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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
海鳴りの狭間に君の歌声を
42/74

相違

 鳥の囀りが聞こえる。潮風がカタカタと窓を揺らした。

 握りしめていたナイフから手を離す。アメリアの細く、白い首から鮮血が吹き出す。顔にかかった暖かいものが頬を伝う。アメリアは呆然とした表情でサヤを見つめている。切れた唇の間から血がこぼれ出た。サヤの首を絞めていた手は力が抜け、倒れかかる。咳き込みながらもサヤはその肩を掴んで押し上げた。アメリアの体を横に倒す。アメリアは顔から床に崩れ落ちた。首に突き刺さったままのナイフが更に喉奥に侵入する。首から絶えず血が吹き出していた。血溜まりは木目や溝に従って広がっていく。


「ごめんなさい、アメリアさん。ごめんなさい……」


 既に事切れたのだろう。動く様子はない。瞳孔の開ききった眼球がサヤを見つめている。何の意味をなさない謝罪を繰り返し、上体を起こす。血塗れの手が震えている。汗が背中を伝う感触が気持ち悪い。ガチガチとぶつかる歯の音がうるさい。滲む視界が鬱陶しい。

 この手で人を殺したんだ、生きるために躊躇いなく。胴体でも足でも手でもなく、首を狙って刺したんだ。取り返しのつかない事をしてしまった。

 拡散する血溜まりはついにサヤの服を濡らした。その感触に悲鳴をあげる。ぶつかる歯の根の所為でうまく息が吸えず、立ち上がろうと床に手をつくが血で滑って転倒する。


「そうだ、死者蘇生…生き返らせなくちゃ」


 転倒した拍子に頭をぶつけたりことで少し冷静さを取り戻せた。収納袋から紫の巻物を取り出す。カインの傷だって治せたんだ、きっとアメリアさんも助けられる。魔力撹乱の魔法陣の効果は既に切れていたので魔力の操作は問題なく行える。震える手で顔を叩き、死者蘇生の魔法陣に魔力を流す。あの時のように問題なく魔力は流れた。

 アメリアを仰向けに倒す。首に刺さしたナイフは喉を貫通し、皮膚を突き上げている。折れないように慎重に抜き、巻物をアメリアの体の上に置く。


「今度も成功するはず…するはずなんだ……」


 魔法陣は順調に起動した。アメリアの体が跳ねる。空気を取り込んで肉体に電気を流す魔法陣、作動している。損傷した頚動脈が塞がれていく。欠損した部位の修復は完了した。機能不全の部位はない。最後、神の腕に抱かれた魂を呼び寄せる魔法陣が淡い光を放ちながら発動する。


「頼む、生き返ってくれ。息子が待ってるんだぞ……」


 胸の前で両手を組む。一体なにに祈っているのか自分でもわからない。それでも祈らずにはいられなかった。目を閉じるとセシルの顔を思い出す。頼む、私を人殺しにさせないでくれ!

 光が弱まったので目を開けてアメリアの様子を確認する。

 首には傷一つない。成功した!安堵で組んでいた手を緩める。ふと違和感を覚えた。いくら待っても動かないのだ。


「嘘だろ、失敗したのか?」


 血で汚れた胸部は動かない。瞳孔の開ききった目は瞬き一つしない。胸に耳を当てる。響くはずの心拍音が聞こえない。完全に治ったのに、どうして?

 再度巻物に魔力を流す。魔法陣の発動は順調だ。それでもアメリアは呼吸をしない。瞬き一つしない。


「そうだ、心臓マッサージ!!」


 保険の授業で学んだ手順をなぞる。胸骨の中心に手の付け根を置き、垂直に心臓を刺激する。何回やるんだったっけ?


