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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
生と死の狭間で
29/74

消えゆく意識で

 確かに握っていた本の感触を思い出しながら来た道を戻る。大方、返還の魔法陣のアレンジだろう。仕組みはおおよその検討はついている。登録した魔力から離れると発動するとみた。寒気のする腕を摩り、少し駆け足になる。そろそろ時間的にもまずい。短時間で終わると思って予備を持ってきていないんだ。

 角を曲がり、住宅地の裏道へ。行き止まりの方を見る。まだいた。地面で蹲った体勢のまま動かない。腕の隙間から青漆の表紙が覗いている。


「うーん、魔法陣を見逃すとか俺ってばまずまずやばいかんじかな?かな?」


 蹴り飛ばす時間も惜しんで屈んで本に手を伸ばす。服を掴まれる感覚と背中への衝撃。


「あ、れ?」


 地面が回転した。消えかかった星を背にサヤが馬乗りになっている。一つは建物の陰に隠れてもう一つか傾いて真上にお月様。最後は地平に消えちゃった。


「なんで、動けてるかな?おかし、いな?」


 瞬きすら忘れてサヤの顔を見つめる。影になって顔が見えない。全然可愛くない、母さんにサッパリ似てないじゃないか。そんなことを言ったのは誰だ?

 それに服の裾に書かれた魔法陣も変だ。なんだこの術式、めちゃくちゃだ。肺を止めていた魔法陣に似ているけど違う。これは体を無理やり動かす効果だ。魔力でバネを引っ張るみたいに無理やりだ。初めて見た術式だこれ。


「…………」


 なんで、何も言わないんだ?その片手に持っているのはなんなんだ?

風をきって振り下ろされる。鈍い音の後にゆっくりくる鋭い鈍痛。頭がガンガンと揺れる。

 殴られたのか、手に持った酒瓶で。酒瓶で殴ったんだ、お父さんみたいに。

 お父さん?


「……ん…さ……」


 喉がひきつる。おかしいな、さっきは普通に喋れたのに。下にいるべきは俺じゃなくてお前のはずなのに。

 再度振り上がる手に握られる緑色のガラスに見とれる。チカチカ光ってお星様みたい鈍い音に混じって鋭い音。2度目の鈍痛は鋭い熱さを伴ってじわじわ広がる。

 熱にやられたのか、視界は滲んで、揺れて、


 赤くて、


 紅くて


「ごめ…な…さい……」


 視界で消えたはずの星がくるくる踊ってる。





『あなたがいるからお父さんと一緒にいるのよ』


 やめて、そんな目で見ないで。


『僕が悪いです!ごめんなさい、もう2度としません!だからぶたないでッ!ごめんなさい!ごめんなさい!!』


 喉が裂けるぐらい叫んでもやめてもらえなくって


『お前のせいだ!この屑がッ!とっととしねッ、今すく死ね!誰の金で生きていけると思ってんだッ、言ってみろ!!』


 お酒飲まなければいい人だったのにって母さんが言ってたんだ。言ってもやめないなら躾けないと。


『もうやめて、ラントーザ!お父さんが死んじゃう……』


 いつも見ているだけの癖に、なんで止めるの?なんでそいつを庇うの?なんでいつも僕じゃなくてお父さんなの?僕は生まれて来なければよかったの?だったらなんで産んだの?


 ずっと要らないのは僕だったの?


 首を絞めた。母の首は細くて、皮と骨しかないんじゃないかってぐらい細くて。パクパク口を動かしてる。母から引き剥がされ床に突き飛ばされる。


『な、何をしてるんだお前!離れろ、おい。目を覚ませ、覚ませったら!!』


 背中を向けたお父さんの頭に茶色のキラキラを投げる。ぱりーん、ばらばら、がしゃん。スリッパで踏むとじゃりじゃりする。ギザギザがかっこいいので手に取ってみる。軽くて持ちやすい。


『う…っ、何をするんだラントーザ。ヒッ、来るな!来るんじゃない!!』





 どうして俺は殴られてるんだっけ?確か、たしかー


『貴方生き返らせたい人がいるのね。私の手助けしてくれないかしら?』


 シャーロット、あいつだ。あいつのせいで


『最近隈がひどいわ。良かったらこれ、飲んでみて』


 体の末端が震えている。薬が切れたな。畜生、畜生。頭から流れる血が目に入る。こんなことなら予備を持ってくるんだった。くそったれ、何がすぐ片付くだ。コケにしやがって。

 薬の切れた体はラントーザの意思に従わずブルブルと震えるだけ。


このままじゃ死ぬ。確実に殺される。


 人を殺したんだ、俺は悪いやつなんだ。

 死にたくない、死にたくない。

 死んだら地獄に行くんだろ?

 きっと、死んだら父さんと同じところにいって叩かれてしまう、母さんが泣いてしまう。嫌だ、会いたくない。死にたくない。会いたくない。死にたくない。


「……あ、い…た……、……っ……」

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