セシルとアリア
くっついたりくっつかなかったりしてろ
透き通るほどの綺麗な青空、目前には無限に広がる大海原。砂浜を潮風がびゅうびゅうと音を立てて駆け抜ける。鼻は既に潮の匂いに慣れきった。ちゃぷちゃぷと冷たい水を足で蹴り、幼い頃から何度も耳にした唄を歌う。
「丘をみっつ越えるとディーン
草と大地と森の村
恵みと癒しが溢れてる
ところがどっこいここらはスオーン
空と海が混じる町
海の辛さは涙の味さ」
なんでも曾祖父さんが生まれる前からあった曲らしい。漁から帰ってきたお父さんがよくお酒を飲みながら大声で歌っている。
ざぱぁん、と少し離れたところで波が崖にぶつかった。冷たい水と対照的に顔に当たる日光は暖かくてぽかぽかする。
「けども辛さは酒の肴
取った魚を頬張れば
明日も早いさ寝ちまおう!」
思いっきり水を蹴り上げる。パシャン、と何かに水が当たる音がした。
「ねえ、そこで何をしているの?」
鈴を転がしたような声にビックリする。ここは僕しか知らないはず。
「ぼ、僕はここで海を見てたの。君はだあれ?」
ふーん、と興味がなさそうに返答した声の持ち主はヨイショと隣に腰を下ろした。潮になれたはずの鼻が鮮明に海の香りを捉える。
「私、アリア。君の名前、教えて?」
アリア、そんな名前の子は初めて聞いた。他所から来た子だろうか。
「僕はセシル。アリアちゃんはここで何をしてたの?」
アリアは砂を掴み、海に投げる。砂はパシャと波にさらわれた。
「別に。暇だから泳いでたの。そしたら君の声が聞こえたから来たの」
歌声を聞かれていたことに顔が熱くなる。てっきり誰もいないと思っていたから大声で歌っていたのに、まさか人がましてや女の子がいたなんて!町の人に話されたら恥ずかしくて死んでしまう。
「アリアちゃん、お願いだから僕が歌ってたこと、内緒にして!」
アリアの方を向き、半ば叫ぶような形で訴える。
「ふぅ〜ん、内緒にして欲しいんだ。ど〜しよっかなぁ〜」
僕の必至の懇願もアリアは愉快なオモチャを見つけたように笑っている。あぁ、御仕舞いだ。きっと明日ごろには僕の音痴が町中に知れ渡っているだろう。押し寄せる絶望感に鼻が痛み、目頭がカッと熱くなる。
「そうだ、そのウタってやつ!私に教えてくれたら黙っててあげるわ!…てやだ、セシルってば顔が濡れてる。どうしたの?」
「泣いてなんかないやい!」
ズビ、と鼻水を啜り裾で目元を拭う。はやく泣き虫な所を直さないとまた馬鹿にされちゃうや。
「ウタって僕が歌ってたやつのこと?別にいいけど……」
「決まりね!約束よ!私、毎日ここにいるから明日もここに来て!」
アリアは僕の手を取って嬉しそうにブンブンと振る。いきなり握られたので面食らい、アリアのなすがままだ。
「分かった、分かったよ。明日のお昼、ここに来るからアリアちゃんこそ約束守ってよ」
念を押せばアリアは自慢げに勿論よと答える。夕暮れが近いのでそろそろ帰らなきゃいけない。立ち上がって服についた砂を払う。アリアの能天気なバイバーイという声に向かって軽く手を振って町に歩き出した。
女の子と仲良くなってしまった、どうしよう。ドキドキと高鳴る胸を押さえる。可愛い声だったな、明日もまた会えるといいな。お母さんに歌を教えてもらおう。アリアちゃん、喜んでくれるかな?
何回ボーイミーツガールすれば気がすむんだ??
こんな出会い、してぇなぁ。