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JD死霊術師による異世界冒険記  作者: 清水薬子
生と死の狭間で
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妖精熊

ある日、森の中、熊さんに吠えられた。

針葉樹群生する森の中、熊さんに襲われた。

熊さんの言うことにゃ、腹減ったから齧らせろ。

やめていたいから、しゃれにならないの

 凄まじい声量で繰り出される咆哮は風圧を周囲に与えた。木々が揺れ、鳥型のモンスターが鳴き声をあげながら危険地帯から逃げ出す。至近距離で食らったサヤは耳鳴りに襲われ、耳を両手で抑える。聖騎士も頭を抑え、うめき声を食いしばった歯から漏らしていた。ヤバイ服を着た女性は尻餅をつき、耳を抑えてのたうち回っている。


「しまった……ッ!!」


 怯んだ隙を突き、巨熊は聖騎士を豪腕で薙ぎ払う。聖騎士は圧倒的巨熊の筋力にろくに受け身も取れずに吹き飛ばされた。吹き飛ばした男に目もくれず、悠々と目の前の女性に近づく。なんの防具も着用していない、非力な存在。本能に従って前足を器用に使い、柔肌を爪で傷つける。


「キャアア!」


 肌には赤い線が引かれ、鮮血が飛び散った。巨熊の鼻はその匂いを感じ取り、さらに本能が刺激される。逃げようとする足を抑えつけ、顎を大きく開口する。


「《衝撃よ、弾き出せ!》」


 咆哮のショックから回復したサヤが詠唱を完了させた。射出された魔力の塊は巨熊の顎を下から上に突き上げ、僅かに後退させる。再び咆哮せんと息を吸い込んだ時、巨熊の片目が聖騎士により斬りつけられた。女性の体が自由になると、先ほどのたうちまわっていた醜態からは想像もできないほど俊敏に体をひねり、巨熊の爪の範囲から離脱する。

 巨熊は思わぬ反撃と獲物を逃した失望感から口の端から涎を垂らし、唸り声をあげる。地面を軽く引っ掻き、鼻を鳴らして首を振る。


「ここは共同討伐といきましょ!私はルチア、サポートするわ」


 血を流しながらも杖を構え、勢いよく振り回す。ルチアの突然の奇行に反応できず、サヤはとにかく呪文を唱えていつでも攻撃できるように準備した。

 巨熊は素早く動く聖騎士を捕えられず、かといって聖騎士も分厚い毛皮に阻まれて決定打を打たないでいる。


「準備完了!《我、風の寵愛を受けしもの。契約に従い、我が身に宿れ。空の妖精、人鳥アエロー!》」


 ルチアの周りに風が巻き起こり、小さな竜巻が発生する。手に持った杖には無数の穴が空き、旋風がその穴を通過するたびに高い音や低い音を奏でている。


「《風よ。旋風よ。集い、束ね、刃となれ》」


 竜巻が聖騎士を避けながら巨熊の体を切り裂き、長い体毛を宙に撒き散らす。巨熊は竜巻に刻まれても怯むことなく聖騎士を捕らえようと前足を伸ばし、距離を詰める。聖騎士の目が巨熊の首元についた宝石の存在に気づく。


妖精熊フェアリーベアか、どうりで頑丈なわけだッ!」


 巨熊の攻撃が服を掠め、空を切る。横に飛び、距離を話そうと試みるが執拗に追撃してくる。経験を積み、的確に低い位置から振るわれる前足は鋭さが増し、捕らえるのも時間の問題である。


「嘘、妖精熊!不味いわね……」

「不味いんですか!どうしましょう?逃げます?」


 ルチアの漏らした言葉に反応し、平然と聖騎士を見捨てる提案をするサヤ。どんな時でも過去にされた仕打ちだけは忘れないでいるあたり、人としての器の程度が知れている。


「逃げても無駄よ。妖精熊はかなり執念深いの、獲物は絶対に逃がさないわ」


 ヒェッ、と情けない声を漏らしたサヤは慌ててルチアに回復魔法をかける。


「《魔力よ。塞ぎ、結び、一つと混じれ》」


 ルチアの体に走る傷口の表面に魔力を走らせ、糸で縫合するように持ち上げて肉体に馴染ませる。

 ルチアは助かるわ、とだけ言って杖を構える。二の腕を地面に対し垂直に、足先を妖精熊に向ける。スゥーッと音が出る勢いで息を吸い込むと、前方に跳躍する。蹴った地面には抉れ、衝撃が走る。ルチアはそのままの勢いを利用して妖精熊に杖を殴打した。

 巨熊の顔面を横に殴打し、激突した衝撃でルチアは回転しながら距離を取る。


「今よ、聖騎士さん!首の宝石をッ!!」


 ルチアの忠告に従い、聖騎士は横薙ぎにレイピアを振るう。剣先は宝石の少し下を削ぎ落とし、周囲の皮膚ごと妖精熊の体から分離させた。べちゃり、と少し離れた位置から落下音が響く。


「グオオオッ…オオ……ォ」


 2、3歩よろめく。歯の隙間から血の混じった涎を零し、その足は聖騎士の元に向かっていたが、重量のある音とともに地面に崩れ落ちる。浅い呼吸を4度行い、軽い痙攣を起こした後、沈黙する。

 聖騎士はレイピアを勢いよく縦に振り、剣についた血を払って鞘に収める。ルチアは胸をなでおろし、十字を切って魂の冥福を祈っていた。


「聖騎士くん、怪我はない?」


 サヤは聖騎士の心配をしたが、彼は舌打ちで返事した。いやぁ、元気そうで何よりですなぁ。


「あなたたち見かけによらず強いのね。良かったら名前を教えてくれない?」


 ルチアが親しげに話しかけてきた。戦闘中飛んだり跳ねたりしていたにも関わらず、その紐のようなものは重要な位置を隠匿している。


「サヤです。ルチアさんでしたよね。お怪我の方は大丈夫でした?」

「ええ、あなたのお陰で傷跡もないわ。腕がいいのね。本当に助かったわ、ありがとう」


 ルチアは聖騎士の方を向き、頭を下げ、改めて自己紹介をする。


「改めまして、旅をしているルチアと申します。宜しければあなたのお名前を伺っても?」

「聖騎士とだけ覚えていればいい。こちらが迷惑をかけた以上、あの宝石はあなたが受け取るといい。それでは失礼する」


 聖騎士は愛想の一つも述べず、言いたいことを弾丸のように喋る。呆気にとられたルチアを余所にサヤの手首を握り、大股で歩き出した。サヤは小走りで転びかけながらも引っ張られ、木々の隙間に消えていった。


「あらあら、嫌われたかしら?」


 頰に手を当て、思案する。どうもあの様子ではルチアのことを嫌うというよりも、サヤという子をやけに気にしているようだった。

 サヤが名乗った時に僅かに動揺していたことから、何か訳ありなのだろうと推測する。

 地面に落ちた宝石を拾い、ポーチの中に入れて荷物をまとめる。今は消えた傷跡を指先で撫で、動き出した運命と出会いに胸を高鳴らせる。


「縁が結ばれたなら、きっとまた会えるかしら?」

言葉が通じるもの同士で誰一人分かり合えていないのに獣と理解し合うなんて不可能なんだよなぁ

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