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第1の邂逅

矛盾していた箇所を直しました

 太陽暦 113年 竜神の月



 小並沙耶は呆然とした表情で祭壇の上に尻餅をついていた。

 横には豊かな白い髭と黒いローブ、右手には木の杖を持っている。

 眼球は血走り、げへへへへと笑う老人の姿を見て沙耶は確信する。



 どこからどうみてもこの老人は不審者だ。



 沙耶はそう結論づけた。

 たとえいきなり見たこともない景色に飛ばされたとしても観察は怠らない。

 最も近い祭壇、よくわからない線が描かれた床、鉄製の扉と周囲を確認する。

 盛り塩のつもりなのか、ところどころに灰色の粉が山になっている。



 困ったことにここは塔の最上階らしい。

 びゅうびゅうと吹く風にローブのはためく音を聞きながら沙耶は冷や汗をかく。

 逃げるならあの老人の背後にある扉を開けなければならない。それ以外の手段として飛び降りるというものがあるが、当然頭の中で却下する。

 兎にも角にも、老人と会話するべきだろう。本音を言えばあんな怪しい上にカルトにハマってそうな人物と関わり合いになりたくないのだが、もしかしたらなにか沙耶の置かれている状況について知っているかもしれない。

 一縷の望みをかけておずおずと声をかける。


「あの、はじめまして?」

「ふおおお!?ふお!ふぉ…ふぉ」


 老人はいきなり叫び出すとぷるぷると震え出した。




 この人はもうダメかもしれない。

 沙耶ははやくもこの老人とのコミュニケーションを取ることを諦めていた。

 そろそろと老人と祭壇を挟むように降りる。



 ざり、と足元から砂を踏む音がした。

 その音にはっと正気を取り戻した表情を見せ、優雅に頭を下げる。

 片手に持った杖を横にしたその姿は先ほどとは打って変わり、威厳を醸し出していた。


「おお、すまんのう。少々取り乱しておりました。なにぶん、人間を召喚したのは初めてでしてのう……」


 老人は鼻の頭を掻き、人の良さそうな笑みを浮かべる。

 沙耶は老人の笑みを見てほっとした。

 なんだ、動揺していただけなのか。

 とりあえず会話は通じるようなので早々に会話を切り上げてこの場を離れよう。


「そうだったんですか、驚かせてしまって申し訳ありません。あの、1つ伺いたいのですが、ここはどこですか?道に迷ってしまって…、それにちょっと急いでいまして」


 沙耶は腕時計をちらりと見る。

 気づけばあと5分で授業が開始する時間である。

 この調子だと遅刻かな、教授に目をつけられないといいななどと思いながら老人の回答を待つ。


「そのことじゃが、この世界はお嬢さんのいた世界とは異なる法則で動いておるんじゃ。

 分かりやすく言うならば、


 異世界というやつじゃの」


 老人は豊かな顎髭を手櫛で整えながら重々しい声で返答した。

 沙耶は思わぬ返答を理解できず、間の抜けた声で復唱した。


「そうじゃ。ちなみにここはディーン村の南東、森を抜けた先にある塔の最上階じゃ」


 まさか人間を本当に召喚できるとはの、長生きはして見るもんじゃわいホッホッホと老人は笑う。


「いやいや、異世界ってそんな『小説家になろう』じゃないんですから……ん?え?」


 沙耶は老人に呆れ天を仰ぐ。

 月が3つ。それぞれを結べば三角形ができるだろう。

 おつきさまがみっつある、と沙耶は呆けた声で呟いた。

 なにかのトリックか幻覚か、沙耶の思考は混乱の極みにあった。


「お嬢さんの世界では月は3つではないようじゃのう。どれ、ここで立ち話もなんじゃ。下の階で座りながら話してもいいかのぅ。この歳じゃ腰に来るんじゃ」


 老人は腰をポンポンと叩きながら扉に向かって歩き出す。

 ぶつぶつと呪文を唱えると、老人の周囲に複数の光球が浮遊する。

 足元がぼんやりと照らされ、床の模様が露わになる。

 やはりなにかの魔法陣だろうか?

