協力者
新章ですね。
毒の霧に襲われたディーン村。幸いにも死者は出なかったが、数日経った今でも数多くの病人が教会の扉を叩いている。そのディーン村の宿屋ディーネの部屋の一室でサヤはベッドに横たわっていた。体の至る所に魔法陣が描かれた紙を貼り付けている。
「これホントに治るのかなぁ」
喉だけはカインに治してもらったお陰で食事はなんとか出来てるが手足の骨折や裂傷は魔法陣による治癒力活性頼みである。なにやりも精神力を削ってくるのが動けないという状況だ。
「明日には骨がくっつく。そうなれば機能回復のトレーニングを開始するぞ」
やけに張り切って看護してくるカインが恐ろしい。あれから話しかける回数は増えたものの、一方的な宣言がほとんどだ。それと暇だからと部屋の中で筋トレするのはやめてほしい。外でやってくれ。
部屋の扉が叩かれ、来客を知らせた。タオルで汗を拭きながらカインが扉を開ける。
「やあ、元気かなサヤ?」
下がりきった眉と垂れ下がった目尻の見るからに優しげな男がひょっこり顔を出した。頭に巻かれた包帯が痛々しい。想定外の来客にしかめ面を隠すことなく返答する。
「何か用ですか、ラントーザさん」
冷たいなぁ、と笑いながら部屋に入るラントーザ。勝手に椅子をベッドの近くに移動させ、ぺちゃくちゃ村の様子を喋りながら座る。
なんだこいつよく自分を撲殺しかけた相手に話しかけに来れるな。
「今日はさ、可愛い妹弟子にイイコト教えにきたんだよね。どうやってその本を知ったか、知りたくはないかい?」
ラントーザは相変わらずなにを考えているのか読めない笑顔でこちらの出方を伺っている。
「何が目的だ?」
カインがレイピアの切っ先をラントーザの首に向ける。剣を向けられていることに気づいているのかいないのか定かではないが、ラントーザは尚も笑っている。
「俺、死霊術師じゃなかったから信頼されなくってさ。シャーロットが仲介役で情報を流してくれてたんだよね」
シャーロット、確かカインの話だと鉄製の細糸使いの死霊術師だったな。ルージュの引かれた唇を思い出し、鳥肌が立つ。
「そのシャーロットが別の誰かから聞いたってことを言いたいんですね?」
ラントーザの話から推測する。恐らく、その『誰か』が情報を流してきたから自分を殺しても意味がないと言いたいのだろう。このまま逃げても『誰か』に本を持っていると誤解されて襲撃されるのも避けるために私達を移動させ、そっちに意識が向いている間に行方を眩ませるつもりか。
カインがこちらをみた。続きを促せということを言いたいのだろうが、そろそろ会話という手段も覚えてくれ。
「そう、シャーロットは『協力者』って言ってたね」
手持ちの籠からサンドイッチを取り出し頬張る。つくづく抜け目ない、流石はスコルピィが天才と評した人物である。
「具体的にどういう人物かは聞いていませんか?」
少しでも情報を聞き出そうと話を掘り下げてみる。ラントーザは肩を竦ませ戯けた調子で知らないと返した。
「それよりもあの時使った魔法陣、骨折はその弊害ってところかい?」
ラントーザが指差すサヤの手足。魔法陣を貼り付けられた箇所の包帯は血が滲んでいる。そろそろ包帯を変えて貰わなくてはいけないだろうな。
「あの魔法陣、自分で考えたものかい?」
「ええ、超特急で作ったものなのでご覧の有様ですけど」
スコルピィから託された死者蘇生の魔法陣から着想を得て作ったものだ。肉体を無理やり魔法陣で作った電気で操作するという代物だ。流し込む魔力を調整することである程度コントロールできるが、肉体の可動域を無視するというデメリットがある。もう2度と使わない。
