剣術
「教えてくれるのは有難いけど、これまたどうして急に?」
剣を鞘から抜き、両手で持つ。ズッシリとした重みと鈍く輝く刀身。日本ではまずお目にかかることも難しい代物を前にサヤは唾を飲む。
「あの本にどのような価値があるのかはまだ分からんが、まず間違いなく厄介な代物であることに違いはない」
青漆の本、『見聞録』の存在を思い出す。常にサヤの近くに出現する摩訶不思議な本。投げても埋めても気がつけばすぐ近くに現れるのだ。
人形師のシャーロットや影法師のミカゲといった死霊術師の襲撃の動機である。付け狙う理由として、死霊術師についての情報を抹消するためではないかとカインは推理している。
「他の死霊術師の手に渡り悪用されるよりも、お前が持っていた方が被害は少ない」
意外にも肯定的な発言が飛び出し、目を丸くして片手で口を押さえる。感激のあまり危うく変な声が出そうになった。
「信じてくれてるんだ……」
「お前の頭では悪どい利用方法なんぞ閃かないという確信がある」
帰ってきた返答は罵倒とも取れる内容だった。反射でカインの発言に噛み付く。
「人の事馬鹿にしてる?」
「なんだ、真実を言われて傷ついたか?」
鼻で笑いながら腕を組む姿を見て、上がりかけていた好感度が一気に下がった。やっぱり馬鹿にしてますねこの聖騎士。
「おっとすまない、お前にも守るべきプライドがあったな。配慮が足りなかったようだ」
すまないすまない、と嘲笑を浮かべながら肩をすくめるカイン。
「喧嘩売ってる?カインさん喧嘩売ってらっしゃる?」
「よく分かったな。偉いぞサヤ」
一層嘲笑するカインにいよいよ堪忍袋の尾が裂叫する。青筋を立てながら剣を構えた。見よう見まねの立ち姿にカインが拍手を送ってきた。
「凄いじゃないか、まるで生まれたてのカウカウを彷彿とさせる構えだ。俺には到底真似できそうにないな」
「こちとら真剣だぞ、煽るのはやめなさい」
忠告されたカインは腹を抱えて笑いだした。なんだこいつ、すっごいムカつく。ついうっかり刺してもいいよね?
「これは面白い冗談だな、サヤ。本気で当てられると思ってるんだな」
ひとしきり笑った後、徐に肩のケープを外した。ヒラヒラと振る姿は闘牛士を彷彿とさせる。
「いつでもどうぞお嬢ちゃん」
絶対に負けられない戦い。
その激戦の火蓋が切って落とされた!!
◇◆◇◆
負けました。
繊維の一本すら掠ることも出来ず、格の違いを突きつけられた。完膚なきまでにプライドをへし折られたサヤは涙目でカインを睨む。
「畜生、擦りすらしない……なんなんだよお前、まじでなんなんだよ」
汗だくのサヤに対して涼しい顔でケープを付け直すカイン。青空をバックに金髪が風で揺らめく。様になっているのが更にムカつく。
「《真空斬》ならば当たっていた場面ならいくつかあったぞ」
「一般人が出来るわけないでしょ」
《真空斬》とは剣を素早く振ることによって空気を切断し、空気の刃を生み出して攻撃する剣技だ。そもそも今日初めて剣を握った人間にそんな芸当、出来るはずもない。呆れ返りながらカインを睥睨する。
「魔力をミョンと練りながら剣をピャッと振ればいいだけだ」
「魔力をミョンと練りながら剣をピャッと振る?」
その後、何一つ理解できない擬音を使って《真空斬》の原理を説明された。律儀に耳を傾けていたサヤだったが脳内は疑問符で溢れかえっている。その様子を見ていたカインがついにブチギレる。
「ええい面倒だ!実演してやるからしっかり見てろ」
サヤから剣をひったくり、片手で持って構える。息を深く吸い込むと風を切る音と共に剣を振る。剣の切っ先から生まれた風の刃が滝を両断した。一瞬だけ滝の轟音が止み、周囲が静寂に包まれる。
再び落下した水が水面を叩き出す。ふん、と得意げに鼻を鳴らしたカインが振り返ってこっちを見た。
「どうだ、分かったか?」
「聖騎士ってすごいんだなって思いました」
「馬鹿め、とにかくやってみろ」
お前なら出来る、と太鼓判を押された。剣と滝を交互に見比べる。チラリとカインの顔を見ると早くやれと顎で急かしてきた。
「えっと、まず魔力を練るんだよね?」
「肩から腕にかけてミョンとやるのがコツだ」
この際、ミョンという擬音は無視しよう。カインの説明通りに剣を握る手に魔力を流して構える。息を深く吸って剣を振る。風を切ってビュン、と音がなった。
「お前、人の話を聞いていたか?魔力をミョンと練るんだ。もう一度やってみろ」
再度手順を確認しつつ剣を振る。風を切って音がなるだけである。
「もう一回」
冷え始める声音に焦りが出る。おかしい、ちゃんと出来てるはずなのに空気の刃を生み出せない。ついにカインは無言で腕を組んでこちらを睨んできた。
結局日が暮れるまで剣を振り続けたが空気の刃を出すことはできなかった。
うっそだろお前




