優しさの裏側
影法師ミカゲとの戦闘から数ヶ月。地獄のようなカインの扱きを掻い潜りながら生存してきた。鍛錬狂いの聖騎士は暇さえあれば鍛錬、特訓、筋トレの三拍子。だらけていると生ごみを見るような目でこちらを見てくるのでサヤの精神はガリガリ減っていた。
宿屋の扉を開け、残雪を踏みながら外に出る。所々雪は残っているものの晴れ渡った空は澄み切っていた。ぽかぽかとする陽気の中で伸びをし、リュックを背負い直す。カインは既にラッタットの手綱を手に握っている。
「もう出発してしまうのかい?もっとゆっくりしたら良いのに」
後を追いかけてきたラントーザが話しかける。寝癖の治っていない髪を撫で付け、薄手のカーディガンを羽織っている。初めて会った頃に比べて肉付きが多少良くなっている。
「そろそろ次の町に移動しないとまた襲われるかもしれないので」
「そっか、それもそうだね。あのさ、良かったらまたここにおいでよ。ここの住民みんな君たちのこと歓迎してるからさ」
短期間共に過ごしたとはいえ別れを惜しんでくれていることに少し嬉しさを感じる。
「お気遣い感謝します、全て済んだらまたここにお邪魔させてもらうかもしれません」
「是非そうして!」
ラントーザに手を握られブンブンと上下に振られる。腕を組んでいたカインだったが、その腕を解いて口を開けた。
「ラントーザ。お前、聖騎士になれ」
提案を通り越した命令にラントーザの目が丸くなる。自分の顔を指し、口をあんぐりと開けた。
「俺が、聖騎士に?無理無理!前科持ちはなれないでしょ」
顔の前で手を振るラントーザ。カインはその手を捕まえて一通の手紙を握らせる。
「早いうちに教会に行け。お前の実力なら基礎体力をつければ余裕でなれるだろう」
さっさと言いたいことを言ったカインはラントーザの返事を待たずに歩き出す。置いていかれたサヤはラントーザに手を振ってカインの後を追いかける。あっけにとられたラントーザはその背中を見送ることしかできなかった。口を押さえ、ポツリと呟く。
「本当に認めてくれてたんだ」
◇◆◇◆
鍛錬のおかげか、雪の降っていない山を降りるのはそこまで苦に感じなかった。日本にいた頃と比べて筋肉がものすごく増えた気がする。
会話もなく歩き続ける道中、暇なのでぼーっとしていた。ふと洞窟で見つけた魂魄拿捕の魔法陣の内容が脳裏によぎる。恐らく准聖騎士のダグラスや妖精熊にも同様の魔法陣が使用されていたのだろう。
『魂魄拿捕の魔法陣を使用した対象は使用者に忠誠を誓う。その命令に逆らうことも不利益になることも実行に移すことができない』
カインの目を盗みながら調べた結果、そのような悍ましい特性が判明したのだ。そしてその魂魄拿捕の魔法陣はカインに対して使用した死者蘇生の魔法陣に組み込まれていた。
導かれる結論はすなわち、カインはサヤに己の意思とは関係なく守護しなければならない状況にあるのだ。故にカインの気遣い、優しさ、その全てはカイン自身の本心から来ているものではない。
「カイン、次の目的地はどこなの?」
カインはポケットに入れた地図を広げ、こちらに見せてくる。エクペレ山から少し離れた位置にある平原を指し示す。コクーン大森林と名されている。
「大森林?町とかなさそうだけどなにかあるの?」
「ああ、ここの神殿ならば『見聞録』に関する手がかりがあるだろうと思ってな」
青漆表紙の本の手がかりが神殿にあるとはなんともファンタジーな話である。
「その神殿、なんで『見聞録』の手がかりがあるの?」
「死体の宴の発端となった死者蘇生がそこで行われたらしい。死霊術についてもなにか掴めるだろう」
死者蘇生という単語に胸の奥がざわめく。隣を歩くカインから視線を外し山道を眺める。萌ゆる草根が増え、山道の終わりを告げていた。
作者、ツンデレの定義を履き違えておりました。露骨な好意を示すのではなく、確かに好意だけど恋愛的なものじゃないレベルこそがツンデレの至高であるのだ。嫌いじゃないけど好きでもない、この曖昧な感じをすこっていきたい
カインはツンデレです!!!!