 赤色で縁取られたそれと所々に形成された灰の山がなんとも言えない不気味さをもち、光に照らされたことでさらにおぞましいものであるかのようだ。

 風でさらさらと灰が巻き上がり、天の月へと飛ばされる。

 吹き付ける風に鳥肌が立ち、沙耶は得体の知れない不安を抱えながらも老人の後を大人しくついていくことにした。








「なるほどのぅ、お嬢さんはサヤと言うのか。ワシの名はスコルピィ。親しい者は皆スコルと呼ぶ。サヤも是非そうしてくれ」


  スコルと名乗った老人はコトリと沙耶の前にティーカップを置く。

 フードを外した頭は室内の明かりを反射して光っている。

 人の良さそうな笑みを浮かべながら沙耶の反対側の椅子に座る。


「ありがとうございます、スコルさん」


 スコルの人の良さそうな笑顔を見て沙耶は少し安心する。

 想定していたよりもいい人でよかった。

 スコルと呼ばれた老人は嬉しそうに微笑んだ。


「あの、ここが異世界ということは分かりました。いきなり不躾だとは思いますが元の世界に送還して頂くことは可能ですか?」


 沙耶は出された紅茶に手をつけず、膝の上に置かれた手をぎゅっと握る。

 八の字の眉と垂れ下がった目元は彼女の不安を如実に表していた。


「サヤを召喚したあの魔法陣は呼び寄せることに特化させたものでな。送還は別の魔法陣を用意する必要があるんじゃ」


 ただのぅ、とスコルは言葉を切る。

 紅茶で舌を潤し、一冊の本を机の上に広げた。


「この頁の魔法陣を使用してオヌシを召喚したじゃろ。本来、召喚したモノを送還する魔法陣が次の頁に書いてあるはずなんじゃが」


 スコルは頁をめくる。

 そこには真っ黒に塗りつぶされた頁があった。

 正確には塗りつぶされたのではなく、1つの文字が何重にも書かれているとこによってその頁の内容は判読不可能になっている。


 死


 この文字が何百何千とペンによって書かれたのだろう。

 紙は中央にいくにつれて薄くなり、真ん中には穴が空いている。

 さらに異質なのはそれぞれの文字に特徴があるという点だった。

 はらいの有無や線の太さ、大小の違いはまるで何人もの人が交代して書いたかのようである。


「なんですか、これ…気味が悪いイタズラですね」


 鳥肌の立つ二の腕を擦りながらスコルを見る。

 スコルは神妙な顔をしながら顎髭を触っている。


「サヤを召喚する前にこの本を開いたのじゃが、その時はこんなことにはなっておらんかった。確認した後に懐にしまったからの、ワシにバレないようにイタズラするのは無理なんじゃが」


 そもそもここは鍵をかけてるからだれも忍びこめんはずだがの、とスコルも首を傾げていた。


「魔法でどうにかならないんですか?」

「せっかく召喚したのにすぐに返すわけがないじゃろう」


 やべぇタイプの爺だ、厄介なのに目をつけられたなこれは。沙耶はため息をつきたい衝動に駆られたが、ぐっと堪え紅茶で喉を潤す。温かいものを飲んで鳥肌が収まったところでスコルがようやく本題を切り出した。


