必然の邂逅
タイトルが著しく矛盾してますねぇ
サヤがあまりにも空気すぎたのでちょっと見せ場を作りました。こいついつも見守ってんな。
読みづらいなどありましたらツイッターにお知らせください。改善します
その時、塔と外界を遮断する扉が宙を舞った。招かれざる客により扉が蹴やぶられた。扉は床の上を盛大な悲鳴をあげながら滑る。
扉から光が差し込む様はサヤの位置からよく見えた。光を背に、その人物は靴音を響かせながら塔に踏み込む。その人物は壊れた扉を踏み越え、2人に近づいてきた。逆光により顔は見えず、サヤは背格好から男と認定する。距離が近づくにつれ、男の格好が判別できるようになった。
男は長い金髪を揺らし、白い装束を身に纏っている。瞳は陽光にすかした若葉を思わせるほど眩く、未だ影であるというのにサヤはその虹彩を鮮明に視界に捉えた。
男は細剣を優雅に抜刀する。片手を後ろに回し、剣を天へ垂直に構えた。レイピアを抜いた男に対してスコルは男を睨み、杖を構える。
「すでに嗅ぎつけておった、というわけじゃな。聖騎士どの」
スコルは苦虫を噛み潰したような顔だ。呆けかけた頭はスコルの言葉で仕事を再開した。
この男が聖騎士なのか?武闘派という話の通り扉を蹴破って侵入してきた。無言を貫く様は友好的とは言い難い。
すでに聖騎士に視認されているが、幸いにもスコルの背中に隠れる位置にサヤはいた。体の重心を椅子から足に移動させる。
聖騎士の持つ雰囲気は張り詰めた糸のようであり、周囲に対して威圧を与えていた。サヤが完全に椅子から立ち上がると同時に男が叫ぶ。
「《拘束せよ!》」
聖騎士の周囲を炎が迸り、一直線にスコルへ向かう。
「《妨害術式起動!》」
スコルが巻物に魔力を流し、炎に投擲する。巻物が紫の粒子を撒き散らして爆発する。紫の粒子に触れた炎は跡形もなく消えた。
狭い範囲に限定されるが魔法を一時的に無効化する効果をもつ魔法陣だ。
背後の爆音に気を取られつつもサヤは勝手口の取っ手を掴む。掴んだ取っ手、その鍵穴から炎が迸った。
何故炎が鍵穴から?
思考よりはやく反応した本能が肉体に指示を出した。考えるよりも早く、全力でバックステップする。寸前で回避に成功し、獲物を失った炎は風に搔き消える。
次に襲い来るのは違和感、サヤの魔力が意図せず蠢く。取っ手に触れた手を確認した。その掌に魔法陣が描かれている。
しまった、罠だ!
サヤの魔力が吸われ、魔法陣から先ほどの炎が手を広げる。より最悪な状態で姿を現したその炎は倍以上の数量でサヤに襲いかかった。サヤが避けるよりも早く退路を断つ。炎の壁が四方を取り囲んだ。魔法によって構成された炎だ。水の魔法で打ち消すには時間がかかる。
◇◆◆◇
サヤが間抜けにも炎に拘束されている間、スコルと男の戦いはすでに始まっていた。
「《魔力よ、循環せよ》」
スコルが詠唱し、杖を起点として建物に魔力を流し込む。塔を構成する建造物、その積み重ねられた石の窪みに沿って魔力が拡散する。その全てを視界に収められぬ。それほどまでに巨大な魔法陣。塔そのものを魔法陣として構成されたその建物は、スコルに可視化するほどの莫大な魔力が流し込む。
「ひとまず、この男をどうにかせねばならぬの」
スコルは杖を手放し、大胆不敵にも笑みを浮かべ聖騎士に対峙した。
一方、聖騎士はスコルに流れ込む魔力を見つめ、冷静に判断を下す。自身の記憶から魔法陣の名称を引っ張り出す。
「第2種永久魔力路か、やっかいなものを……」
聖騎士は舌打ちと共に走り出す。椅子をスコルに向かって蹴り飛ばす。
「愚かな、なおも絶望せぬか。では死ぬがよい」
スコルの魔力は瞬時に数多の光球を形成する。光球は加速しながら椅子を飲み込み、勢いそのままに聖騎士を追従した。
サヤは炎の檻への対処も忘れ、2人の戦いを見守る。
スコルの様子を見て確信する。間違いない、無詠唱による魔術の行使だ。膨大な魔力にものを言わせ、無理矢理術式を構築したのか。
床石の模様に偽造した魔法陣はスコルに魔力を流しているのだろう。最初に流した魔力を流せば流すほどより高純度に圧縮された魔力が使用者に還元される効果をもつようだ。
先ほど聖騎士はこの魔法陣を見て第2種永久魔力路と読んでいた。
『無詠唱は理論上可能じゃの。呪文はあくまで奇跡を起こすための手段であって魔力の消費を抑えるためのものじゃからな。魔力が無尽蔵にあるなら力任せに魔術を行使することができるのう。減衰した威力も無尽蔵の魔力で底上げすれば使い物にはなるじゃろうし、呪文を唱える時間を短縮出来るしの。』
魔力が尽きない限りスコルは魔術を呼吸するように手軽に発動できる。書物庫に収納されていた巻物を思い出す。無尽蔵の魔力に加えて、長い年月を込めて描かれた魔法陣は恐らく百を超えているはずだ。
