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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
生と死の狭間で
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人形師シャーロット

 三つの月灯りと満点の星があったとしても闇の如く暗いディーン村を駆け抜ける足音が二つ。魔法で発生させた光源を消し、サヤは手元の魔法陣で収納袋の位置を確認する。丸は円の中心で点滅し、かなり近いことを知らせている。


「かなり近いみたい。視認できてもおかしくないはずなんだけど……」


 小声で囁くサヤの言葉に立ち止まり、耳を澄ませる。風の音以外になく、人気のない商業施設が立ち並ぶここは影ひとつない。サヤを睨むと口を閉じた。馬鹿だがバカじゃなくて助かった、とも思いながらレイピアを静かに抜刀する。

 魔法陣が正常に機能していればこの辺りのはずだ。再度襲撃される憂いを断つため、今ここで始末しておきたい。サヤに待機するようハンドサインを出し、建物の角から顔を出す。

 相変わらず人は居ない。しかし、建物の影に人影を見つける。目に魔力を流し、その正体を察知した。胸の中央、水晶のような魂の裏から滲み出る黒い煙。死霊術師とはやっかいだな。


「アラアラ、これは美しい御仁。良ければ私と一曲踊りません?」


 月を背にドレスの裾が風にはためく。どこからともなく風の隙間からクラシックが流れ始めた。たしか貴族で流行っている舞踏会のメジャー曲だったか。

 セミロングの髪が風に舞い、その人物は建物から跳躍する。宙で一回転し、優雅に着地。ハイヒールを着用しているにもかかわらず着地に成功しているならなにかの魔法か?


「自己紹介が遅れましたわ、私はシャーロット。人形師パペッター、と言えばお分かりいただけたかしら?」


 赤いドレスの裾を掴み、赤いルージュが引かれた唇が弧を描く。キツく引かれたアイラインと吊り上がった目は抜け目なく戦力を分析しているだろう。聖教会で聞いていた特徴と大分様変わりしているが、討伐リストに入っている死霊術師に間違いない。


「動いたッ、村の中心へ向かってるよ!」


 舌打ちをする。足止めしている間に逃げる気か。いや、逃げに徹して迎え撃たないということは戦えないということか。


「おい貴様、先に行け」


 背後にいるサヤに告げる。

 魔法に対して知識があるなら余程下手を撃たない限りは追跡できるはずだ。逃げに徹しているならサヤでも勝機はある。問題は時間を稼がれている間に収納袋の魔法陣を解読され、中身を持ち出されるかサヤの追跡魔法陣の範囲外に逃亡されることだ。そうなれば手がかりはなくなり、襲撃に怯えることになる。


「一人で戦うなんて無茶」

「俺を誰だと思っている?安心しろ、すぐ片付けて追いかける」


 渋るサヤの言葉を遮り、振り向かずに告げる。わかった、と答えサヤが走り出す。


「《隆起せよ、大地の牙アースバイト!》ごめんあそばせ、逃がしませんわッ!!」


 サヤを逃すまいと地面から岩が突出し、行く手を遮る。サヤは慌てず、呪文を唱える。


「《魔力よ、我が身に集い強化せよ!》」


 魔力で脚を強化し、壁を蹴って岩を飛び越えるサヤ。尚も妨害しようと呪文を唱えるために口を開けたシャーロットの無防備な喉笛を狙って突きを繰り出す。


「首を狙っちゃ嫌ぁよ、聖騎士さん。それより、一曲踊っていただけるようで何よりだわ」


 クルリ、とダンスのターンを繰り出すように寸前で回避され背後に回られる。軸足でない左を引き、距離を取る。


「生憎だが、見ず知らずの男と踊る趣味はない」


 シャーロットはクスクスと笑い、手に持った扇を顔の前に広げる。


「釣れないお方、連れの女性へ義理立てかしら?《踊れ、我が人形》」


 シャーロットは勝手な推測を述べつつ、ドレスの裾を一際高く持ち上げる。露わになった筋肉質な足から目を背けたい所だが、戦闘中のためそれは許されない。

 ドレスの影から掌よりも小さい人形が走り出す。


「《火球ファイアーボール》!」


 火球は人形を余すことなく捉え、即座に消し炭へと変えていく。シャーロットが一歩退く様子を見て好機と確信する。

 右足を大きく踏み出し、喉元ではなく胸の中央へ突きを繰り出す。

 喉は魔法使いにとって急所であり、呪文を使えなくなることは戦場において死を意味する。何故この時喉ではなく胸の中央を狙ったのか。戦闘経験から心臓を破裂させた方が喉を狙うよりもリスクが少ないと学習していた。心臓の破裂は激痛を引き起こし、肺を痙攣させるため魔法陣や呪文による反撃が少ないのである。仮に心臓を外れたとしても血管を傷つけることで相手に精神的ないし肉体的ダメージを負わせることが可能だ。

 レイピアの切っ先が服を貫き、胸の表面を浅く突き破ったところで動きが止まる。


「あと少しでときめくところでしたわ、危ない危ない」


 シャーロットは扇を閉じ、一歩下がる。

 口内が血で溢れ、唇の端から溢れ出る。首の皮膚を切り裂き、肉が割れ、血が迸る。勢いが弱まり、首から赤い線を宙に描きながら地面へと滴り落ちた。

 月光に反射し、細い線が視界の端で姿を現わす。体中を拘束され、足や手に張り巡らせた糸は骨まで達しているだろう。してやられた、人形と術者を陽動に糸を張り巡らせていたのか!!

 呪文を唱えようと口を動かすが声は出ず、視界が暗くなっていく。


「安心して、お連れの女性はきっと今頃毒でくたばってるわ」


 シャーロットの声が遠ざかっていく。


 くそッ!

 こんなところでくたばるのか俺は!ましてや死霊術師に殺されるのか!どれほど歯噛みしても体は動かず、滲んで霞む視界は暗くなる。


「貴方のお顔と瞳、とっても綺麗だから蝋人形にしてあげるわ。光栄でしょ?」


 シャーロットの真っ赤な唇が弧を描く。

 レイピアの落ちる虚しい音を合図に風がやんだ。

いやぁ、美しい死にっぷりですね。見てて惚れ惚れします。さすが名も知らない聖騎士、見事なエンディングです!!

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