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意外な一面

 茅葺きの敷かれた急勾配の屋根が立ち並ぶ集落。その建物の中で一際大きい宿屋の中でサヤとカインはラントーザと向かい合って座っていた。


「じゃ、軽く説明しちゃうね」


 ラントーザはガタガタと揺れる松材の机の上に地図を広げる。地図には今サヤ達がいる山、エクペレ山峰の全体図が描かれている。エクペレ山峰の南東にはスオーン町やディーン村の名前がある。思えば遠くまで逃げてきたものだ。

 ラントーザがエクペレ山峰の山頂、火口部分を指で示す。


「ここにある祭壇には侵入者を拒む結界魔法陣が貼られていたんだけど何者かが破壊した」


 次にクペ・エクペレ集落の近くの洞窟に指を動かす。


「長老の依頼で調べに行った狩人の死体が洞窟で見つかった。足跡から妖精熊の可能性が高い。ここまでが1ヶ月前の話」


 腕を組み、足を広げたカインが背もたれに体を預ける。狭いから足を閉じて欲しいのだがその気配はない。それで、と話の続きを促す。ラントーザは集落に指を置く。


「人の味を知った妖精熊は集落を襲撃する。それに備えて防衛を強化していたんだけども姿形も見えず。痺れを切らして洞窟に向かった。その道中……」


 集落と洞窟の間に指を置き、トントンと叩く。


「この辺りで妖精熊と鉢合わせた。ところがどっこい!こちらに興味も示さない。攻撃しても無視を決め込む」


 ラントーザは顔を上げてサヤの顔を見た。肩を竦め、掌を広げる。


「その場に俺もいてね、毒が効かなかったんだ」


 腕を組み、顎をさする。考え事をするときのサヤの癖だ。ラントーザの言葉の意味を考えた。前にラントーザの毒を体験したときの記憶を呼び起こす。

 毒の濃霧ポイズンフォッグという二つ名の通り2種類の毒の霧を攻撃手段としている。スコルピィが天才と評するほどの毒に詳しいラントーザ。その彼が作った毒は生命維持に必要な筋力を痙攣させ短期間で衰弱死させるものだ。


「呼吸そのものをしていない、ということか」


 カインが結論を出す。ラントーザはいかにも、という顔をしながらゆっくりうなづいた。


「呼吸をしない。けれども動いている。そして祭壇の結界魔法陣。これらから俺は死霊術師の仕業だと確信して長老に進言したわけ」


 ラントーザはズボンのポケットから金が使われた百円玉を取り出し地図の上に置く。


「そこで准聖騎士が調査のため派遣され、集落を出発した。いつ頃の話だ?」


 ラントーザは4本指を立てる。


「4日前だ。ここから山頂までは1日ほどかかる。調査とはいえ遅すぎるんだ」


 窓から見える山頂に目を凝らす。雲ひとつない青空に雪庇が眩しい。雲をスカートのように纏う姿はなるほど山岳信仰の対象にされるほど威厳がある。


「滑落したにせよ戦闘になったにせよ生還は絶望的、ですね?」


 サヤがそう言うとラントーザは眉を下げ、悲痛な面持ちで頷く。


「昨日聖教会に連絡をしたんだけど、到着は一週間ほどかかるという。最悪なことに長老の予報によるとあと3日ほどでここにも雪が降りる」


 ラントーザの言葉にカインが盛大に舌打ちをする。


「雪が本格的に降るなら調査は難しくなるな。場合によっては春まで死霊術師をのさばらせておくことになるだろう」


 顔をしかめ、苦々しさが声音から滲み出ているカイン。教義に反する存在に対して徹底的に嫌悪感を向けるのも変わらないな。


「もしこれからの豪雪の中、妖精熊に襲撃されたらここの住人は為すすべなく殺されるだろうね。大量の死体が手に入るわけだ」


 死体が増えれば増えるほど死霊術師の軍勢は頭数を増やしていく。そうなれば聖書に記された通り死体の宴コープスパーティーの再現だ。その場の空気が重くなる。


「そうなる前に叩くしかないな」


 カインが腕を解き、ソファーの背もたれに広げる。カインの手がサヤの肩にぶつかる。唐突に縮まった距離感に耐えられず、サヤが前かがみになる。


「そういえば妖精熊は一度狙った獲物に執着するとは聞いていましたが他に何か特徴とかあるんですか?」


 タイガ森で遭遇した時のことを思い出す。あの時は旅人のルチアと協力して退治したな。ラントーザが地図を丸めながら丁寧に解説する。


「妖精熊はまあ、その名の通り妖精に取り憑かれた熊なんだ。首元に宝石があるっていうのが特徴だね。その宝石は魔力と馴染みやすいから高値で取引されるんだ」

「妖精って取り憑くんだ……」


 サヤが今まで触れてきたアニメや漫画では可愛らしく悪戯好きの童子のような一面が描かれる事が多かったため、まるで幽霊やホラー作品じみた妖精の行動に驚く。脳内では白い三角を頭につけた妖精がうらめしやと呟きながらクルクルと飛んでいる。


「契約できれば強い味方になるんだけどね」


 地図を鞄にしまい、カップに入れたお茶を飲むラントーザ。飲み干した後カップを持ったまま立ち上がってお代わりを取りに行った。その姿を見送り、サヤもお茶に口をつける。体を温めるため様々なハーブが配合されているそのお茶は口に含むと舌がピリピリする。少し冷めているので生温い。飲み込むと喉がぽかぽかした。


「妖精、見たことないのか?」


 隣に座っていたカインが話しかけてきた。コップから口を離し肯定する。そうか、と呟いて沈黙した。カインは妖精を見たことあるのだろうか?


「今度見せてやる」


 どのような姿をしているのか質問しようと口を開けた時カインがボソリと呟いた。こちらの返事も聞かず立ち上がって部屋の外に出て行ってしまった。危うく零しかけたコップの中身を慌てて飲み干す。


「カインって妖精と仲良しなんだ……」

舌打ちしてるのに妖精と仲良しとか狙いすぎててキツイっすカインくん。

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