄なものにしないで」

「ルチアさん……」


 ルチアは微笑んでいた。幸福とはかけ離れた感情の、悔悟と贖罪と寂寥から来る笑顔だった。その顔を見ていよいよサヤは何も言えなくなってしまった。


「さ、もうこんな時間だわ。明日もカインさんと特訓なんでしょ?早めに部屋に戻った方がいいわ」


 背中をグイグイと押されて部屋の外に追い出されてしまった。戻るわけにもいかず、仕方なく自分の部屋に向かった。


 ◇◆◇◆


 部屋に戻るとカインがベッドに腰掛けて座っていた。チラリとこちらを一瞥すると視線を指先に戻した。釣られて見ると人差し指の腹に赤い雫が浮かんでいる。


「え、なにその指の怪我。手入れの最中に切ったの?」


 きまりが悪そうな顔でうめき声をあげた。図星だったらしい。ふーん、と聞き流しつつベッドに腰掛けてブーツの紐を緩める。あくび一つと伸びをした。


 毛布とベッドの隙間に体を潜り込ませ、カインに背中を向ける。今日は精神的にすごく疲れた。難しいことは明日考えよう。目を閉じてウトウトとしているとカインに声をかけられた。寝ぼけ眼で体を動かし、カインに視線を向ける。中々要件を言わないので急かす。


「大した要件じゃないんだが」

「明日で良くない?」

「あ、いや。その、治癒魔法にコツとかあるのか?」


 明後日の方向を見つめながら突飛なことを聞いてきた。ねむねむで蕩けた頭を振って上体を起こす。


「治癒魔法のコツねぇ。えっと、傷口の一番奥からくっつけて上から魔力を被せる感じ」

「くっつけるだけじゃないのか?」


 目をこすりながら頷く。


「隙間を埋めて固定する感じなのよ。こうぶぁさぁって布か何かで」

「なんだその擬音は。お前ふざけてるのか?こっちは真剣に聞いてるんだぞ」


 手を広げながら説明しているとカインが怒った。見上げると眉をひそめ、腕を組んでお怒りのポーズをしていた。


「え、でもカイン治癒魔法使えるでしょ?別にコツなんて聞かなくても……」


 そこまで喋ってはたと気づく。


「もしかしてあの時のこと気にしてる?」

「チッ、クソ……気にしてない」


 あまりにも見苦しい誤魔化し方に思わず困惑した声が漏れてしまった。鋭い眼光に残っていた眠気も吹き飛び、慌てて弁解する。


「治るスピードはカインの方が早いし気にしなくてもいいんじゃないかな」

「気にしてない、と言ったはずだが?」


 気にしてない、と言いつつもバリバリ気にしている様子である。まあまあと宥め、先ほど教えたコツを実践するように促す。カインはものすごく苛立った表情を浮かべながらも魔法を行使した。


「《癒せ、縫合せよ》」と呪文を呟き、指先の怪我を見つめる。スウ、と傷口が閉じて怪我は癒えた。


「この程度じゃわからんな。やはりもっと深い傷の方が違いが出るか?」

「ちょい待ちちょい待ち」


 荷物からナイフを掌に押し付けるカイン。つくづく思考回路がぶっ飛んだ聖騎士である。部屋が血の匂いで充満するのも嫌なのでナイフを取り上げると不満そうな顔で睨んできた。


「怪我を治すための魔法を練習するために怪我するってそれ一番矛盾してるから!ナイフで刺したら痛いでしょ」

「痛いのは俺であってお前じゃないだろう。邪魔するな、返せ」


 取り返そうとするカインから逃げて背中に隠す。


「いやいやいや、邪魔するに決まってるでしょ。なんで自分から怪我しに行くの。痛いじゃん、嫌じゃん!」


 はあ?とカインが呆れた声を出した。いやそう言いたいのはこっちなんだ。ジリジリとお互いの出方を伺う。


「だからお前には関係ないだろう」

「あるんだなぁ、これが!」


 バッと腕を広げたカインの脇をすり抜け、こっそりベッドの毛布の下に隠す。振り向いたカインに両手を広げた。睨みつける視線にヘッと笑う。


 カインは憎々しげにこちらを睨みつけると呻きながら頭をガシガシと搔きまわす。気が済んだのか舌打ちをするとベッドに寝転がった。ナイフのことは諦めたらしい。出会って半年、初めてサヤはカインを相手に勝利を収めたのだ。


 肩を竦め、ナイフを荷物に戻してサヤもベッドに体を潜り込ませた。勝利の余韻を味わいつつ目を閉じた。

やべぇやつらしかいねえ

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