文鳥
ゴシック調の大理石で構成された天井を見つめる。散りばめられた装飾は天使や聖騎士があしらわれ、聖書になぞらえて絵画が描かれている。天井から吊り下がっているガラスで彩られたシャンデリアは光を反射し、室内を橙色で照らしていた。赤色に染色された毛足の長い絨毯は銀髪の頭を優しく持ち上げている。白い羽に覆われ、赤色の嘴を持った鳥がちゅんちゅんと耳元で鳴いている。
いやまさか討伐するとは。鳥が持ってきた紙の内容を反芻する。
『人形師の討伐に成功』
シャーロットがやられたのか。良い手駒を失くした。あれは目的が一致した仲間であり、頭の回転も速いため重宝していた。唯一の欠点は男に対する執着心か。
まずいな、始末ついでに本を回収する計画が頓挫した。聖騎士の本部に連行させるわけにもいかないがこのまま放置させておくのもまずい。
金髪の存在を思い出し、頭が痛くなる。強大な戦力であるとともにいつ起爆するかわからない時限爆弾でもあるカイン。
まだ怪しまれていないこの状況を上手く利用しつつ疲弊させなければならない。断崖絶壁に渡されたロープを渡るようなスリリングな現状に唇が釣り上がる。
やはりこうでなくてはつまらない。予定された勝利というのも嫌いではないが、一発逆転の勝利に勝る愉悦はない。
起き上がり、無造作に銀髪を縛る。騎士団長の椅子に座った時、扉が控えめにノックされた。
「失礼します、クリス団長。任務の報告に参りました」
黒髪の男、レオンが入室する。傅き、クリスの言葉を待つ。この男、恭順な姿勢は入団前から変わらないな。仏頂面は実に退屈だが、忠誠は聖騎士団では他の追随を許さない。その点においてクリスは全幅の信頼を寄せている。レオンを労うため、クリスは口を開ける。
「ご苦労さま、レオン。あまり気持ちのいい任務じゃなかっただろう。報告してくれるかい?」
「任務ですのでお構いなく。裁判は団長の読み通り進み、死霊術師の処刑は滞りなく実行されました。後日二親等の処分が決定します」
表情を変えず任務の内容を報告する部下の様子を眺める。
うん、死霊術師は間違いなく斬首されている。死霊術師を庇い立てた親は余罪で処刑される手筈だ。手元の資料をめくり、相違がないことを確認する。全幅の信頼を寄せているが疑わない理由にはならない。この狡猾な所が騎士団長まで上り詰めた証とも言えるだろう。
眉間を押さえ、処刑された死霊術師に想いを馳せる。
「処刑した死霊術師、エドワードくんか。4歳で魂が穢れているとは…親は一体何をしていたんだ。これも我々の力が及ばぬばかりに起きた悲劇だ。教義を更に世に知らしめねばならないな」
唇を噛み、握った拳を震わせる。こんな非道い話があってよいのか。否、断じて否!二度とこの悲劇を繰り返さぬためにも一刻も早く死霊術師をこの世から駆逐せねばならない。
「団長の深き御心と慈悲深き想いは彼らに安寧たる死をお導きなさるでしょう。どうか、あまり気に病まれませんよう。業務に触ります」
レオンの気遣いに感謝を述べ、ふとこの部下の近況を思い出す。
「そういえばレオン、結婚生活は順調かい?」
「団長が仲人を務めてくださったお陰で順調です。娘は次の水流の月で5つになります」
娘の事を語るというのにその表情は暗く、喜びの感情は一切ない。大方妻とのすれ違いがまだ解消できていないのだろう。女心に疎いレオンの事だ。任務と言わずに外出するので不貞を疑われているに違いない。
「レオン、そろそろあの話を考えてくれたか?お前もいい歳だ。娘の為にもこんな危険な仕事を続ける必要はない」
昔気まぐれに救われた恩を返すためだけに20年も自身に捧げてきたこの男に少なからず愛着はある。部下に報いるのも上司の務めだろう。
「後継の育成ですか。ですが私は人を導ける立場では……」
自分への自信のなさもまたいじらしい。剣術や魔法への知識はカインに劣るものの豊富な経験や社会情勢における知識は聖騎士団でも有数である。仕事でも私情を挟まず、広い視野で物事を判断する冷静な所は幾度も窮地を脱するきっかけを見出してくれた。新人の育成者不足が相談される今、是非ともこの男に教育者となってほしい。
「新人虐めやら派閥争いに興味のない君に是非とも受けてほしいんだ。君以外に適任者はいない。今よりも待遇を良くするし、なんなら一等地に家を……」
「いえ、いえ。団長がそこまで言うのならその話を受けましょう。報酬は当初のままで充分です」
少し狼狽えながらも話を了承し、好待遇の話を断る。つくづく欲のない男だ。
「そうか、引き受けてくれて感謝する。後日宿舎に顔を出すといい。話は通しておこう。任務で疲れただろうから今日の所は帰るといいだろう」
礼儀正しく退室する部下を見送り、足音が遠ざかったのを確認する。机の上に突っぷして鳥を撫でた。チチチ、と指にじゃれつく鳥を愛でながら紙にさらさらと指令を書き出す。『引き続き任務を続行せよ』と書き、紙を裏返す。裏に魔法陣を描き、引き出しから取り出した皮の小袋を上に置く。魔法陣に魔力を込め、起動させると小袋は光の粒子となって紙に吸い込まれる。異空間収納魔法陣、我ながら便利な魔法陣を作ったものだ。
鳥の足に付けられた筒に紙を丸め、蓋をする。
「カインのところへ。場所はわかるね?」
鳥は机から飛び降り、常に開け放たれた窓から外界へと飛び立つ。大空に吸い込まれ、白い雲に紛れるのを見送った。
更に追加の紙を取り出し、さらさらと書き込む。
この際だ、面倒で反抗的な死霊術師をカインにけしかけるとしよう。例え本を奪われても解読できないだろう。仮に解読できたなら交渉すればいいだけだ。うん、我ながらいいアイデア。
「《彼のものへと伝えよ、これは我が言伝。寸分の狂いなく空間を跳躍せよ》」
机の上に置いた紙が闇へと消え、数分後に紙が出現する。了解と短く書かれた紙に唇が弧を描く。
「さて、久しぶりに王都の散歩でもするかな」
豪勢な椅子の上で伸びをし、関節を鳴らす。座り作業は体が鈍ってしょうがない。今日は足を伸ばして繁華街にでもいくか、と澄み渡る青空に思いを馳せた。
4歳の男の子の死を悼み、部下に配慮するなんてなんて慈悲深い人なんだ…