影法師ミカゲ
洞窟を照らすカンテラ。その明かりによって浮き彫りになったカインの陰から刃が飛び出す。魔法使いの急所である胸を狙った突きだ。不意打ちで繰り出された攻撃、常人ならば対応できずに地に伏すだろう。
しかしカインはその存在に気づいた。体を捻って回避する。敵の刃はケープを切り裂いた。
奇襲に失敗した敵はぬるりと影から姿を現す。手に持ったステッキを柄としてヤイバが埋め込まれている。いわゆる仕込み杖、というものだろう。刀身は短いものの凶器であることに変わらない。
影から現れた敵に対しカインは素早く神眼を行使する。
「死ぬ覚悟は出来たようだな、死霊術師」
「キミたちこそ死んでボクのペットになる覚悟、出来てるよね?」
互いに煽り合う。一瞬の睨み合いの後、敵とカインが同時に動いた。敵は片手に構えた短刀でカインの突きを受け流す。もう片方の手に持った刃で反撃しようとも大地から隆起する岩や電撃に阻まれる。
「うーん、さすが聖騎士サマは厄介だね。こういう接近戦は苦手なんだよねボク」
腰を落とし左右にカインの突きを受け流し、払い、回避する。右手に持った短刀で再度突き刺そうと振るうがレイピアの柄で殴られる。怯んだ拍子に短刀を地面に落としてしまい、カインがその短刀を遠くに蹴り飛ばす。
「ホントーに面倒なやつ。数で勝った気にならないでよねッ!!」
シルクハットをカインに投げつけ、背後に飛んで距離を取る。指を鳴らすとシルクハットから人の形をした影が一つ飛び出した。シルエットはミカゲに似ている。
「影法師のミカゲか。その影、魔法で実体化させて操作しているのか」
「ご名答!ついにボクも有名人に仲間入りかな?」
なんでもないことのように喋るカインの攻撃を掻い潜りつつ反撃の機会を伺うミカゲ。
「その魔法便利だね、是非とも俺に教えうおっと」
散開した影はそれぞれサヤとラントーザに襲いかかってきた。ラントーザは巫山戯つつも影の振るう短刀らしきものを回避する。サヤは隠し持っていた魔法陣に魔力を込め影の足元に投げつけた。
「炎檻で動きを止めてからの!」
「《隆起せよ、大地の牙》ってね!さすがサヤちゃん」
地面から隆起した岩に飲まれ、実体化した影は靄となって霧散した。ハイタッチを求めてくるラントーザから距離を取りミカゲとカインの戦いに意識を向ける。
「ご自慢の影もあっさりやられたようだな、どうする影法師、隠れんぼに付き合うほど俺は優しくないぞ」
「やだな、あれがボクの自慢の影なワケないじゃん。ボクの自慢はダグラスくんだよ」
サヤの耳が背後から剣を引きずる音と足音をキャッチした。後ろを振り返らずにラントーザの腕を掴み前にジャンプする。サヤ達のいた場所に大剣が横薙ぎに振るわれた。背中に風圧を感じつつ天井にぶつからぬよう身体をひねって着地する。
「あ、アリガト。気づかなかったよ」
「どうも」
剣を振るった主、ダグラスは黒焦げになった服の裾を体からぶら下げたままそこに立っていた。動いた拍子に炭化した皮膚が崩れ落ちている。しかしその傷も剥がれ落ちた所から再生が始まっているようだ。服の裾に縫い付けられた刺繍に目を凝らし、サヤは復活の仕組みに気がついた。
「どうやら服に回復の魔法陣が刻まれているようです」
「便利だなぁ、聖騎士の服。俺も欲しくなってきた」
サヤの言葉を聞いたラントーザは軽口を叩いた。真面目な様子を見せないラントーザに腹を立てる。
「ふざけてる場合ですか、私達でどうにかできる敵じゃないですよ!」
剣術を習ったことがなくともわかるほど洗練された動きをするダグラス。隙をついて魔法を唱えることも魔法陣を発動させることも難しいだろう。
明らかに格上の相手を前にサヤの脳は冷静に判断する。死なないように立ち回るのも難しいだろう。
剣戟の音は止む様子がなく、カインの手助けは期待できそうにない。サヤの視界の端でラントーザが2本指をたてた。
