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未知を知る

分けただけです

 書物庫と刻印されたプレートがかけられた扉を開け、部屋の中に入る。スコルは左手で宙に軽く円を描き、右手の杖で床を突く。壁にかけられた明かりから鈍い金属音が響き、燻る音とともに室内が明るく照らされる。

 扉のある面を除いた三面の壁、その天井ぎりぎりまで本棚がそびえ立っている。どの本棚にもハードカバーの本が敷き詰められており、その様は図書館を彷彿とさせる。扉のある面には木の枠組みだけで組まれた棚が何段にも設置されている。

 棚の内部には巻物らしきものが置かれており、紐の結び方と巻物の向きが一致していることからスコルの几帳面さが伺える。


「ふむ、では知識のすり合わせからじゃな」


 中央の長テーブルの上に巻物を広げる。

 巻物に描かれた魔法陣が緑色に光ると淡い光を出す。

 どこに向かうでもなく、ふわふわとその場にとどまりながらも周囲を照らす。


「魔法とは奇跡を起こす1つの手法じゃ。古来より呪文、魔法陣、舞踏などによって奇跡を人為的に起こす試みは繰り返されてきた


『彼の地より生命の源を呼び寄せよ』」


 スコルが目をつぶり、呪文を唱える。淡い光から水が迸る。テーブルや巻物を濡らすこともなく、水は1つの水流を形成しながら輪を描く。サヤは水路が形成されていくさまを感嘆の声をあげ、はしゃぎながら見守った。


「このように水を創り出し、宙に浮かせるという奇跡を今、ワシが起こしたワケじゃな。さて、サヤよ。奇跡を起こすのに必要なものはなんじゃと思うかの?」

「はい、スコル先生!魔力だと思います!!」


 サヤは間髪入れずに元気よく回答する。

 スコルは顎髭を撫でながらふぉっふぉっと高らかに笑う。


「全くサヤは賢いのう!そうじゃ、魔力じゃ。魔力はこの世界に遍く満ちておる想いの力。特に生きとし生けるものは強い魔力を持つのじゃよ」

「異世界から来た私にも魔力はあるんでしょうか?」


 スコルは待っていましたと言わんばかりに得意げな顔で腕を組む。


「それを確かめるためのこの巻物じゃ!!なんと便利なことに触れたものの魔力の量を光の強さで測ることができるのじゃ。さあ、サヤよ。この光の玉に触れてみなさい」


 数字では表さないところに異世界を感じ、まるでファンタジー小説のようでワクワクする!!

 きゃー!先生すごーい!と黄色い歓声をあげるサヤ。ウキウキとした顔ではあるが、未知のものに触れることへの不安は拭えるものではない。恐る恐るといった様子で光の玉に手を伸ばす。



 サヤが光の玉に触れた瞬間、光の玉は一度だけ点滅した。スコルは目と口を大きく開き、驚愕を隠すことなく表現する。

 スコルの様子に気づかないサヤは光の玉を訝しげに眺めている。


「あのぅ、これ変化しないんですけど…おわっ!!」


 サヤがスコルに話しかけた時だった。

 光の玉は突然光を失い、その正体を現す。透明の膜に覆われた異形の姿。もぞもぞと内部から膜を押し上げている。漆黒の体色に所々括れた体型は丸まった人の形のように見える。どくん、どくんと一定の間隔で響く音はその場にいる人間の鼓膜を不快感を伴って刺激した。

 なによりもサヤが不気味だと感じたのはそれにはめ込まれた漆黒よりも仄暗い虚空。なんとなくだがサヤはそれにじろじろと観察されているような感覚を覚えた。それと視線が絡まった瞬間に肌が粟立ち、胸に息苦しさを覚える。

 脳裏ではこの場を逃げるべきだと警鐘が鳴り響く。

 生理的な嫌悪感をそれに刺激されたサヤは目に涙を浮かべていた。恐怖と驚きで軋む喉を無理やり動かし、スコルに助けを求めようと口を開く。



 それは現れた時と同じように唐突に消えた。

 まるで、最初からなにもなかったかのように。


「驚かせて悪かったの。もう大丈夫じゃ」


 スコルに抱きしめられ、背中をあやすように優しくトントンと叩かれる。


 それは消えたというのにサヤはいまだに震えていた。記憶の片隅ではそれはサヤを舐め回すように眺めている。サヤは震える声でスコルにそれの正体を尋ねた。


「スコルさん、アレはなんなんですか…?」

「恐らくじゃが、精霊じゃろう。それもかなり力の持った種族だと思われるのう。どうやらオヌシの魔力に惹かれてきたようじゃな。まったくオヌシは本当に規格外じゃ」


 ともかく、とスコルは話を続ける。


「精霊を呼び寄せるほど強い魔力を持っているようじゃの。ちょいとばかりはぷにんぐもあったが概ね予想どうりじゃ!!」


 スコルは杖を掲げ、ポーズをとる。

 サヤは呆れ半分、怒り半分といった表情ではありつつも自分に魔力があると知り安堵した。


 よかった、科学技術がいかにもなさそうな中世ヨーロッパのような世界なので魔法が使えなかったら異世界スタート早々詰むところであった。


「次はワシが作り上げた魔法の叡智をオヌシに授けよう!!」


 スコルはフードを被り、杖を片手に持つ。

 その姿はさながらサヤの知る民間伝承に登場する賢者のようであり、サヤの知的好奇心を大いに誘った。

 サヤはすでに気を持ち直し、ガッツポーズを取りながら立ち上がる。


「では早速基礎の話、と言いたいところじゃがまずは昼飯じゃの!ゆくぞ、サヤ!!」

「え?」


 見事にサヤの期待を裏切りながら老人とは思えぬ足取りで書物庫を飛び出す。虚をつかれたサヤはスコルに先制を取られ、その背中を見送る結果となった。意外とお茶目な人なんだなとスコルの人物像を再評価しながらスコルの後を追いかけた。

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