普遍
私はいつの間にかここにいた。本当にいつの間にかという表現しかしようがないのだ。記憶は一切なく、私の中にあるのは「私は殺されたんだ」という強い確信だけ。とても不思議な感覚だった。記憶がないのに殺されたということは事実だと確信している。その感覚がたまらなくおかしくて、私は笑ってしまっていた。ひとしきり笑い終え、改めて周囲を見渡すと先ほどまではなかったものが目に入った。なぜ気が付かなかったのか不思議になるほどの大きな扉が3つ。そしてその前に佇む少女が1人。
3つの扉はそれぞれ異なった見た目をしており、1つはどす黒い血のような赫い色、1つは混じりけのない純白、そして残りの1つは全ての色が混ざり合ったかのような何色とも形容しがたいものだった。少女は物憂げに虚空を見つめていたが、私の視線を感じたのかこちらへ視線を移した。気が付くと私は少女の闇よりも深く暗い瞳に吸い込まれるように少女の元へと歩きだしていた。
少女の目の前につき、一息ついたところで私は尋ねた。
「ここは、なんなの?」
生前私はオカルトに強い興味を持っており死後の世界はあると信じてやまなかった。そんな私からすれば、自分が殺されたという強い確信は事実であり、今いる場所は死後の世界だろうというぐらいは見当がついていた。しかし、想像していた死後の世界のいずれともかけ離れており、ここは死後の世界のなんなのだろうかという疑問が自然と言葉となっていた。
「ここは殺された人間の行く末を決める場所。それ以外には何もありません。」
私の目をまっすぐに見据えてそれだけを単調に言うと、少女は再び虚空を見つめた。少女がそれ以上何も言わないだろうと思った私は扉のほうへと目を向けた。そして少女の言葉を反芻しながら色違いの3つの扉を見ていると、なるほどと合点がいった。ここが死後の世界への分岐点ということは、ここから先に待っているのは天国か地獄だろう。おそらくは赫色が地獄へ、純白が天国へと通じているに違いない。しかし、だとすればもう1つはどこへ繋がっているのだろう。オカルトマニアの私が知らない死後の世界があったというのか。まさか、、
「あなたの選択肢は3つあります。」
私の思考を途切れさせるかのように、突然少女は話し出した。
「1つは復讐を遂げる代わりに永遠の責め苦を受ける道。1つは死を受け入れ再び生を得ようともがく道。1つはただひたすらに彷徨う道。いずれを選ぶもあなた次第。」
それだけを言うと少女は再び虚空を見つめ、黙りこくってしまった。まるで私の質問攻めにしたい気持ちを見透かし、そしてそれを拒絶しているようだった。少女は何を聞いても私の求める答えは与えてくれないだろう。それならば私は私の直感を信じるのみ。そう決断した私は少女へと向き直った。
「赫でも白でも、何色でもない、あの扉に進みたいです。」
それを聞いた少女はその扉を指差し、声を発した。
「お行きなさい。」
扉を抜けた先の世界はいつもと変わらない風景だった。ビルがあり、家があり、そして人がいる。ただ異なるのはその人々の9割以上が半透明だということぐらいか。なるほどたしかに、これでは霊の存在を感じるのは無理というものだ。