表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/74

脈動

 いつのまに村長のいる部屋についたのか。状況が飲み込めずにあたふたしているとローザに地面に叩きつけられ、あっという間に腕を拘束された。


「村長、失礼します」

「何用だ、ローザ」


 ローザはサヤの手首を捻り上げ、エンザと会話を続ける。痛くないように手加減されているとはいえ、サヤは慌てふためきながらその場にいたルチアに救いを求める。ルチアは苦笑いで見守るだけだった。


「封印の間に綻びが生じました」

「……なんだと?」

「この不届き者が封印の間に向かったので後を尾けたところ、封印の魔法陣が解けておりました」


 エンザが布を掻き分け姿を現した。サヤの顔を見ると忌々しげに睨みつける。


「やはり貴様か人間……」

「いえ、この不届き者は特に何もしてません」

「……封印の間はどうなった?」

「幸いにも封印の魔法陣は無事でしたので私の魔法で応急処置を行いました」


 エンザはため息をつき、片膝をついてサヤの顔を覗き込む。苛立ちと呆れが入り混じった眼差しと端正な顔立ちは威圧感にあふれていた。


「どうしてあの場所にいた?」

「あの、ホリィさんを探していたら少年が」

「ホリィ……?」


 ローザとエンザが顔を見合わせる。ルチアも動揺した表情でこちらを見ていた。


「あの赤い大きな花を頭に着けた女性です。蒼い瞳で」


 エンザに手で制され、口を閉じる。エンザは眉間を押さえて考え込み始めた。上に乗ったローザが更に質問してきた。


「その人物を探していると少年がなんだ?あの場所に連れて行ってくれたとでもいうつもりか?」

「あ、はい。その通りです。ローザさんも見ましたよね?」


 いいやとローザが否定した。首筋にナイフが当てられる。


「その少年は一体どんな格好をしていたんだ?」


 暗闇だったからローザからはよく見えなかったのだろうか。


「赤色っぽい目に黄色い花を髪に編み込んでました」


 捻り上げられた腕が更に捻り上げられる。あ待ってこの体勢はとても嫌な思い出があるので勘弁いただきたいです!などと言い出せる雰囲気ではないので押し黙る。


「黄色い花、というのはもしやこれのことか?」


 黙り込んでいたエンザが懐から花を取り出した。6枚に別れた黄色の花弁、確かに少年が髪につけていたものと同じだった。頷くとエンザはため息をついた。


「この花はスイセン、私の弟が着けていたものだ」


 息が止まる。村長の弟が着けていたもの?少年は昔殺されたという村長の弟だとでもいいたいのだろうか。


「幽霊になって現れたって言いたいんですか?」

「それはこちらの台詞だ」


 苛立った様子で更に体重がかかる。エンザは懐に花をしまうと考え込んでしまった。もしやずっとこのままなのだろうか。腕の関節がビリビリしてきているのでそろそろ解放してほしいが拘束が緩む気配はない。


「ローザ、サヤちゃんを解放してあげて」


 沈黙を破ってルチアがローザに話しかけた。二度ほど応酬があったものの最終的にエンザが許可を出したことでサヤは解放された。体を起こして軋む関節を回す。血の流れるような感覚を味わいながら3人の顔色を伺う。3人とも緊迫した雰囲気を漂わせていた。


「えっと、その入っちゃいけないところに入ったんですよね。勝手に入ってすみませんでした」


 知らなかったとはいえ無断で侵入したことにかわりはない。非があるならばこちらだろう。そう思って頭を下げた。長耳族エルフに頭を下げて謝罪する文化があるのかは知らないが、誠意を示すならこの動作だろう。


「……その謝罪、受け入れよう。次からは気をつけるように」


 エンザが低い声で許しを出した。おおよそ謝罪を受け入れるような声ではない。ありがとうございます、と感謝を述べてから頭をあげる。


「じゃ、この話は終わりね。うーん、堅苦しい話って私、とっても苦手」


 パチン、と両手を叩いてルチアが明るく会話を締めくくった。伸びをしながら歩き出す。あ、そうだと呟いてサヤの方を振り向く。


「サヤちゃん、夜になったら私の部屋に来てくれるかな?」

「夜ですか、構いませんけど」


 待ってるわね、と微笑んでルチアは洞穴の外に出ていった。サヤもエンザとローザの視線に耐えかねて会釈しながら洞穴の外に出た。


 ◇◆◇◆


「さて、ここまで遅くなったからには其れ相応の有益な話が聞けたんだろうな?」


 なんだか今日は怒られてばかりだな。行進するアリを眺める。異世界でも説教を聞く時は正座だと相場が決まっているらしい。ブーツを履いたままの正座は思ったよりも辛かった。