「15!!」


 アメリアの顎を持ち上げ、数回呼吸を口に吹き込む。アメリアの口の上で顔を横にして胸部を観察する。動かない。もう一度心臓を刺激する。呼吸を吹き込む。それでも動かない。肩で息をするまで続けるがそれでもアメリアは呼吸をしない。


「どうして…どうして呼吸しないんだ?問題なく起動したんだ」


 アメリアの肩を揺する。それでもやはり動かない。瞳孔の開ききった暗い瞳がサヤを見てた。

 手遅れだったのか?いや、カインに使った時は死後数時間は立っていた。アメリアの手はまだ暖かい。手遅れではないはずだ。失敗する理由が分からない。何故アメリアは生き返らないんだ?


「無事か、サヤ!!」


 カインの声に驚く。いつの間に帰ってきていたのか。アメリアに気を取られていて扉の開閉音や外の光に気づかなかった。カインの視線がアメリアを捉える。何かを言いかけたように口を開くが片手で覆った。目を逸らし、座り込んだサヤに視線を合わせる。


「何があった?ゆっくりでいいから話せ」

「アメリアさんが、部屋の中、入ってきて…戦いになって、魔法。魔法が使えなくて、それでナイフで…首を……」


 上手く説明したいのにガチガチとなる歯の所為で喋れない。泣いても解決しないのに涙がちっとも止まらない。


「治したのに、治らないの。巻物を使ったから確かに治ってる、のにアメリアさんが呼吸しないんだ!!」


 カインの腕を掴み訴える。カインは静かに話を聞いていた。やがてサヤの肩に手を置き、静かに話し出す。


「落ち着け、サヤ。アメリアの魂は神の腕に抱かれた。全ては神の御意志なんだ。襲ってきたのはアメリアなんだろう?これは正当防衛だ。お前は悪くない」

「違う!違うんだカイン!私が、ナイフで刺したんだ!私のせいなんだ。カイン、私がアメリアさんを殺したんだッ!!」

「とにかく、ここも死霊術師に嗅ぎつけられた。次の隠れ場所に移動するぞ」


 平然とした様子のカイン。その彼が放った台詞をうまく飲み込めなかった。離れる?ここを?アメリアを放置して?

 カインは収納袋を掴み、アメリアの体の上に置いていた巻物を放り込む。その様子を呆然と見つめていたサヤの手首を握り、無理やり立たせた。


「待って、アメリアさんは?セシルくんはどうするの?」


 カインは答えない。無言でサヤの手首を引っ張り外に連れ出す。


「答えてよ、カイン。ねえ、ねえってば!!」


 振り払おうとするが強く握られた手首はグイグイ引っ張られるばかりだ。何も言わないカインが怖い、怖くて怖くて仕方ない。


「嫌、嫌だ!離してっ、離してよ!!」


 暴れてもビクともしない。ついにラッタットの前に投げ出される。両手で顔を庇いながら転倒する。カインはそんなサヤを気にする風でもなく、ラッタットの鞍に荷物を括り付けた。カインは本気でこのまま立ち去る気だ。

 カインがようやくこちらを向いた。


「死体は聖教会が埋葬する。セシルはお前が気にすることではない。分かったら乗れ」


 先ほどのサヤの質問にようやくカインが返答した。声音は機械的であり、視線は冷たい。

 動こうとしないサヤに舌打ちをする。サヤの腹部に腕を回し、担ぎ上げる。悲鳴をあげるサヤを無視し、ラッタットの上に乗せた。降りようとするサヤの後ろに飛び乗り口を押さえる。


「大人しくするか縛られるか、好きな方を選べ。どちらでも俺は構わないぞ」


 カインが低い声で脅すとサヤはついに暴れるのをやめ大人しくなった。震える肩と聞こえてくる嗚咽から意識を逸らすため、ラッタットの手綱を操る。


「この時ばかりは僻地で助かったな、人目がない」


 昼間というのに人通りがない道。スオーン町の外に通じるその道をラッタットが軽やかな足取りで走りだした。

この世は地獄なんだなって

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