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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
海鳴りの狭間に君の歌声を
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走鼠

なに?聖騎士様が出発すると確かに言ったのか、コース?

やった!これで近隣の苦情への対応も血まみれのシーツ替えもしなくてすむぞ!!今日はご馳走だ!

 満面の笑みを浮かべた宿屋ディーネ一家に見送られ、ディーン村を出発して一時間。

 騎乗が可能なモンスター、ラッタットに乗って平原を駆るカインの背中にしがみつく。文化系だった生活に加え病み上がりの体ではバランスを取るのが難しく、甚だ遺憾ではあるがカインにしがみつかざるを得なかったのだ。出来ることならばサヤもラッタットを巧みに乗りこなしたかった。

 丘を越えた辺りで速度を緩め、カインが話しかけてきた。


「この辺りの泉で休憩するか。降りれるか、サヤ?」


 へーきへーき、と答えカインの腰に回していた手を緩め、ラッタットの太腿を滑り落ちる。足が地に着き、踏ん張ろうとするも上手くいかず転倒した。辛うじて手をついたサヤをカインがラッタットの上から見下す。


「お前、ほんとに筋力ないな……」


 ひょいと片足をラッタットの背中から持ち上げ、括り付けていた手綱を持って泉に誘導する。ラッタットは髭を震わせ、泉の水をピチャピチャと舌で持ち上げ喉を潤している。

 立ち上がって服に着いた土を払い、ラッタットの背中を撫でる。このモルモットによく似たモンスターはディーン村でレンタルしたものだ。人懐っこい種類らしく、背中を撫でると微かに笑ったように鳴く。名前の由来はタッタタッタと走るから走鼠ラッタット


「おぉよしよし。お前は可愛いなぁ、いい子いい子。賢い、なんてステキなラッタット」


 猫なで声でわしゃわしゃと頭を撫でるとちゅうちゅうと可愛らしく鳴くので愛撫する手は止まらない。愛やつめ、ここか?ここがええんか?

 視線を感じ、ふと見るとカインがおぞましいものを見たような顔でこちらを見ている。なんだよ、と問えば気まずそうに顔を逸らした。


「いや、鼠種を好むなんて変わってるな…。コイツは気性が大人しいからレンタル出来たが大抵は討伐対象だ」


 そういえば捨て値で張り出されてたな。返却の義務がないことと料金でレンタルを決定したがそんな理由があったのか。こちらを見つめる瞳にノックアウトされたので特に問題はない。


「こんな可愛いのに。くすぐったいよう」


 柔らかい髭がちくちくと手にあたる。ペロペロと細い舌で舐めてくるのでさらにわしゃわしゃする。すると目を細めちゅうと一際嬉しそうに鳴く。ぐう、こいつ撫でられ方を知っている。あざとい!そんなところも可愛い!


「ここからは歩きでスオーン町に向かう。昼時には着けるだろう」

「たしか漁業が盛んだっけ?」


 ああ、と振り返ることなく短く返答するカイン。その背中で揺れる金髪を見つめながら収納袋から水筒を取り出して中身を飲む。

 カインに死者蘇生の魔法陣の事は話していない。とりあえず外傷を治癒する魔法陣だと繕っている。正直に話したところでサヤの処刑が早まるだけだ。話しかけてくれるようにはなったが、安心できるような関係ではない。カインは任務だからサヤを守ってくれているが、一度討伐が命令されれば躊躇いなくその刃を振るうだろう。

 シャーロットとの戦いで命を落としたカイン。死者蘇生の魔法陣を行使したが、正直ゾンビになるとサヤは思っていた。聖書に記載されていた通り生きとし生きるもの全てに襲いかかる存在だ。

 スコルピィの話では巻物の死者蘇生における理論は完璧であったが成功はしなかったという。神の理の外にいるサヤが使ったからといっておいそれと生き返るものだろうか。今のところ人間を襲いかかる様子はないので死者蘇生は成功したのだろう。しかし次も成功するとは限らない。なによりカインが知ったのなら処刑コース真っしぐらなのであの魔法陣は封印しておこう。

 視線を感じたのだろう、こちらを振り返った。陽光を反射する金髪に日に透かしたような若葉の瞳。顔はいいんだよな、こいつ。


「そろそろ出発するぞ」


 あーい、と返事して水筒をしまう。カインの背中を追いかけて歩き出せばラッタットが横に来てご機嫌な様子でついてきた。もそもそとそこら辺に自生していた白い花を咀嚼している。歩き食いするとはこやつ、大変に可愛らしいな。


 ディーン村とスオーン町の間は商人や荷物を運ぶモンスターが頻繁に行き交うため、草地は踏み固められて道ができている。ディーン村からスオーン町に向かう道であれば、丘を越える旅に潮の香りが増す。逆の方向に向かえば丘を越える度に草木と大地の風が吹く。

 その過程は多くの民謡の題材にもなっているという。


 夏は終わりかけ、日が暮れるのも早い。この異世界に召喚されてからすでに2ヶ月がたち、季節は秋に差し掛かっていた。

 2ヶ月か、日本の大学ではもうそろそろ後期が始まる頃だ。期末試験を逃した以上、留年コース待ったなしである。無事に日本に帰れたとしてまず両親に報告して、大学に単位の命乞いをして、ケータイ壊れちゃったから思い切って新しい機種に変更しよう。友達にも連絡しなきゃな、きっとすごく心配しただろうから。

 滲む涙を拭う。ラッタットがこちらを見上げてきたので頭を乱暴に撫でる。町に着いたらはやくあの本を解読しよう。きっとそれが日本に帰る一番の近道だから。

大学生必須スキル、単位乞食

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