魔法と魔法陣
「朝、魔法とは奇跡を人為的に発生させる1つの手法と教えたな。今日はその魔術で最も使い勝手のよい魔法陣の基礎を教えよう」
スコルは豊かな顎髭を片手で撫でながら紫色の巻物を机の上に広げる。
「呪文と魔法陣と舞踏でなにか違いがあるんですか?」
サヤは机の上の荷物を端に寄せながら疑問を口にする。
「呪文は口に唱え、魔力を消費することで奇跡を起こす。喋れるのことが前提じゃの。それに対して魔法陣じゃが、紙などに予め模様や文字を刻んでおくことで使いたいときに魔力を流すだけで奇跡を起こすことができるの」
スコルの広げた巻物には青色のインクで複雑な文様が描かれている。中心を円として三角が4つ外周を取り囲み、巻物の四隅に正四角形が太い線で縁取られている。
「そして舞踊じゃが、呪文と魔法陣の合わせ技じゃな。呪文を歌に、魔法陣を体で描くことで奇跡を引き起こせるのう。まあ、最も手順を間違えると魔力がばぁーん!」
流石にワシでも命の保証は無理じゃの、とスコルは戯けた様子で説明した。
スコルは巻物の中央に手を置き、魔力を流す。魔法陣はぱちぱちと電気を放出しながら巻物の上に浮かび上がる。
「呪文は決まった文言を唱えればよいというわけではない。イメージが重要じゃ。自分に馴染みのある言葉を重ねれば重ねるほどにより多くの魔力を注ぐことも少ない魔力で奇跡を起こすことも可能になる」
サヤはなるほどと感心しながらもスコルの話に耳を傾ける。
「呪文は詠唱による時間や個人差があるから専ら魔法陣を使うのが主流じゃな。例えばこの杖なんかは魔力を貯蓄しておく魔法陣が描かれておるぞ」
「おお、やはりただの木の棒ではなかったんですね!!」
この上ないキメ顔とポーズをするスコルに拍手を送るサヤ。
「とりあえず魔法陣の作り方は|アイテムポシェット(収納袋)から始めるかの」
頭に疑問符を浮かべるサヤの様子を見たスコルは詳細な説明をしてくれた。
魔法陣によって袋の内部に別次元の空間を発生させ、袋の容量を二倍にするものだという。
収納できる物品の大きさは魔法陣を刻む袋の口に依存する。
取り出すときは魔力の流し方に微妙に違いをつけ、番号を割り振ることで取り出したいものを区別するというなんとも難しい説明を繰り広げた。
スコルが何を言っているのかよく分からなかったのでざっくりと自分流に解釈してみた。
一つの箱を想像してほしい。その横に山盛りの服が置いてある。さて、収納してみよう。おやおや半分ほどで容量限界だ。ここで圧縮袋が二枚遅れてやってきた。洋服をみっちり二つの圧縮袋に分けて詰めて圧縮する。なんということだろうか、全ての服が収納できたではないか。
さすが異世界!圧縮袋をよくわからない魔法陣で再現できるなんて異世界は微妙に不便だな!!
1人納得してうんうんと頷き、自分の天才ぶりに酔っているとスコルはなにやらぶつぶつと呟きながら戸棚をがさごそ漁っていた。
「材料はたしかラントーザの残りが、あったあった」
「私の部屋を前使っていた人ですか?」
スコルは一瞬虚をつかれた様な表情を見せたものの、返答する。
「あ、ああ。そうじゃ、ラントーザというてな。ワシの弟子じゃ。歳はサヤより若いくらいかのぅ。便りもないが魔術の才能があってのぅ、それはそれは身内の贔屓を差し引いても天才と呼べるものじゃったわ」
スコルは嬉しさと懐古の入り混じった気持ちでラントーザの話を続ける。
「ワシの魔術を2年で体得してなぁ、優男な雰囲気もあって都会ならばモテモテじゃろうなぁ。…もし彼女さんを連れてきたらワシどうしよう!?なんと挨拶すればよいかの?はわわわわ」
勝手にラントーザの話を展開させ、ありうるかもしれない未来に想いを馳せ、盛大に慌てふためいているスコル。
「落ち着いてください、スコルさん。その時になって考えれば」
「あわわわわ結婚式はいつになるかのう」
スコルの脳内は既にラントーザの彼女への対応をどうするかで混乱を極めていた。
その日は結局日暮れまでラントーザが連れてくるかもしれない彼女への挨拶を一緒に考える事態にまで陥った。