それらによって多重に展開された光球は着実に聖騎士の選択肢を狭めている。
光球は聖騎士のいた場所に着弾するとぐずぐずと煙を上げて形が崩れる。
スコルは周囲への被害を気にする様子はなく聖騎士に集中しているようだ。このままではサヤもいずれ光球の餌食となるだろう。
なにか手はないか、この炎の壁を突破できる呪文……。
サヤから少し離れた位置に光球が着弾する。
こうなったらやるしかない! 覚悟を決めて呪文を唱える。
「《魔力よ、我が身を巡り強化せよ》」
呪文を唱え、魔力を足に集め、思いっきり足に力を込めて垂直に飛び上がる。天井の梁を掴んで落下を防ぐ。視界の端で影が動いた。影の反対側、光球がサヤに迫る。とっさに体を揺らして梁から手を離し、床に降りて事なきを得た。
冷や汗がドッと吹き出す。察知できてよかった。そう安心したのも束の間、何かが転がり落ちる音が断続的に聞こえてきた。
凄く、ものすごく嫌な予感がする。
恐る恐る天井を見上げると、そこには大きな亀裂が走っていた。亀裂からは小石が落ちている。
「ウッソでしょ、《衝撃よ、弾き出せ!》」
呪文を早口で唱え、走り出す。掌から発射した純粋な魔力の塊が勝手口の扉をぶち壊し、前方にジャンプする。
◆◇◆◇
床や壁はいよいよグズグズに溶け、塔の基礎部分が剥き出しになっている。崩落はもはや時間の問題だろう。
床石の溝によって形成されていた魔法陣はすでに光球によって損傷し、その効力を失っている。第2種永久魔力路を失い、無詠唱の魔術行使が不可能となったスコルは残り少なくなった巻物を懐から取り出す。
巻物に魔力を流し、地面にばら撒くと火を噴き出した。
聖騎士はあろうことか火を避けず、レイピアを振るう。レイピアの切っ先が火を絡めとり、男の横を通り過ぎる。
まるで火が自ら聖騎士に道を開けたようだ。
大きく右足を踏み出した。
スコルが呪文を唱えるより早く接近する。胸骨を守るように斜めに構えられた杖を回転しながら切り落とした。
半歩下がり、レイピアを地面と平行に突き出す。レイピアは無防備となったスコルの胸を貫いた。胸を貫かれた衝撃はスコルの肺を痙攣させ、強制的に酸素を排出させる。
「がふっ……」
スコルの体を貫いた時、わずかに聖騎士は驚いた。
レイピアのナックルガードに刻まれた魔法陣が起動し、スコルの体を炎で包む。炎に巻き込まれるよりも前に聖騎士はバックステップでスコルから距離を取り、レイピアを構える。スコルは炎に包まれながら、うめき声をあげた。
やがて魔法陣の効果で発生していた炎が消える。その頃にはスコルは膝をつき、黒い煙を上げていた。
「やはり貴様、その体は既に生身ではないな?」
短くなった杖を支えに立ち上がろうとするも、無様に床に崩れ落ちる。問いを投げかけられたスコルは顔を上げ、自嘲気味に笑う。
「バレて、しまっては…しかたないのう……」
再び立ち上がる。塔の壁は溶け落ち、日の光がスコルを照らす。
ローブが燃えおち、その体の全貌が晒された。太陽光を反射し魔法陣の刻まれたダイヤモンドが煌めく。その輝きは夜空に瞬く星々のようであり、その眩しさに聖騎士は目を細めた。ダイヤモンドを守るように鉄骨が覆っていたその部位は損傷が酷い。溶けかけ、歪曲した鉄骨から血液が垂れていく。
常軌を逸したその姿に聖騎士が憐憫の眼差しを向ける。
「そこまでして死を恐れるか。まあいい。1つ、死霊術師のお前に聞きたいことがある。このレイピアに見覚えはあるか?」
スコルは片眉をあげる。レイピアを暫し見つめた後、興味を無くしたように呟く。
「知らん」
「そうか、ならば死ね」
もはや人間と呼べない老人にとどめを刺すため、聖騎士は迷うことなく剣を滑らせた。
スコルの頭部が鈍いことをたて、床を転がる。その頭部を足で蹴り、視線を聖騎士から壁へと逸らす。剣を振り、付着した血液を払うと地面に血が飛び散った。
「《衝撃よ》」
女の焦った声が聞こえ、意識を向ける。どうやら塔の寿命が長くないと悟り、脱出するつもりらしい。
「《弾き出せ!》」
天井が崩落し、男の頭上へと大石が落下する。聖騎士は慌てることもなく、レイピアを両手で握り魔力を流す。聖騎士の周りには炎が立ち上り、円を描くように広がっていく。
「《我、火の寵愛を受けしもの。契約に従い、我が身に宿れ。炎の妖精、火竜!》」
そして塔は崩壊した。
スコルさん、どうして私の気持ちに応えてくれないんですか!
そうやって曖昧な言葉と抱擁で誤魔化さないでください!
え?誰ですか、貴方は?
俺にしておけなんて冗談、やめてください…
今はそんな気分じゃないんです。
卑怯です、こんな時に抱きしめるなんて…
貴方に縋ってしまいそう…
次回、君を思う
恋は想いのエッセンス!