消化試合
こんなんだからそっ閉じされるんだよなぁ
ラントーザは愉悦に顔を緩める。圧倒的強者が実は自分よりも弱い立場に転落する様を見るのがなによりも好きだ。特にそれが女というなら尚更心が高まる。
屋根から落ち、地面に這いつくばる女を見る。確か、サヤという名前だったか。スコルピィの日記から記憶を探り出す。どういう経緯で知り合ったのかは記載されていなかったが、扱える魔法陣は几帳面に書いてあった。
「さて、消化試合といこうか」
焦ったような表情でこちらを見上げるサヤに背筋がゾクゾクとするような快感が脳髄まで駆け上がる。前頭部から血が流れているというのに瞳は一切揺るがず、未だ心は屈していない。胸部の痙攣が想定していたより弱いな。この女、毒を吸収しないように手元の魔法陣で肺を制御しているな。それに下層にはまだ毒の濃霧が溜まっていないことにも気づいたようだ。思ったよりやるな、とほくそ笑む。
「逃げたいなら逃げてもいいよ、サヤ。俺が欲しいのはとある本なんだ。君が逃げるなら絶対に後追いしないと約束しよう」
敢えてサヤの抵抗に気づかないふりをする。勿論、逃がすつもりは毛頭ない。こんなにも楽しい玩具を手放す方がどうかしているだろう。それに、と捕まっていた時の様子を思い出す。
本人は憐憫の感情をうまく隠したつもりだろうがそんなのはとっくに見抜いている。魔法陣で拘束された時からサヤの本性を見抜いていたのだ。
この女は馬鹿なお人好しだ。そしてそんな人間が自分に泣いて許しを請うまで痛めつけるのがとても、とっても楽しい。
ラントーザの宣言にヨロヨロと立ち上がるサヤを見て呪縛の一言を放つ。
「まあ、でもこの村の人間はみぃんな死ぬだろうね。でも我が身に勝る可愛い物はないだろう?臆することはないよ、サヤ。これは仕方ないことなんだ」
ギリ、とサヤが歯を噛む。あぁ、なんて馬鹿な娘だろう。
こんなあからさまな挑発に心を揺さぶられるなんて、きっとこんな俺なんかとは違って素晴らしい環境で育ったのだろう!そんな子をいたぶるなんてなんて可哀想で素敵な事なんだ!!
「さあ、こうするうちにもどんどん村人は弱っていくよ。どうする、サヤ?」
再度紙を投げつけてきた。ひょいと避ける。不意打ちならともかく正面から投げても大人しくぶつかってやる程俺はお人好しじゃない。起動した魔法陣を見守る。蔓が伸び、指定した物以外を搦めとる術式。
「これは俺が考案した魔法陣だよ、サヤ」
魔法陣の一点に魔力を一気に流し込み、術式を破壊する。無効化された魔法陣は魔力を霧散させた。
「ほらほら、早く俺を倒さないと死んでっちゃうぞ。そろそろ赤子ぐらいなら死んでるんじゃないかなぁ?」
おや、建物の影に隠れてしまった。恐らく死角から魔法をぶつけるつもりだろう。でもここは低度。風もなく、毒の霧達は俺の意思の通りに動く。ゆったりとした動きだが、上からも下からも着実にサヤを追い込む。そろそろ涙が出てくる頃かな。どんな顔で泣くのかな。静かに涙を流すのか、それとも体液を振りまきながら懇願するか。うん、懇願してきたらペットにしてあげよう。
「あ〜ぁ、もう逃げ道がないよサヤ。魔力も残り少ないじゃないか。はやくどうにかしないと死んじゃうぞ?」
壁を背にし、こちらに振り向いた表情を見て肌が粟立つ。潤んでいるはずの瞳は釣り上がり、こちらを睨みつけている。
面白くない、本当に面白くない!
「生かしてやろうと思ったが、もういいッ!とっとと死ね!!」
空気に魔力を流し、空中に描いた不可視の魔法陣を起動する。紫と透明な毒霧は混ざり合い、化学反応を起こした。より強力に、無色透明に、それでいて無味無臭の霧。小指ほどの量が肺に入れば間違いなく動けなくなる毒物が生成される。
「が、ハッ…う」
全身を強く痙攣させながら地面をのたうちまわる。その姿を見て胸のつっかえが解消されていくのを感じた。そうそう、これがあるべき構図なんだ。髪を掴み、持ち上げる。
「さっきは死ねなんて言ってごめんなぁ、苦しいだろ?この毒は一度吸ったら十分は痙攣で動けなくなるし、意識も混濁するんだ。そのまま吸い続けるとね、その後五分で窒息死。本当に非人道的だよね、まったくこんなもの作り出すなんて正気じゃないよ」
口の端から泡を吹いているので、そっと指で拭う。可哀想に、こんな辛い思いをするなんて俺が守ってやらなくっちゃな。
地面に顔を叩きつけ、腹を蹴る。
「テメェのせいで手が汚れたじゃねぇかどうしてくれるんだ?このクソ女がよぉ、どこまで母さんにそっくりになれば気がすむんだッ!」
躾がなってねぇ、これだからダメなんだと罵ればいいようのない爽快感に心が満たされる。蹴った時に違和感を覚えたので服の中を弄り、青漆の本を引っ張り出す。
「ここに隠してたのか、手間かけさせやがって……」
腹いせを兼ねて背中を蹴る。呻き声を上げているが蹲るだけの姿を愛しいと思う。ああ、肘をぶつけて擦れてるじゃないか。後で手当てをしてあげよう。とりあえず、本の確認から先だな。
「うーん、どこをみても白紙。これはシャーロットに渡すしかないか」
サヤに背中を向け、シャーロットに合流するため歩き出す。
「好みの死体だと面倒なんだよな、蝋人形作り手伝わされるし。何が悲しくて野郎の全裸なんか見なきゃいけないんだ。いつか絶対殺してやるからな、うん。母さんが生き返ればなんでも丸く収まる。母さんがいないから全部ダメなんだよ今の世の中。政治も外交も母さんの言う通りにやってれば上手くいくのになんで無視するのかなあ?」
建物の角を曲がり、商業施設の並ぶところに向かう。本を持っていた手に風が通った。慌ててその手を見る。何も持っていない。
「消えた…?」
お母さんのことが大好きなラントーザくん。マザコンゆえになかなか出会いに恵まれないとのことで今回結婚相談所に登録されたそうです。結婚相談所よりも前に巣立ちしろ
一向に来てくれない聖騎士くん。きっと敵とすごい駆け引きをしているに違いない!死ぬ数分前だけど、私精一杯足掻くよ!
次回、サヤ死す
まって、死ぬんですか私?ちょっと事務所通してください。オッケー出てる?聞いてませんよ!?