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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
生と死の狭間で
30/74

納得できないなら

 体を引きずり、住宅街の塀を伝って歩く。収納袋は重く、気を抜いたら倒れてしまいそうだ。魔法陣で無理やり動かした体がどこもかしこもズキズキ痛む。月はだいぶ傾き、最後の月が斜めに光を差し込んでる。

 くそっ、『なにが必ず追いつく』だよ。全然声も姿も見せないじゃないか!どうせ油断して手こずってるんだろ。もしくは追跡の魔法陣をうっかり千切ったか。手間がかかる聖騎士だっ!

 息を大きく吸い込む。新鮮な夜の空気を肺に取り込めば少し息苦しさが改善してきた。重い足取りで一歩一歩進む。

 なんだってこんな目に合わなくっちゃいけないんだ。靄がかかりそうな頭を振ってクリアにする。落ち着いたらあの堅物聖騎士に文句を言ってやろう、殴る権利だってあるはずだ。


「ここ、を曲がれば、商業施設…ゲホッゴホ」


 喋ると喉が焼けるように熱い。毒の影響がまだ残っているのか。文句は言えそうにない。

 曲がるのにも倍以上の時間を使い、壁にもたれかかって道の先を睨む。誰かいる。見慣れた金髪だ。良かった、聖騎士のくそったれか。

 少し、ほんの少しだけ足が速く動く。


 あいつ、あんな赤い服持ってたっけ?

 なんであいつ、地面に寝てるんだ?


「お、い…、なにしてん、だよアンタ」


 喉の痛みも忘れて、もつれた足を動かして近寄る。血だまりの中で腕を組み、目を閉じている。寝てるのに眉間にシワが寄ってるな、こいつ。


「おきろ…おきろってば……」


 叩いた頰はゾッとするほど冷たい。嫌、嘘だ。いつも仰け反ってるのかと思うほど張られた胸が上下していない。嘘だ、嘘だ。目を開けない。そんなこと、あるわけない。

 喉は横一直線に裂け、半分ほどまで切れている。相当な出血量だ。唇の端から血液が流れている。目元には涙の跡がある。どんなに苦しかっただろう、辛かっただろう。

 確かに死ねばいいと思ったがこんな形じゃない。こんな死に方をすればいいなんて願ってない。


「悲しいことにその御仁は神の腕に抱かれましたわ、お嬢さん。ところで一つ質問よろしいかしら?」


 顔を上げる。真っ赤なドレスを着た赤いルージュのシャーロットが退屈そうにこちらを見ていた。いつの間にいた?


「見聞録という本を存じ上げません?私、それがとても必要でして」


 青漆の本を思い出す。なにが見聞録だ。こんな本のためにコイツが死んだのか。


「よければお譲り頂けません?」


 なんでこの外道シャーロットはヘラヘラ笑ってるんだ?


「知らないね、そんな本……」


 私が本をコイツに見せなければ、いや流されてスコルピィから受け取らなかったら死ななかったのか?私があの時命乞いしたせいでコイツが死んだのか?


「あら残念、ならお嬢さんを殺してからその御仁を連れ帰るわ」


 とっても好みなの、と嗤いながらいうシャーロット。聖騎士の骸を乗り越えて、立ちはだかる。

 震える手を握りしめる。躊躇うな、一人殺すのも二人殺すのも一緒なんだ!コイツだ、コイツの所為なんだ!!


「《魔力よ、》」


 呪文を唱え終わるのを待つほど敵も優しくない。首に糸が絡まる。糸同士が擦れ、ギリギリと音がなる。

 シャーロットはあくびをしながら手を下に下ろす。引っ張られた糸にサヤの全体重がかかった。糸との摩擦で首の皮膚が千切れる。踠いて糸を掴むサヤの掌や指先もブツリブツリと赤い線が引かれていく。


「あぁ、そういう熱い友情とか恋愛とかは遠慮するわ。優雅じゃないもの」


 片方の手で糸を弾く。ビィンと鈍い振動音を立てて商店街に響いた。


「この糸、材料にこだわった特別製なんです。丈夫で強くておまけに細い。一本で人を切れますし、二本で自由を奪えますの。束ねれば束ねるほど切れにくく、確実に拘束できる優れものですわ。ふふ、いい買い物をしたと思いません?」


