死して尚
私の最期の記憶は女の甲高い叫び声と頭部への鈍痛だった。
私が目覚めると眼前には暗闇が広がっていた。光も何もなく、まるでまだ目を閉じているかのようにも感じられた。時間が経てば見えるようになるかとも思ったが、闇は私を包み込んで離さなかった。そのうちにふと疑問が浮かんできた。あの鈍痛はどこへ消えたのだろうかと。意識を失うほどに強く殴られた痛みはそう簡単に消えるものなのだろうか。果たして本当に私は殴られたのだろうかなどと様々な疑問が湧いては消えを繰り返す。
いくつもの疑問を考えているうちに1つの避けようがない疑問にぶつかった。そもそもここはどこなのだろうかと。今いる場所が現実世界だとするならば、はたしてこのような光の届かない場所が存在するのだろうか。それとも私自身の精神世界であり、現実の私は意識を失って入院しているのだろうか。留まっているだけでは答えに辿り着けないと判断した私はその暗闇の中を歩きだした。
1時間は歩いただろうか。一寸先ですら見えなかった暗闇から、それは不意に私の眼前に現れた。私の背丈の倍以上はある大きな門が3つ。そしてその前に立つ少女が1人。少女と目が合った瞬間に私の第六感は警鐘を鳴らし、額からは脂汗が滲み出る。だがそれとは正反対に私の足は自然と少女の方へと向かっていた。
「あなたは殺されました。あなたは復讐、放浪、安息のいずれを選択しますか?」
少女と会話ができるほどの距離になった時、少女はそう訊ねてきた。この言葉を聞いた瞬間に私の脳内に映像が流れ込んできた。私は無差別殺人の被害にあったのだ。店先で商品を眺めていた時に後ろから金槌で頭蓋骨を叩き割られ、女性の悲鳴が辺りに響き渡る。私の後にも何人かが金槌や包丁で襲われ、そして死んでいった。
全てを知った私が少女を見返すと、少女はもう一度問いかけてきた。
「貴方は3つの選択肢から1つを選ばなければなりません。1つ目は貴方を殺した者を呪い殺すこと。2つ目は現世を彷徨う存在となること。3つ目は輪廻の輪にもう一度入ること。貴方はどれを選びますか。」
私は即答した。
「私が選択するのは3番だ。」
私は人生でやりたかったことが多くあった。しかし、今回それらが出来ないまま殺された。記憶が引き継げる訳でもないだろうが、無念をそのままにはしておけなかったのだ。私の言葉を聞いて、少女は右側の門を指さしこう言った。
「お生きなさい」
今私は必死に働いている。それもこれも私のやりたいことをするためだ。会社に属し仕事をし、その評価が良ければ昇進する。そうして1歩ずつだが、目標に近づいていくのだ。
だが、もう既に200年は働いている。いつになったら私に転生という名の賞与が与えられるのだろうか。