「20秒、時間を稼いでくれないかな?そろそろ効果が出るはずなんだ。本当はこういうのは男の仕事なんだけどほら、俺無手だからさ」
両手を広げヒラヒラと振るラントーザ。その言葉の意味を咀嚼し、目つきが鋭くなる。
「私も無手なんだけど?」
思わず敬語も忘れ反論するサヤ。ラントーザはサヤの冷たい声音に対して慌てて弁解するように口を開ける。
「俺も魔法で援護するから頼むよ」
両手を合わせて懇願するラントーザ。視界の端でそれを捉えつつサヤはしぶしぶ了解した。一歩前に進み魔法陣をポケットから取り出す。
「あまり期待しないでくださいね」
「頼りにしてるよサヤちゃん」
調子の良さそうなラントーザの声を合図にサヤが魔法陣を投擲する。弧を描きながらダグラスに向かって飛んでいく。ダグラスは首を傾けるという最低限の動きで回避した。
「どうかこの剣が貴方達を切り裂く前に逃げてはいただけませんか?」
「逃げることを提案するぐらいなら剣を捨ててくれませんかね?」
地面にぶつかった魔法陣は眩い光を放ちながら発動した。地面に魔力が駆け抜け、一つの魔法陣を描く。その魔法陣はダグラスを中心に形成されていく。
「なるほど、先ほどのは地面に魔法陣を描く魔法陣ですか」
視線を魔法陣に落とし、興味深かそうに呟く。大剣の柄を両手で掴み、地面に描かれた魔法陣に勢いよく突き立てる。魔法陣を形成していた魔力が断絶し大気に霧散した。
「ですが、この剣は魔力を断ち切る。無駄な足掻きでしたね。さて、これで格の違いは理解していただけましたね」
魔法陣を破壊したダグラスは剣を引き抜き、大剣で自身の肩を叩く。瞳は虚ではあるが表情はこちらを憐れんでいる様子だ。
まだ10秒ほども稼げていないだろう。舌打ちしたい気分だ。
「ダグラス、命令だよ。その女は確実に殺せ」
「イエス、マイマジェスティ」
ミカゲの命令に対し苦々しい表情で恭順の意を示したダグラス。カインとの戦闘を思い出し、一つの可能性に思い至った。
「無理やり従わされてるってところですか」
「ええ、逆らえません。ですので全力で足掻いてください」
ダグラスが右足の角度を変える。横薙ぎの一閃を繰り出す気だろう。魔法陣に魔力を流し足元に落とす。ラントーザが呪文を唱える。サヤの足元を起点に岩が隆起した。迫り出す岩を足場に跳躍し、体を捻りながらダグラスの真上で呪文を唱える。
「《魔力よ、弾き出せ》!」
ダグラスの頭頂部に向けて掌を向け、魔力で生成した衝撃波を打ち出した。ダグラスは上に斬りあげる。
「その程度では私の意表はつけませんよ」
大剣の腹で衝撃波を打ち消しつつ大剣の柄から手を離し、もう片方の手で持ち上げる。左足を動かし、斬り下ろすモーションに入った。
「《光輝斬》!」
サヤと距離があるというのに斜めに振り下ろされた大剣。その軌跡は黒い闇一線を描き、空を切る音と共にサヤに迫った。
「《魔力よ、身体強化せよ》」
寸前で詠唱が間に合い、首の皮一枚で横に回避するサヤ。かつていた場所にはダグラスの位置から洞窟の地面と壁が切り裂かれていた。断面はツルツルとしていることから大剣の切れ味の良さが伺える。
ダグラスは感心した様子でサヤを見ていた。
「その魔法、身体強化系ですか。これまた随分と扱いにくいものを…、いえそれを使えば私から逃げられるかもしれませんね」
思案した様子で呟くダグラス。しかしその手に握る大剣は変わらずサヤの方を向いている。
「例えここで逃げてもいずれ殺されるから…それなら私は立ち向かう。立ち向かうしかないッ!」
魔法陣に魔力を流し、更にばらまく。無作為にばら撒かれたそれを視線で追うことなくダグラスはサヤを見つめる。
「ならば、私を破壊し尽くすしかありません。健闘を祈ります」
ミカゲくん渾身の強キャラ感を演出したいのにそこはかとなくダサいですね