 まるで商品を解説するような口ぶりで喋るシャーロット。既に自分の勝利を確信しているため、後は獲物サヤが生き絶えるのを待つだけ。特に恨みがあるわけではないが、ここで逃せば後の禍根になる。芽が出る前に引っこ抜くのだ。

 サヤは脱出を試みた。虚しい結果に終わったけれども。

 悪戯に糸に触れれば皮膚はいともたやすく千切れ、かといって全体重をかければ首は胴体とさようならである。糸を握るにせよ、体重を任せるにせよ時間は長くない。糸を握ればその分首に食い込み、食い込んだ分だけ体重がかかった時に糸が進む。

 魔法陣は既に使い切り、半分ほどしか魔力は残っていない。急所の首は糸に締め上げられ、呪文は唱えられない。

 完全にサヤの落ち度だ。敵はもういないと、聖騎士が倒したものだと信じて疑わず、油断しきっていた。撤退せずにその場の感情に任せて動いた結果がこのザマだ。


 いよいよ出血量増し、血液はしとどに胸へと流れ落ちた。血の滝はそろそろ腰まで到達せんとするところである。もって30秒、確実にサヤの寿命は風前の灯である。打つ手のない状況、サヤは目を閉じて死を受け入れつつも糸から手を離せなかった。目の端から生理的な涙が溢れる。


『泣くのをやめなさい、泣いてもなにも解決しないわ』


 いつの記憶だ?何回聞いてもムカつくセリフだ。こっちは泣きたくて泣いてるんじゃない。


『泣いて解決するなら泣けばいい。でもね、もしどうしても納得できないならー』


 死の間際に喧嘩別れした母さんのことを思い出すなんて皮肉が効いてやがる。ええい、くそったれ!

 糸を強く握り、全体重を手で支える。激痛と千切れる痛みが手を襲う。痛い分、強く握る!ここが堪えどきだ!

 収納袋に特定の魔力を流す。取り出すのは複合魔法陣が描かれた巻物、死者蘇生の魔法陣。魔力をさらに流し込み起動の準備を整える。ここまでで魔力はのこり5分の1だ。もう魔法陣一つ起動できやしないだろう。


「なんだかとっても楽しそう、私も混ぜてほしいわねっ!!」


 ガッデム、勘付かれた!

 シャーロットが糸を上下に一度激しく揺らす。連動して揺さぶられ、痛みのあまり体が暴れる。幸か不幸か、寿命の3分の2と引き換えに巻物を鞄から出すことに成功し、聖騎士の近くに投げる。あと10秒。


「そのずいぶん古臭い巻物が一転攻勢のチャンスってところかしら?」


 ご名答、勘が鋭くて嫌になるね。

 今まで成功したことがないとスコルピィがいっていた。理論上完成した死者蘇生の魔法陣。今回が成功するとも限らない。けれど今回も失敗するとは限らない。一切余裕がないが掌に魔力を集める。


「糸はその程度の魔力じゃ切れないわよ、呪文も紡げないでしょうに。無駄な足掻きが得意なのね。見直したわ」


 悪いがこの手は私の命のためじゃない、アンタへのとっておきの嫌がらせのためだ。

 心の中で思い浮かべる。奇跡の全貌を。


 《風よ。旋風よ。集い、束ね、刃となれ》


 掌から魔力で形成した風を発射する。掌の傷を更に悪化させながら竜巻がサヤの血を上空に拡散する。一度見ただけの魔法。それを無詠唱で再現するなんて愚行を犯すのは後にも先にもサヤだけだろう。

 自身の制御を離れた魔法はサヤの体の魔力を強奪する。不足した量は命で補いながら奇跡を人為的に起こした。竜巻がサヤの周囲に出現し、シャーロットの方に向かう。


「無詠唱を使うなんてなんのつもり?諦めてはやく楽になりなさいな」


 薄れ行く意識で思い出す。眉をひそめた金髪の姿を。名前、結局教えてくれなかったな。


 今度こそ目を閉じる。サヤの意識はそこで闇に呑まれた。

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