長耳族
エルフ!!!!!!ひゃっほい!!!!!!
山道が終わり、景色は森へと移り変わっていた。ここ、コクーン大森林はエクペレ山から流れる川が中心に走っている。湿潤な気候のお陰なのか低木層によって構成されているため、一度獣道に踏み込めば足元に伸びる蔦や木から垂れ下がる葦が歩行を妨げるだろう。森に生息する鳥類や虫型のモンスターの鳴き声が遠く木霊して聞こえる。
雪解けにより川の水位が増しているため当初の予定より大幅に迂回したルートを進むサヤ達。春の陽気に汗ばむ首をぬぐいながら道を歩いているとカインが止まるように指示した。慌ててラッタットの手綱を引っ張る。
カインは進行方向の先を睨みつけ、レイピアの柄に手を掛けている。耳を澄ましても特に気配はなく、サヤも釣られてカインの視線を追う。
「何者だ、名を名乗れ」
カインの鋭い声が森に響く。するとフードを被った何者かが木の陰から姿を現した。
全体を焦げ茶色で構成された人物の顔は目深に被られたフードで口元以外は見ることができない。しかし特徴的なのはフードから覗く長い耳である。サヤの指先から手首まではある長い耳がピコピコと動いていた。フードには素材となったモンスターの毛皮が使われているのだろう。傍目から見るとそのモンスターにのしかかられているように見える。
その人物は厳かに口を開いた。
「私はローザ。旅人よ、ここは神聖な森だ。直ちに引き返せ」
友好的でない雰囲気を醸し出しながら手に持った弓に矢を番える。ただならぬ雰囲気に息を呑み、袖口に隠し持った護身用の魔法陣を密かに取り出す。
「我々はこの先の神殿に用がある。道を開けてくれないだろうか?手荒なことはしたくないのだが……」
カインは穏やかな口調で告げつつもレイピアの柄を握る。
「不届きものめ……これだからホモ・サピエンスは好かんのだ」
ローザは弓をこちらに向け、弦を引っ張る。一触即発の空気を感じ取ったラッタットが髭を震わせる。両者が動き出そうとした瞬間、少し離れた位置にいたサヤが上空の存在に気づく。
「カイン、上だ!」
サヤがそう叫ぶと同時に風圧を周囲に与えながらその存在は着地した。
腰ほどまである豊かな髪はふわりと舞う。見事なプロポーションの体を取り巻く布は重力を無視している。その姿は一糸纏っているが一糸纏わぬ姿ともいえる。記憶の底からその存在の名を探し出したサヤは叫んだ。
「貴女は確か、タイガ森で出会ったルチアさん!」
「正解★お久しぶりだね」
無数の穴が空いた杖を片手に持ち、華麗にウインクを決めながらルチアはサヤに答えた。ルチアが着陸した場所は丁度カインとローザの間である。ルチアはカインに背を向け、ローザの方を見る。
「さて、『永久の繁栄は衰退と共に』これでいいかな?」
ルチアの放ったセリフにローザが動揺する。弓矢を手早く仕舞うと片膝をつきルチアに頭を垂れた。
「これは大変失礼いたしました。私めの無礼をお許しくださいませ」
ルチアは片手でローザを制し、杖で地面を叩く。
「この二人は客としてもてなすこと、いいね?」
ローザが肯定するとルチアがこちらに向き直る。サヤに対し手招きをしたのでラッタットを引き連れて近づいた。
「やだ、すごく久しぶりねサヤちゃん。覚えていてくれるなんて感激だわ」
「いえこちらこそ覚えていてくださったんですね」
懐かしい人との再会に喜び握手を交わす。嬉しいことに変わりないが一挙手一投足をハラハラと見つめなければならない衣服はどうにかして欲しかった。
カインはルチアのことを思い出せなかったらしく暫く考え込んでいた。サヤが始めて妖精熊と遭遇した時のことを伝えると思い出したようだ。
「あの時の女性か。礼を失した態度で接してしまったな、すまなかった」
僅かに頭を傾け視線を地面に落としたカイン。視界の端でレアな態度に思わず驚いたサヤの顔を捉え、音もなく脛を蹴る。
「あらいいのよ。先を急いでいたのに引き止めてしまったわけだし。それより、ここに何の用で来てたの?」
ルチアの問いにローザが答えた。ローザは立ち上がり膝の土を払いながら周囲を警戒している。
「神殿に用がある、とのことでした」
