魂魄拿捕の魔法陣
「誇り高き聖騎士ダグラスが神の腕に抱かれますように」
灰の山に向けカインが膝をつき、十字を切る。数秒黙祷を捧げ、立ち上がった。振り返ってサヤに大股で近づく。
「お前、なんだあの避け方は!鍛錬が足りてないぞッ!!」
怒鳴りつかながら右腕を掴む。痛みを感じたので慌てて確認するとズバッと切り裂かれていた。
「《癒せ、縫合せよ》」
呪文に従ってカインの魔力が傷口を覆う。両側の皮膚を引っ張って結びあげていく。傷口は塞がったもののその部分は盛り上がっている。傷口の治り方を見、掌のかつての傷跡を見て一つの可能性に気づく。
「ねえカイン。もしかして治療魔法苦手なの?」
カインが勢いよく顔を逸らした。治ればいいんだよ傷なんて、とバツが悪そうに呟く。気まずくなったのか頭をガシガシと掻いた。
「ったく、ラントーザ!早く毒魔法を解除しろ」
地面に転がっているラントーザを足で蹴り起こす。
「んあ!敵は?サヤちゃん無事?」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら周囲を見渡したラントーザ。ミカゲに勝ったことを告げると大の字に地面に転がった。
「毒は解除したよ。俺、満身創痍で倒れそう。サヤちゃん膝枕して……」
ゾンビのようにフラフラと近づいてくるラントーザから後ずさりで距離を置く。現状頼りになるカインの背中に隠れてみたものの、カインからの冷たい視線が突き刺さる。
「俺は洞窟の中を調べる。お前らは休憩していろ、なにかあったら呼べ」
顔を上げ、洞窟の奥に進むカイン。サヤも洞窟を調べたかったのでカインを追いかけようとした時、ラントーザに右手を掴まれた。
「何かご用ですか?膝枕はしませんよ」
「いや、違うよ。確かにしてもらいたいのは山々だけどさ」
チラリとカインの背中を見る。先に行ってしまったカインはこちらを振り返ることはない。
数回、口を開きなにかを言いたそうにするラントーザ。本題を切り出さないラントーザに腹を立て話を促すと渋々といった様子で話し始めた。
「俺の毒魔法は無差別攻撃だから防御用の魔法陣を渡しただろう。毒は条件を満たす限りどんな生き物も殺す」
ようやく話したいことが纏まったのか、口を開き始めると呪文の解説を始めたラントーザ。少し支離滅裂だが、話したいことは呪文の自慢なのかと呆れつつも話を聞く。
「その条件はね、相手が肺呼吸すること、魔力を持っていること、その場所の風が穏やかであること。まさに条件が整ってたから使ったんだけど」
数秒の逡巡の後、意を決した様子でサヤに短剣を握らせる。仕込み杖に付けられた短刀を眺めた。刃の部分に刻まれた魔法陣は見覚えがある。スオーン町でアメリアが持っていたものだ。
魔力撹乱の魔法陣。一定時間の魔力行使を妨害するものだ。アメリアのものと違い範囲が限定されている。この程度なら刺した相手だけがその効果を受けるだろう。
「もしその魔法陣が俺の想定しているものなら……」
口を覆い、サヤの顔から視線をそらす。
「彼は一体何者なんだ?サヤちゃん、君は……」
「聖騎士の衣服で無効化したんじゃないんですか?それよりもラントーザさんはラッタットを呼んできてください」
握られた右手を振り払い、ラントーザに背を向けて歩き出す。後ろでラントーザの引き留める声が響くが無視する。
◆◇◆◇
カインはすぐに見つかった。洞窟の最深部、奥まって広い場所の壁を見つめている。
「カイン、なにか見つかった?」
「サヤか。どうやらこの壁の奥に部屋があるらしい。なにか仕掛けがあるはずなんだが」
