生と死の狭間で
天も地もない暗闇。聖騎士の男以外に存在はない。
自分の手すら見えないほどの深い闇。ここが死後の世界、神の腕の中というのか。これはずいぶんと居心地がいい、すぐにでも現世に帰りたい気分だ。
足に感触があるので、見えないだけで地面はあるのだろう。手を伸ばすが虚しく空を切るだけなのでやめた。傍目から見たらとんだ馬鹿である。
いや、死後も傍目を気にする方がおかしいか。なにせ、周囲を見渡しても光源一つない世界だ。
人形師に手も足も出ず殺された出来事を思い出す。そういえばあの馬鹿はどうしたのだろうか。弱いやつだからな、すぐに逃げ出しただろう。今頃は逃げだせてしめしめと洞窟の中で笑っていそうだ。顔をしかめる。なんで死んだ後も嫌いな奴のことを考えねばならぬのか。ムカムカした気持ちをすっかり板についた舌打ちで発散させる。特になにも起きないが、気持ちはスカッとした。
もしやずっとこのままなのか?
不安になり、つい腰のレイピアの柄に手を伸ばす。感触があった。顔に手を伸ばす、ぬるりとしたものがこびりついた。微かに鉄の匂いがする。
「目を覚ましなさい。貴方にはやらねばならぬことがあるでしょう」
背後から声をかけられ、肩が跳ねた。まさか他に人がいたのに気づかなかったとは!振り返り、姿を確認する。
「こ、これは失礼!先客がいる、とは……」
目を見開く。昔、幼い頃に見た肖像画と瓜二つの姿を持つ女性がそこにいた。黒い長髪、アーモンド型の目、聖騎士の肩よりも低い身長。
「どうか、覚えていて。私は貴方のそばでいつも見守っているわ」
振り返り、歩き出す。走って手をつかもうとするも虚しく空を切る。
「まってくれ、貴方はまさか」
突然のホワイトアウト。姿が捉えられなくなるその一瞬前、微かにその女性は笑った。
目を覚ました。
雨が降っている。鮮血の雨が降るとは天変地異か。首を触る。傷一つ、頭一つすらない健康的な体だ。
ふと視線を横に向けると見知った背中が鋼鉄製の糸で首を吊られていた。
「《火球》」
手早く糸を炎で溶かし、レイピアで切断する。崩れ落ちる体を受け止めた。
「《癒せ》」
考えるより先に動く。最も程度が酷い首を治す。辛うじて出血を留めた程度だがこのまま放置すれば間違いなく死ぬだろう。掌は糸を握ったのか、ズタズタに裂けている。体は血に塗れ、魔力はすでに危険な域にまで欠乏している。このまま放置すれば死ぬだろう。
特になにも思わない。こいつが勝手にしたことだ。
地面に横たえさせる。ケープを脱ぎ、魔力を流して上からかける。刺繍された魔法陣ならゆっくりとだが、傷を癒す効果がある。
シャーロットに向き直り、深呼吸を一つ。
剣を軽く振り、左右に軽く反復横跳びをする。調子はこの上なくいい。
「ハァ、ハァ…手こずらせてくれるわね。なかなか厄介な魔法だったわ。でも、ついに見つけたわ!」
シャーロットは肩で息をしながら、サヤを指差す。その笑みはどう猛な獲物を連想させた。
「その子が、外法の死霊術師!異界からの旅人!我々の、悲願!完全なる死者蘇生の体現者なのね!!」
何か喚いているが理解できないので無視する。己のするべきことはたった一つ、目の前の死霊術師を殺すことのみ。
剣を構え、質問する。
「問おう、人形師。この剣に見覚えはあるか?」
シャーロットは不敵に笑う。視線はカインに向くことはなく、地面に横たわるサヤに注がれている。
「あぁ、こんなところでお目にかかれるなんて!きっと次の人生では手に入れてみせるわ!」
イカレたか。
そう判断し、回転をかけて剣を横薙ぎに振るう。レイピアでは絶対に行わない動作を実行し、刻まれた魔法陣を起動する。
目前に迫った剣を見てシャーロットが意識をこちらに向けた。
「ちょっと嫌だ、そのレイピアはー」
全てを言い終わらせず首を刎ねる。一切の呵責も良心もなく淡々と。そして確信する。この人物が探し求めていた人物であったと。
血を飛ばすため剣を振るい、鞘に収める。
転がる首と死体に対して既に興味はない。
思っていたより特に晴れやかになるという気持ちはないな、というのが復讐を果たしたカインの感想である。それよりもやらなければならないことがある。
サヤの横に膝をつき、血と汗で額に張り付いた髪を払う。魔力を少し流し、意識が戻るのを確認する。
「せ、いきし」
掠れた声で自分を呼ぶ。
「カイン」
焦点が定まらない瞳がゆっくりとカインの顔を見る。
「カインだ。俺の名はカイン・ハルディー。これからはカインと呼べ。よくやったな、サヤ」
ラスボス戦終わりましたね。いやぁ手強い。
これはもはやエンディングなのでは?
というよりも起こして自己紹介するカイン正気か?お前正気か?