「神殿かあ……」
頰に手を添え、考え込むルチア。脛の痛みから復帰したサヤが口を開く。
「神殿になにかあったんですか?」
そうねえ、と呟きルチアとローザが目配せする。やがてため息を吐くとサヤの顔を見つめた。
「祭りの期間中、神殿は封鎖されるのよ。祭りが終われば入れると思うわ」
思わぬ情報にカインの顔を確認する。カインも驚いている。祭りのことを知らなかったのだろう。どうする? と問えば困ったようにうめき声をあげた。
「祭りが終わるまで村に滞在したらどう?私達これから向かう途中なのよ」
共に村へ向かうことを提案するルチアに対しカインが賛同する。来た道を引き返したとしても二度手間になるため滞在できるなら是非ともお願いしたいというのがカインとサヤの気持ちだった。返事を聞いたルチアは嬉しそうにサヤとローザの手を取り歩き出した。
◆◇◆◇
ルチアとローザの先導で歩くこと半刻。草をかき分けた先に滝と川を中心とした村があった。雪解け水によって嵩が増した滝の音は遠くにいるサヤの耳元にも届くほどである。空中に飛び散った水しぶきは太陽の光を七色に分け投影している。
岩壁には無数の穴が空き、その中から人々が壺や袋を持って慌ただしく行き来する。どうやら岩穴を住居とした村の様子で、住民の誰もが耳が長く、豊かな毛髪に花や蔓を編み込んでいた。旅人が珍しいのか何人かの住人がこちらを気にしている様子である。
「ようこそ、長耳族の住む村アジャへ。まずは村長に挨拶を願いたい」
フードを外したローザが村の主要施設を案内する。ローザは村人とは違って葉を落とした蔓で紫髪を編み込んでいる。狩人として過剰な装飾は好まない性格なのだろう。意志の強そうな臙脂色の瞳が太陽の光を反射していた。
ローザの案内で村長のいる洞穴にはいる。中の壁には様々なタペストリーやモンスターの毛皮が飾られており、いかにも古代の施政者を彷彿とさせる内装である。部屋の内部は薄い布で仕切られている。その幕の前でローザとルチアが片膝をついたのでサヤも倣う。少し遅れてカインも地面に片膝をついた。
「村長、あのお方とお客様をお連れいたしました」
ローザが顔を伏せたまま村長に呼びかける。布の向こうから衣摺れと椅子の軋む音がすると朗々とした声で返答が返ってきた。
「ご苦労だった、ローザ。部屋の外で待機せよ」
御意、と答えたローザは機敏な動きで立ち上がり洞穴の外に出る。薄い布をかき分け、村長が姿を現した。豊かな黒髪に蔓薔薇を巻きつけ後ろでくくっている。カイン程ではないが筋肉質な体を覆う衣服は黒を基調としながらも銀の刺繍糸で彩られていた。村人たちと違い、高級感のあるファッションである。
「私はエンザ。この村の長を務めております。遠路遥々ようこそお越しくださいました。どうか楽にしてください」
村長のエンザに勧められ立ち上がる。エンザはルチアを見つめ微笑みかける。
「此度のお名前をお聞かせ願えますか?」
「ルチアよ。姓はないわ」
ルチアは赤髪を搔きあげ、名を名乗った。姓がないというのに違和感を覚えたサヤだったが空気を読んで黙る。
「それでは祭りまでどうぞお寛ぎくださいませ。村の者に手配させましょう。ところでそちらの客人はどちら様でしょう?」
エンザの視線がこちらに注がれた。心なしかルチアに向けるものよりも冷たく、態度が変わったようにも思える。
「私がここに連れてきたの。神殿を調べたいそうよ。祭りが終わったら案内して」
ルチアが代わりに答えた。想定していたよりも高圧的な要求に思わず青ざめる。その回答を聞いたエンザが眉をひそめる。
「……ええ、いいでしょう。祭りが終われば神殿に案内します。ただし監視はつけさせていただきますがね」
エンザはため息とともに妥協を吐き出す。鋭い声でローザを呼び部屋に案内するように言いつける。カインを睨み付けると布の向こうに引っ込んでしまった。大股で洞穴の外に向かうカインの背中を見守り、ルチアと顔を合わせた。
あああああああああああこれがファンタジーなんだよなぁこれこそがかきたいものなんだよなあ
読みにくい話などあったら教えてください。試行錯誤しながら書いてます