振り返ることなく返事をしたカインは壁を叩く。岩がむき出しの壁を数度叩いていると一箇所音の変わった場所があった。ここか、と呟くと出っ張った岩を掴んで下に体重をかけた。
がこん、という作動音と共に壁に線が走る。地響きとともに左右に開き、下へと続く階段が現れた。
「やはり隠し部屋か。サヤ、お前もくるか?」
「うん」
「転ぶなよ」
分かった、と返事すると前を向いて階段を降り始めた。階段は一段一段が高く、降りるのも一苦労だ。手すりがあるので掴みながら飛び降りる。この階段に手すりをつけることを考案した建築家に感謝する。
「ここが最深部、『祭壇』か」
感心したようにカインが呟き、周囲を見渡す。
地下とは思えないほど広い空間。ぼんやりと緑色に光る苔に照らされたそこはいかにも怪しい雰囲気が漂っていた。中央に安置された祭壇を起点に魔法陣が描かれている。既視感を覚えたサヤは目を凝らし注意深く観察した。
少し違う文字や線が描かれているが、塔の頂上でみた魔法陣に似ている。収納袋から『見聞録』を取り出し、地面に置いて頁を広げた。
「なにか気になったのか?」
「この魔法陣と地面のやつ、似てるなって思って」
カインがしゃがんで本に描かれた召喚の魔法陣を見る。視線を逸らし、地面に描かれた魔法陣と見比べた。
「確かにそうだな。多少違いはあるが概ね似た効果を持つものだろう」
「カインはこの『祭壇』、何に使うか知ってる?」
カインは立ち上がると顎に手を置き、考え込む。
「俺の記憶が正しければこの祭壇は神に呼びかけるために造られたものだ。本にかかれた魔法陣もその類だろう。それ以上は知らん」
祭壇に近づき、異変はないか観察し始めるカイン。サヤも本をしまい、収納袋を背負った。立ち上がって祭壇ではなく部屋の隅に置かれた机に向かう。簡素な机の上には紙やペンが乱雑に置かれている。その一番上に置かれた紙。その内容が目に飛び込む。
魂魄拿捕の魔法陣と中央に描かれ、その下に魔法陣が描かれている。その魔法陣にもデシャヴを感じた。ダグラスの脇腹に描かれていたものにも似ているがそれ以上にどこかで見たことがある気がする。
埋もれた記憶から糸を一本引き出す。スコルピィから預かった死者蘇生の魔法陣。複数の魔法陣から形成されたその複合魔法陣の中央。サヤが初見で用途を見抜けなかった複雑怪奇な魔法陣と瓜二つだ。
脂汗が頬を伝う。右手の甲で汗を拭い、魔法陣が描かれた紙を握りしめてポケットに突っ込む。耳をすませばカインはまだ祭壇を調べているようだった。こちらに気づいた様子がないことに胸をなでおろす。
「そっちはなにか見つかったか?」
「い、いや、特には。祭壇になにか変化は?」
振り返りつつカインに様子を聞けば特にないと返事が返ってきた。まだこちらに来ないようなので急いで机の上を探る。
ポケットに突っ込んだ魔法陣以外に魂魄拿捕の魔法陣に関するものはないようだ。ため息をつき、机に手を置く。
「どうしたサヤ、体調が悪いのか?」
気づかない間に背後に回ったカインの声に驚く。首を振って机の前から退いた。
「ちょっと眩暈がしただけ。出血したからかな」
「そうか、少し座ってろ」
カインの言葉に甘え、少し離れた場所で地面に座り込む。早鐘を打つ心臓と冷え切った指先がいっそうサヤを動揺させた。カインが机の上の紙を捲る音を聞きながらもサヤの脳内ではラントーザの言葉が反芻している。ぼんやりと照らされた祭壇をみつめながらサヤは悍ましい予感に体を震わせた。
はえええカインくん優しい。これは恋愛イベントだからスチルあるでしょ