「サヤを呼び出したのはこのワシじゃ。面倒はワシが見よう。この老体ゆえあまり贅沢はさせられぬが、ひもじい思いはさせんぞ。


 それにこれもなにかの縁というやつじゃ、ここでしばらく暮らしたらどうじゃ?」


 スコルは星を飛ばしながら沙耶にウインクする。

 塔で孤独に召喚する老人との共同生活なんて死ぬほど願い下げたいが、行くあてもない。

 ここは提案をありがたく受け入れるべきだろう。


「いえ、こちらこそご迷惑をおかけします。居候させていただく身ですので、手伝えることがあれば遠慮なくおっしゃってください。


 お世話になります、スコルさん」


「サヤは礼儀正しいのぅ。なにか困ったことがあればいつでも相談しなさい」


 スコルは上機嫌にホッホと笑いながら、紅茶を飲み干す。


「とりあえず今日はもう遅いから寝なさい。そこのプレートのない部屋、そこを使うといいじゃろう。隣はワシの部屋じゃからなにかあったら呼びなさい」


 スコルの指し示す方向を見れば確かになんの装飾もない木製の扉がある。

 他の扉にはプレートがぶら下げられ、それぞれにスコル、書物庫、調理とだけ刻まれている。

 2人分の紅茶を流し台でさっと洗い、乾燥しやすいように立てかける。

 助かるのぅ、と感謝を述べつつスコルは沙耶の行動を見守る。

 先ほどの指示に従って木製の扉のドアノブに手をかけ、ふと振り返る。

 スコルの微笑む顔を見る。


「ありがとうございます、スコルさん。おやすみなさい」

「おやすみサヤ、いい夢を」


 スコルの視線を感じながらも扉を開け、体を部屋の中に滑り込ませ、背後で扉を閉めた。


 部屋は1人の人間が暮らすには十分な広さがあり、クローゼットやベッドなど生活基盤は整えられていた。

 奥の方にはさらにガラス製の扉がある。

 洗面台と鏡、それとシャワールームがあった。

 鏡の部分を開けるとコップと歯ブラシ、さらには歯磨き粉と書かれたチューブがある。

 さすがに現代に比べると発色や形は劣るものの、覚悟していた以上に近代的だ。

 使用済みとも思われるそれらを使用するのは抵抗があったが、贅沢は言えない。

 蛇口をひねり、念入りに歯ブラシをすすぐ。

 コップにも水を入れ、水を止める。

 歯ブラシに歯磨き粉を乗せる。



 想像以上に不気味な色合いだな。


 赤、白、水の三色が渦を巻いて出た時の沙耶の偽らざる本心がそれだった。

 まるで床屋の店先においてあるぐるぐる回るアレみたいだな。

 名前のよくわからないアレ。なんて名前だっけ。

 沙耶はてっきり普段使うような白色の歯磨き粉を想像していたが、さすが異世界、油断できないと唾を飲む。


 味はどうなのだろうか。

 決して食用ではない歯磨き粉に対して味を不安に思うのも変な話だが、沙耶にとっては未知の領域である。

 まったくもって味の想像がつかない。外見的にはアイスクリームのようにも思える。もしかしてアイスクリーム味なのだろうか。

 甘いのはちょっと嫌だな、などと思いながら口に突っ込む。



 きっつ!!すっごいスースーする!

 想像以上にメントールが強いな。



 メントールの衝撃は口を突き抜け、鼻を快速電車のような勢いで通過し、目に直撃した。

 異世界人は寝る前にこんなさわやかな香りを口で綺麗にしているのか。その後によく寝れるもんだな。知らないことだらけだな。

 シャコシャコと歯を磨き、口をゆすぎ、洗面台にぺっと吐き出す。

 蛇口を再度ひねって歯ブラシをすすぎながらコップに残った水を捨てる。


「なんか書いてあるな」


 ひっくり返したコップの底にある文字を視界の端で捉える。

 回転させるとアルファベットにも見える文字が3つ書かれている。



 R U N



 走る?それとも前の所有者の名前だろうか?


 異世界にもアルファベットってあるんだな。そういえばスコルさんとも会話が通じていたし、異世界にも日本やアメリカに似た文化があるのかもしれない。

 まあ、考えても拉致があかないし明日スコルさんに聞いてみよう。

 沙耶は早々に結論づけ、コップと歯ブラシを元の位置に戻した。




 ベッドのある部屋に戻り、クローゼットを開ける。

 クローゼットの中にある衣服は殆どがシャツとズボン、男性用の下着だった。

 前の部屋の持ち主の物だろう。

 シャツと紐で調節できるズボンを掴み、さっさと着替える。

 多少ぶかぶかだが着れないことはない。

 サイズ的には私より多少年下の青年、おそらく高校生ぐらいだったのかな、と前の部屋の持ち主に想いを馳せる。

 多分名前はランなんとかで愛称がランなんだろう。

 スコルさんの親族の可能性が高いな、と勝手な推測を立てていく。

 あくまで推測でしかないので頭の片隅にとどめておく程度のものだが、沙耶は中々いい推理ではないだろうかと自画自賛する。




 ベッドに寝転がり、天井を眺める。

 部屋の中は静寂で満たされていたが、窓の方ならぎょええええええ!となにかが泣き叫ぶような声が聞こえる。いるよねぇ、真夜中に叫び出すタイプの不審者。



 今日は色々あったな…


 肉体的な疲労はないが、精神的な疲労は蓄積していたのだろう。

 不審者うるせぇなと思いながらも沙耶はすぐさま深い眠りに落ちた。

実体験と推測を元に異世界を演出したのですがどうでしょうか。おそらく大抵の方は歯磨き粉の正体について推測できたと思いますがよくわからなかった方は是非某米国の歯磨き粉をご使用ください。違いがよくわかると思います。



いやぁ、なんてダンディーでナイスなオジさまなんでしょう。これは沙耶ちゃん恋に落ちるのも時間の問題ですね!!!!



小説の誤字脱字や分かりにくい表現などありましたらお気軽にどうぞ。

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