「探したんですけど見当たらなくって」

「ほう?」


 見て確認したわけではないが、カインはきっと腕を組んで見下ろしているだろう。炎魔法の使い手だというのに絶対零度の眼差しが注がれる。


「ちょっと色々ありまして、はい。この時間に……」


 朝にカインと別れ、今は昼過ぎ。夕暮れまで三時間ほどといったところだろうか。おおよそ4時間ほどが経過したことになるだろう。その間、彼をずっとここで待たせていたことになる。周囲の砕けた岩が当時のカインの様子を如実に語っていた。


「悪いと思ってるか?」

「はい、この度は誠に申し訳なく……」

「誠意で示してもらおうか」


 見上げるとカインがこの上なく悪どい顔をしていた。今までに見たことのない怒りを孕んだ笑みを浮かべ、剣をサヤに手渡す。


「素振り2000回」

「ごめんなさいさすがに体が持ちません」


 素振り20回で握力がなくなる現状に対し、この要求である。涙目になりながらも拒否する。カインは足元に転がる小石を手に取る。グッと力を込めると小石がゴギャン、と聞いたことのない音を出して割れた。超人技を目の前で見せつけられ、唖然とする。


「おっと今なら素振り2000回出来る気がする!!」


 一歩踏み出したカインから距離をとって剣を抜く。ビリビリ痺れる足を叱咤激励しながら構え、素振りを始めた。


 時たま姿勢を矯正され、ペースが落ちると怒鳴られつつもようやく回数は30を超えた。その辺りから腕が重くなってくる。


「3、6……37ッ、38ィ。ぐっ、39ゥゥ……40ッ!!もう無理です!!」

「よし休め」


 ヒィヒィと情けない悲鳴をあげつつも剣を下ろす。手先が震えているし、グリップを握る指の付け根には熱を持った痛みがある。肩甲骨から腰に至るまで怠さを伴った疲労感がある。満身創痍とはこのことか、と座り込みながらしみじみと思った。


 カインが戦うところは何度か見かけたが、《真空斬》といった剣技を使ったところは見たことがない。ふと気になったので聞いてみた。


「そういえばカインはどうして《真空斬》とか使わないの?」

「ああ、この剣では技に耐えきれん」


 カインが触れた拍子にチャリ、と鞘に付けられたレイピアが鳴る。レイピアに触れる指先はなにか大事な物を慈しむような手つきだった。


「なにか大事な思い入れでもあるの?」

「母の形見だ。生前愛用していたらしい」


 母に思いを馳せているのか、鞘を腰のベルトから外し両手で持つ。銀を基調としたシンプルで洗練されたデザインのレイピアだ。武器については詳しくないサヤでもなんとなく高級品なのだろうと推測できる代物だ。


「母の形見ってことはお母さんも同じ聖騎士だったんだ?」

「ああ、市民を庇って瀕死になったが死霊術師を追い詰めたらしい。その戦いぶりは聖騎士の間でも伝説になっているほどだ」


 カインは剣のナックルガードと呼ばれる刃の根元に刻まれた魔法陣を見つめた。術式から見て恐らく炎を発生させるものだろう。


「すごい人なんだね。もしかして聖騎士になったのもそれが理由?」

「母への憧れというのもあったが、一番は仇を取るためだった」


 だったという過去系のフレーズに首をかしげる。カインは笑って剣を腰のベルトに戻した。


人形師マリオネッタのシャーロットがいただろう?ヤツが母の仇だった。お前がいなければ俺はあのまま殺されていただろう。ありがとう、サヤ」


 唐突なカインからの感謝に唖然とする。遅れてやってきたのは罪悪感。駆けつけた時にはすでに殺されてましたよとは言えずしどろもどろになりながら謙遜した。その様子にカインは首を傾げながらも笑って背中をバシンバシンと叩いてきた。


「謙遜するな、サヤ。これまでの旅でお前の治癒魔法には助けられてきた。お前は死を軽んじる他の死霊術師とは違う」

「あ、ありがとうございます?」


 とてつもない罪悪感を感じながら叩かれる背の痛みに耐える。死者蘇生という最も死を軽んじた行為に着手しました!とは絶対に口が裂けても言えない。喉につっかえながらも感謝を述べ、居心地の悪さを誤魔化すために剣を握った。

仲良くなったおかげでようやくカインくんのバックエピソードを回収できました!長すぎだよ!読者も忘れてるよ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