聖書と見聞録
えちえちお姉さんに反応しない聖騎士くんにあらぬ嫌疑ー!!
ヘトヘトになりながらディーン村に到着したサヤと聖騎士くん。村の道には帰路を急ぐ人がちらほら見える。夕暮れの中、宿屋ディーネの一室で聖騎士くんの手当てをする。
「なんでこうなるまで我慢するかなぁ」
青を通り越して紫になりつつある背中を魔法で冷やし、湿布に魔法陣を書き込んで貼り付ける。
驚くべきことにこの堅物沈黙聖騎士くんは愚かにも妖精熊に殴られた衝撃で骨が折れたまま戦っていたのである。そのまま宿屋まで痛みを我慢して歩き、部屋に入ったところでサヤが異変に気付いた。
「感謝する」
まったく感謝しているように見えない顔であっても感謝を述べたのできっと感謝しているんだろう。まあ、妖精熊を倒してくれたおかげで無事村につけた訳なので誠実に手当てする。手当ての仕方なんて分からないので聖騎士くんの指示に従ってるだけなんですけどね。魔法陣の効果を疑うわけじゃないけど本当にこれで骨折治るんですかね?固定とかしなくていいのかな?本人がいいって言ってるし問題ないでしょ、うん。私、完治しなくても悪くない。
手当てを終え、テーブルを挟んで椅子に座る。
沈黙。かなり気まずい。死にそうだ。聖騎士くんわざわざ体の向き変えてこっち見なくていいから。頼むから何か喋って欲しいのだが、一向に口を開かない。
とりあえずスコルから託された本を収納袋から取り出す。うん、解読に集中しよう。作業していれば大抵のことは気にならなくなるっていうからね。決して聖騎士くんから逃げてるわけじゃないよ、本当だよ?
隠匿の魔法陣を探すため、青漆の表紙を開き、見開きの次の頁をめくる。わあ、驚きの白さー
「なんか書いてる!え、なんで?」
ひっくり返したり頁をめくったりもしたが、2頁だけ文字が印刷されている。昨日見た時には確実に白紙だったそれらの頁には綺麗な字体で『はじめに』とタイトルが題されている。
「見せろ!!」
聖騎士くんも目を見開き、本を掴んでテーブルの上に無理やり置かせてきた。すぐに眉間に皺がより、血管がピクピクと痙攣する。
「おちょくってるのか、貴様ァ…白紙じゃないか」
マジ切れ3秒前という形相で凄んでくる聖騎士くん。そんなにイライラしてるから大事なものを見落とすんじゃないかな、例えば礼節とか紳士としての振る舞いとか。などと失礼な考えは胸に秘めておく。
「いちいち凄まないでよ!ちゃんと書いてあるじゃん、おちょくってるのはそっちでしょ」
ちょっと反論するとアァ?と腕を組んで威圧してくるので慌てて本に視線を落とす。やっぱり書いてあるじゃんか、ついにその若さでボケたのかな。イライラしてるから脳の寿命も早まったんだな。
「『本書は死体の宴における目撃証言を纏め、編纂することで死霊術師の根絶に貢献するため出版されたものだ。本書を読む諸君が良心に従って死霊術を利用しないことを切に願う』ですって聖騎士さん」
顔を上げるとマジ切れした聖騎士くんが見えた。視線が殺すと予告している。見えないというから読み上げてやったというのに人の親切心を無下にする人間だな、この男は。
死体の宴やら死霊術師やら知らない単語が出てきたので聖騎士くんに聞いてみた。
「聖騎士くん、死体の宴ってなにかし」
「聖書を読んだこともないのか貴様、よくのうのうと生きていられるな」
質問を遮り、生ゴミを見るような目で見てくる聖騎士くん。癪に触るネチネチとした声の出し方をしているあたり、煽りのプロフェッショナルである。聖書読んだことねぇよ、こちとら異世界から来たんだからな!お前の常識は私の非常識なんだ!覚えとけっ、ぺっ!
「だれかが塔を崩壊させてくれたおかげで今頃満天の夜空を眺めてるでしょうね、聖書さんは」
最大限皮肉を込めて言えば、舌打ちしながらもベッドの脇にある引き出しから聖書を取り出す。この舌打ちは会話が面倒になった時のパターンだな。聖書を乱雑にテーブルの上に投げ置き、椅子に座って足を組んだ。つくづく威圧してくる男である。聖書を乱雑に扱うとは聖騎士の風上にも置かない奴だな、君という男は。
会話を放棄した聖騎士くんを無視し、聖書をパラパラとめくる。ボロボロの衣服を纏った人間の集団を正面から描写した挿絵で止める。挿絵の下には死体の宴と小さな文字で印刷されていることから、目当ての頁だと確信する。数頁戻り、ざっと目を通す。
内容は簡単なもので、死者を生き返らせた悪い奴がいた。自分のことを死霊術師と名乗って調子に乗っていたが、なんと生き返らせたつもりがゾンビになってしまった!ゾンビに食われてしまい、そいつも死者になった。なんと、死者に食われたものはゾンビになったのだ!ゾンビは生きとし生きるものすべてにおそいかかった。それで一時は地上がゾンビに覆われたけど教会頑張って一掃したぞ!すごいでしょ!というお話だ。
どこかでみたようなゾンビ映画のシナリオにありそうなうえに所々の挿絵が発禁もののスプラッターなのだが大丈夫なのだろうか。子供に見せたらトラウマものだぞ。
「なるほど…見聞録はその時のことを纏めたから再発防止してねってことね。くぅ〜、私ってば把握能力高いわ」
「おめでたい頭だな」
自画自賛に対して冷静に毒を突き刺してくる聖騎士くんを華麗にスルー。なにせ、私は大人だからね。君のようなカルシウム不足の虚勢堅物聖騎士とは違うのだよ。
死体の宴の目撃証言を纏めたということはかなり古い本なのだろうか。うーん、謎が深まる。刺激される好奇心を満たすため、次の頁を捲る。どうやら死霊術師について纏めたものらしい。
「『死霊術師に相対したものは皆一様に口を揃えて言う台詞がある。光の中であっても瞳は昏く、死者のようである。その声は悍ましく臓物を揺さぶる。唱える祈りは神への誹りである。従う死体は怒りに満ちた顔で生者を見つめる』…なんかフワッとしてるね」
さらに情報を求めて次の頁を捲るが白紙が姿をあらわす。これ以上情報はなさそうだ。仕方ないので諦めて本を閉じる。
「それだけか」
呆れたように聖騎士が話しかけてきた。投げやりに返答しながら収納袋にしまい、椅子の上でだらける。
聖書に書かれるほど昔の出来事を纏めた本なら著者に会って話を聞くというのも絶望的だろう。
しかし、どうやって隠匿魔法陣が一部とは言え解けたんだ?スコルに託されて以降、特にこれといってこの本に何かを施した覚えはない。せめてスコルに解読方法が聞ければ良かったのだが、過ぎてしまったことは取り返せない。そういえば聖騎士くんが気になることを言ってたな、と思い出す。
「なあ聖騎士くん、魂が穢れるってどういうことなんだ?」
話しかけられた聖騎士くんは丁度鳥と戯れているところだった。しかしいつの間に入ってきたのか、羽ばたき一つしなかったな。少し身を乗り出しながら笑顔の様子。珍しい、鳥が好きなのかな?
「貴様には関係ないことだ、分かったらとっとと寝ろ」
前言撤回。メチャクチャキレてた。
目撃証言を纏めたなら見聞録じゃなくて調書のほうが適切じゃない?
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