クペ・エクペレ
懐かしのあの人と再会
スオーン町を出発してから一週間程。あれから本について新しい情報を得ることも死霊術師に襲われることもなかった。ひたすらに枯葉で滑りやすい山道を登っている。紅葉した山道を歩くのは楽しいものだ。
風に舞い上がった枯葉が顔に当たる。片手で払いのけ拓けた山道を見渡す。合掌造りの家屋が立ち並ぶ集落と踏み固められた道がある。クペ・エクペレという名称らしい。なんでも今いる場所は山岳への自然信仰の対象らしく、参拝者や観光客に向けた商業施設が集落に発展したらしい。
木の葉の舞う道を先に行くカイン。その向こう側にどこかでみたことのある背中が見えた。慌ててカインの手を掴み物陰に隠れる。
「いきなりなんだサヤ、はやく宿へ……」
口を塞ぎ、建物の陰から相手を伺う。賢いラッタットと何かを察したカインも大人しくしてくれた。
「あの背中、間違いない。毒の濃霧のラントーザ……ッ!!」
年下の兄弟子であり、かつてやむなくガラス瓶で殴打した男がそこにいた。サヤの話を聞いたカインの顔が驚愕に変わる。
「何故ここにッ!!」
顔を合わせ、再度ラントーザの様子を眺める。どうやら住人と何か言葉を交わしているらしい。ここからでは会話の内容が聞こえないことが悔やまれる。
「どうするカイン?ここでの一泊と食料調達は諦める?」
「食料も心もとない今、ここを通り過ぎるのはまずい。殺してから調達しよう」
思わず天を仰いだ。相変わらず思考が強者のそれであるカインに頼ったのが間違いだった。何故私はいつも判断を間違えるのか。
「敵か味方か判明してからでも遅くはないんじゃないかな?」
「ふむ、それもそうだな。無用な戦闘はなるべく避けたい」
カインが素直で助かった。とにかく一度話してみようということで落ち着き、物陰から移動する。本音を言えばあんなヤベェ奴と二度と関わりたくないが、いつ襲われるか分からないというのも不安である。住民が立ち去ったあたりでラントーザに話しかける。
「どうもこんにちはラントーザさん、こんなところで奇遇ですね」
「やあサヤちゃん。それはこっちの台詞だよ、久し振りじゃないか!!」
会えて嬉しいよ、なんて言って親しげに会話を続けてきた。現地の住人と似た綿製のカッターシャツとうす茶色のズボンを着用し、二の腕で捲って半袖にしている。気弱そうな顔立ちも相まって毒の濃霧、ラントーザとは思えない出で立ちだ。
「ここは俺の故郷でね、冬はここで越すんだ。サヤちゃんは相変わらず逃亡してるのかな?」
ははは、と笑う。なんかいちいち癪に触るんだよなこいつ。他人事のように、いや実際他人事なのだが気遣ってくるのを流す。
「だとしたらやばい時期に来ちゃったね」
ヘラヘラと笑うラントーザ。その言葉にカインが反応する。
「どういう意味だ?」
レイピアを半分ほど抜いているのが恐ろしいね。通行人がこちらを見ていることに気づいていないのかな?
「山頂で何者かが『儀式』を行ったみたいでね。准聖騎士が調査に行ったんだけども帰ってこないんだ」
なに?と言いながらレイピアを抜き放つカインから距離を取る。ラントーザがこちらを見るが顔を逸らす。すまない、この聖騎士は私の手に余るんだ。
「なるほど貴様の仕業だな」
「ハハハ、信用がないなぁ。残念ながら俺じゃないんだな、これが」
おお、よしよしラッタットは今日も愛くるしいな。毛に絡んだ落ち葉で愛しさが演出されてるね。うーん、可愛い。
「まあまあ、落ち着いてよ聖騎士くん。ところでサヤちゃんは何してるの?」
「我が愛しのラッタットちゃんを愛でてます」
正気かコイツ?って顔で見てくる。鼠種のモンスターだけあって害獣的扱いを受けることが多い。こんな世界間違っている、差別反対!!
不愉快なので無視してラッタットを撫で回す。冬に向けてダブルコートが厚くなっているのでボフボフである。
「走鼠…、ねえお二方、宿代代わりにとある依頼を受けてくれないかな?」
抜剣しているカインを前に平然と依頼してくるラントーザ。過去に殺されかけたことを忘れたのかそれとも何か思惑があるのか。
「山頂に向かった准聖騎士を探しに行きたいんだけどどうも妖精熊が近くに住み着いたみたいなんだ」
「それで魔法が使える俺たちに助力を願いたいと。応じると本気で思っているのか?」
凄まれているというのにラントーザは不敵に笑っている。おお、珍しくカインが圧倒されてるな。大抵はあの不機嫌な顔で押し切れるがラントーザの飄々とした態度にペースが乱されてるようだ。
「それに冬はここで越さなきゃ君達死んじゃうよ?春にはよく死体が見つかるんだ。仲間入りしたいなら止めないけどどうするかい?」
カインは盛大な舌打ちをすると剣をしまう。この舌打ちは相手の言い分を認めたやつだな。ここが豪雪地帯だと思い出したのだろう。更に舌打ちする。これは相手の言うことに従いたくないという舌打ちだな。うーん、そろそろカイン語の通訳を務められる気がしてきたぞ。やがて絞り出すような声で分かったと呻いた。そんなに嫌なんだな、他人に従うの。
「じゃあ宿に案内するよ、ついてきて」
勝ち誇ったように笑みを深めたラントーザが背中を向けて歩き出す。その背後に追従しながらカインが歩幅を緩め、接近してきた。
「怪しい動きをしたら即殺すぞ、いいなサヤ?」
ボソリ、とこちらにだけ聞こえる声で話しかけてきた。問いかけているようでいて決定事項の宣告であり、異論を唱えても覆ることはない。現に返事も聞かず歩くスピードを上げた。
躊躇いなく人を殺すことが決意できる。行動を共にして数ヶ月経つが、彼のそういった思考には未だに馴染むことができない。金髪が揺れる背中を見つめる。初めて会った時よりも心を開いてくれているようだが、必要なら確実に彼は私を殺すだろう。
ラッタットの頭を撫でる。私が死んだ時、この子はどうなるかな?寂しがってくれるかな?
「ちゅう?」
「宿についたらご飯あげようね」
言葉が通じているのかも分からないけど足取りが軽くなるラッタットにクスリと笑った。
中世ヨーロッパによく似た中世ナーロッパもどきの中世ナントカッパ