銀灰の騎士
ダグラスの剣を回避すること二回。カインとの特訓で避け方を学習したとはいえ相手は殺すつもりで剣を振っている。特訓時に使われていた棒とは違ったリーチを避けられているのは単に特訓の成果だけではなく身体強化の魔法を行使したからだ。
ダグラスとの戦闘が開始してから20秒。
「動きが鈍ってきてますよ、そろそろ剣があたりそうですね」
しゃがんで回避したサヤの頭上を剣が通り抜ける。
「《魔力よ、弾き出せ》!」
数束の髪を切断されながらもガラ空きになった胴体に魔法を打ち込む。命中こそしたものの半歩後ろに仰け反る程度で済んだ。
「せめて痛みなく殺してあげましょう」
ダグラスは目を伏せ、剣を振りかぶった。その背後でラントーザの焦ったような表情が見える。
「《隆起せよ、大地の牙》ッ!」
ラントーザがせめてのもの悪足掻きとして呪文を唱える。岩程度ではダグラスの剣を防げないことは分かっているが1秒でも時間を稼ぐために頭部を狙う。例え回復の効果をもつ魔法陣を使ったとしても動き出せるまでには時間がかかるだろう。
「《光輝斬》ッ!!」
ダグラスは魔法を回避するのではなく、確実にサヤを殺す方を選択した。振り下ろされる剣は黒い軌跡を一線、空中に描きながらサヤに迫る。サヤは後ろに飛びつつ呪文を唱えた。
「《魔力よ、弾き出せ》」
掌をダグラスに向け衝撃波を打ち出す。防御用魔方陣の維持以外の全て魔力を使った一撃。それは頭部や大剣ではなくある一部分を穿った。剣はダグラスの顔に戸惑いが浮かぶ。
「脇腹なぞ失ったとてすぐに……ッ!?」
サヤの狙った部位を見て驚愕の表情を浮かべたダグラス。妖精熊の爪痕の残る腹部、そこに巧妙に偽造された魔法陣があった。サヤの魔法で一部破壊されているものの機能しているようだ。
「……どうか神の加護がありますように」
ダグラスは覚悟を決めた表情で剣を構えた。
手助けを期待できそうなラントーザはとっくに魔力を使い果たしたのだろう、片膝をつき肩で息をしている。意識もはっきりしていないようだ。
無慈悲にもダグラスが剣を再度振り上げる。魔力を使い果たしてしまったサヤ。その光景を為すすべなく見守るしかなかった。
「いいぞダグラス!よくやった、トドメをッ?」
喜声をあげたミカゲだったが咳き込み始める。カインから距離を取り、口を押さえて激しく咳をした。口元から離した手には真っ赤な血で彩られた花が咲いている。ミカゲの動揺した声にダグラスはチラリと一瞥する。
カインは剣を構えつつミカゲに歩み寄った。
「ようやく効果が出たようだな」
「く、来るなッ。ダグラー」
ミカゲの言葉は最後まで紡がれることはなかった。一切の音を立てず口腔にレイピアが突き立てられる。カインはレイピアに刻まれた魔法陣に魔力を流し、起動する。
「死霊術師は一匹残らず殺す」
レイピアの切っ先を始点に炎が迸る。逃げようともがくミカゲの体を大剣が貫く。
「アガ、グォ…嘘だっ、お前はボクに逆らえないはずッ!嫌だッ、死にたくないッ」
手足の腱を斬り付けられ、逃げることも叶わないミカゲはその場でのたうち回る。ミカゲを切りつけているのは支配下にあったはずのダグラスだ。勢いのあった悲鳴も徐々に弱まりつつあった。
「人を殺しておいて自分は死にたくないと嘆くか。どこまでも浅ましいな、貴様は」
怒りに満ちた表情でミカゲの首に大剣を突き刺す。血を吹き出しながら痙攣する体を侮蔑の眼差しで見る。完全に停止したのを見届けると剣を引き抜いた。カインの方に向き直った。片膝をつき、頭を垂れている。
「数々の失態、弁解の余地もありません」
「死してなお死霊術師の討伐に貢献した貴殿を讃えよう。先程は貴殿を侮ったことを詫びさせてくれ」
カインの謝罪にとんでもないとダグラスが顔を上げる。立ち上がったことにより背丈の差によってカインが見上げる形になる。
「それよりもカイン様、私が完全に亡者となる前に破壊してください」
「あいわかった」
カインは拘束せよ!、と詠唱する。周囲に迸った炎はダグラスを覆い、その身体を燃やす。炎に包まれているというのにダグラスは微笑んでいた。
「さすがカイン様。この威力、不肖ダグラスもこれで破壊されるでしょう」
ダグラスの手から大剣が滑り落ちる。大剣は重量感のある音と衝撃を地面に与えた。
「最後にお伝えしなければならないことがあります。我々聖教会のなかに裏切り者がいます」
剣についた血を払い、鞘に収めつつあったレイピアの動きが止まる。自分の腕を拾い、傷口と見比べていたサヤの動きも止まる。
「なに?」
「何者かが聖騎士の情報を流しております。オリバーという人物です」
オリバー、とカインが呟くが、心当たりがないようで首を振る。ラントーザがふらふらとしながらも立ち上がった。どこかで聞いたことのあるような名前だがいまいち思い出せないサヤ。もやもやとしたものが胸に残る。
「わかった、こちらで調査するよう手配しよう」
ダグラスはその言葉を聞き、安堵のため息をついた。その身を炎で灼かれているというのに穏やかな表情を浮かべている。首元からシルバーのロケットを外した。高温の炎で溶けかけたそれを握り、目を閉じる。
「約束を守れずに済まない、ケティ。けれど私の心はいつでも君の側に」
炎の勢いは増し、ついにダグラスの全身を包み込んだ。影すら見えなくなり、炎の爆ぜる音だけが断続的に鳴った。その光景をサヤは固唾を飲んで見守る。
ロケットの落ちる音を合図に炎が弱まる。ダグラスのいた場所には真っ黒な灰と溶けかけたロケット、そして光を反射しない大剣が残っていた。