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花浅葱

はえええここで小難しい表現を使うことで読者のインテリジェンスを高めるわけですね

 カインとのあまりにも辛い特訓と無言の圧力に耐えたサヤ。終いには素振り千回と言い残し立ち去ってしまったカイン。その背中を乙女にあるまじき形相で睨みつける。視線を感じたのか振り返ったカインにバレぬよう、慌てて素振りを始めた。


「……10……11、イテッ」


 痛みを感じ掌を確認すると指の付け根の皮が剥けていた。ヒリヒリと痛む手を振り、魔法を唱えて治す。ぶつぶつとカインへの恨み言を呟きながら素振りを再開する。


「いやそもそも魔力をミョンと練るってどういうことだよ」


 怒りも込めて剣を振る。つるり、と剣の柄が滑る。


「あっ」


 声を出した時には既に遅く、手汗ですっぽ抜けてしまった剣は後ろの木に突き刺さった。


 落胆の声をあげながら掌をズボンで拭く。周囲に人がいないことが幸いした。これからは剣がすっぽ抜けることも考慮して素振りしよう。決意もそこそこに、つかつかと歩み寄って剣の柄を握る。ふん、と引き抜こうと力を入れるがびくとも動かない。どうやら素振りしているうちに腕の限界を迎えたらしい。


 しばらく休憩すれば腕の力も戻るだろう。いざとなれば魔法で引き抜けばいいか。剣を抜くことを諦めて地面に寝転がる。空はちょうど日が暮れるところであり、紅やら金やら紺藍が層を形成していた。一番星がキラリと光っている。


「ねえ、人間さん。ここで何してるの?」


 寝転がるサヤの顔を覗き込むように女の人がしゃがんだ。足音一つしなかった来訪者に驚いて横に転がり立ち上がる。サヤの俊敏な動きにその女性は目を丸くした後、クスクスと笑った。


「えっと、休憩してました」


 しどろもどろになりながらも女性の質問に答える。女性は立ち上がって垂れ下がった髪をかきあげた。傾きかけた赤い大きな花を手で直す。


「あら、自己紹介がまだだったわね。私はホリィ」


 ホリィと名乗ったその女性はクリクリとした花浅葱色の瞳をサヤの全身に向ける。サヤも自分の名前を名乗った。


「そう、サヤっていうのね。なんだかとってもエキゾチックな雰囲気。人間の名前だからかしら」


 人間に初めて出会ったのか興味深そうにサヤの周囲をグルグルと回る。好奇の視線に耐えかねたサヤは木に突き刺さった剣を引っこ抜き、納刀して歩き出す。ホリィは慌てた様子で後を追いかけて話しかけてきた。


「あなたの動きを見てたの。私が思うにあなた、風を捕らえられていないんじゃないかしら?」


 動きとは《真空斬》のことだろうか。思わず足が立ち止まる。背後を伺うとホリィはこちらを試すように笑っていた。


「風を捕らえる?それはどういうことですか?」

「風は揺らめき、彷徨うもの。不変にして変動するものよ」


 ホリィは腕を広げ、クルリとその場でターンする。動きに合わせてエンプロイダリーが聴色に煌めく。ヒラリヒラリと踊りながら説明を続けた。


「魔力もそう、生命の余剰が集まったもの。想いの力で奇跡を起こすの。奇跡を願う想い、まるで風に揺蕩う蝶のよう」


 サヤの手を取り腰に手を添え、ゆっくりと踊り始めた。髪飾りに使われている花の香りだろうか、微かにミントのような爽やかな香りが鼻をくすぐる。ホリィは抗議するサヤの声を無視し、歌を口ずさむ。


「Ifufe na urukurubụba


 Ebee ka ị na-aga


 Ebe aga Ebe a


 Chere gi Chere rue mgbe ebighi ebi」


 歌に合わせてくるりくるりとターンし、ステップを踏む。解放されないと分かったサヤは口を閉じ、ホリィを睨むが効果はなかった。諦めて踊りに付き合ううち、サヤはあることに気づいた。


「ホリィさん、魔力を練りながら踊ってるんですか?」


 ホリィは歌に合わせつつ動かす手に魔力を流し、ステップを踏む足に魔力を込めていた。摺り足で描かれた線は一つの魔法陣を描いている。目まぐるしく移動する視界ではその効果を確認できない。


『魔法とは奇跡を起こす1つの手法じゃ。古来より呪文、魔法陣、舞踏などによって奇跡を人為的に起こす試みは繰り返されてきた』


 スコルピィの言葉が脳裏に蘇る。確か、呪文と魔法陣の合わせ技でもある。しかし手順を間違えたなら恐ろしいことになるはずだ。


「正解よ、サヤ。踊りと歌は祈り。呪文も魔法陣も簡易的な再現に過ぎないわ。そして」


 ホリィは悪戯に笑うとサヤの体から手を離す。遠心力も加わって魔法陣の中央に投げ出されたサヤは尻餅をついた。


「祈るから奇跡は起きるのよ」


 魔法陣が起動し、光が奔流する。魔法陣の線、その隙間から風が巻き起こった。奪い取られる水分から目を守るべく瞼を瞑る。


 風が止んだ時、周囲には誰も居なかった。

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