「そうか。じゃあ、俺はこれで。君たちの無事を祈ってるよ」
ラントーザは籠を持ち上げ、椅子から立つ。
剣を向けているカインに目もくれず、廊下に通じる扉を通り抜けて後ろ手に閉めた。足音が遠ざかったのを確認し、カインがレイピアを鞘に収めこちらを睨む。
「いやだってしょうがないじゃん。協力者の情報知ってたならこの数日で始末されてると思うし?万一聞き出そうと思ってもアイツの魔法陣、毒の濃霧はまだ解読の手掛かりすら取れてないんだもん。相手に攻撃の意思がなくて助かったね!いやほんとなんであんな魔法陣で発動するんだろうね?」
早口で言い訳を並び立てる。うん、情報を聞き出せなかったのも魔法陣を解読できなかったのも私のせいじゃない。ラントーザが天才だからしょうがないね。
カインはひっくり返った泣き蠍を見るような冷たい目で見下ろし、呆れたように長いため息をつく。
「ヤツの言う通り『協力者』がいるならここに長居するのも危険だな。明日には出発するか」
一方的に話を進め、呪文をつぶやき始める。
「痛かったら手を上げてくれ《歪みし生命の骨格よ、あるべき位置に戻り結合せよ》」
魔力がサヤの体を覆い、聞こえてはいけない音と共に折れていた骨が動き出す。乙女にあるまじき叫び声をあげ、痛みを訴えようと手をあげるサヤ。しかし無情にもカインに押さえつけられる。
「暴れるな、治りが遅くなる!それに他の宿泊客に迷惑だろうがッ!!」
滲む視界でカインの顔を睨む。
こいつだけは絶対に許さないからな。例え世界の全てがこいつを善と認めても私だけが悪と謗ってみせるからな。顔がよくてもカッコよくてもこの恨みは未来永劫忘れないからな!
口にタオルを突っ込まれる。広がる塩味に顔をしかめる。記憶が正しければこのタオルは筋トレ後に汗を拭いていたもののはずだ。
「うごご、ごごがぁ!」
「あと2分の辛抱だ」
なにがあと2分の辛抱だ、だよこの野郎!絶対許さないぞ。ちょっと見直しかけた私の信頼を裏切るなんてなんて酷い聖騎士なんだ!
ばきごきと明らかになってはいけない音が腕から響く。人として大切な何かも折れているような気がするからきっと気のせいだろう。骨折ってこう、安定させて骨がくっつくを待つという治療じゃないんですか?
ひとしきり鈍い音が鳴り続け、鋭い痛みに耐えること計5分。ようやく突き刺すような鋭い痛みが捻るような鈍い痛みに移行した。ぜぇぜぇと肩で息をし、口に捻じ込まれたタオルを吐き出す。
「カイン、お前だけは絶対許さないからな……末代まで呪ってやる。私はやると言ったらやるぜ」
「それは殊勝な心がけだな。それより汗を流してこい」
恨み言を吐くも軽くいなされ、服とバスタオルを投げられる。散乱した服を拾う。麻のシャツに茶色のサルエルパンツ、刺繍のないドロワーズとチューブトップ。こんな服は収納袋に入れてなかったはずだ。顔を上げてカインをみる。
「お前が寝込んでいる間に見繕っておいたものだ」
婦人用下着も買ったんだ、と呟くのは堪えた。言っても互いに幸せになる未来は見えない。世の中には気づかない方がいいことっていっぱいあるという。知らぬが仏、言わぬが花。見繕ったと言ってたし店員に注文したのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
「えっとありがとう。うん、気遣い感謝してます。それじゃシャワってくる」
ベッドから降り、手足を動かす。重いけど痛みはかなりマシになっている。この調子ならシャワーぐらい問題ないだろう。衣類とバスタオルを掴んで浴室に向かった。
病室にきてサンドイッチ食って帰ったラントーザ、お前どんな神経してんだ…??