地獄! 口の中が水風船
抜歯が終わった後ベッドでごろごろしていた私ですが、夕方の5時半頃になると口の中がだんだんと腫れてきたのがわかりました。事前に歯を抜いた後は腫れると聞いていましたが、こんなにみるみるうちに膨れていくものかと不安になり始めます。
腫れはどんどん酷くなり、30分も経つと口が閉じられないくらいになりました。
傷には触れないように細心の注意を払いながら舌先で頬の内側をなぞってみると、どうやら頬の内側が水ぶくれのようになっているようでした。
本当にこれは正常な経過なのか。不安に耐えきれなくなって、別の部屋にいた母親の元へ行って口の中が腫れてきたことを話しました。
ところが、「んなもん知らないよ」と一蹴されておしまい。
不安で横になっているどころではありませんでしたが、親に冷たくあしらわれてしまったので自室に戻ってスマホをいじることにしました。
ゲームを開く心の余裕もなかったので、抜歯手術の経過について調べることに。
某大型掲示板には私と同じ手術を受けたと思われる人たちの書き込みもたくさんあって、その人たちがどういう経過を経験したのかを読んでいるうちに時間は過ぎていきました。
私のように口の中に巨大な水ぶくれができたという書き込みが見当たらないことに不安を感じ始めた矢先でした。水ぶくれが破れ、水風船のように中に詰まっていた液体を口の中へ放出し始めたのです。
一気に口の中に広がった血の味に、私は慌てて病院でもらった予備の綿を探しました。
痛み止めが効いていたおかげで痛みはなかったので、止血のため思いきり奥歯を噛み合わせて血が止まるのを待ちました。
あまり心配しすぎると心拍数が上がってしまうため、横になって別のことを考えて落ち着かせようと努めました。しかし、そう上手くはいかないものでスマホを見ることで注意をそらす作戦に。
その時に見つけてしまったのが「ドライソケット」という症状でした。
ドライソケットは、抜歯手術後にできた血餅が何らかの原因で剥がれてしまい骨が剥き出しになることで、細菌等に感染して起こる症状です。水が傷口に触れるだけで、のたうち回るほどの激痛が走るとか。
治療のためには毎日病院へ通い消毒や薬の塗布を受けなければいけないということも書かれていました。
ただし、実際にドライソケットになる確率は低いようなので気を付けて生活していればある程度予防することは可能な模様。
この瞬間、ドライソケットの予防は抜糸までの最大のミッションとなったのです。
ドライソケットの予防のためには、かさぶたが剥がれないようにしなければいけない。強いうがいは当然NGです。歯みがきも細心の注意を払わなければいけない。
そんなことを考えているうちに、20分ほど過ぎていました。
お医者さんの説明では、そろそろ血が止まっている頃のはず。私は恐る恐る噛み締めていた歯を緩めました。すると、どろりと血が溢れてくる感覚が。
外した綿は血で赤黒く染まり、尚も出血は続いていました。そこで、次の綿を噛んで待機することに。
ドライソケットを経験した人たちのネットの書き込みを眺めながら、どういうことに注意するべきかを調べ続けました。
そしてさらに30分ほどが経過。もうすぐ午後7時ということもあり、キッチンでは母親が夕飯を作り、仕事を終えた父親も帰宅していました。その時間になっても、綿を外すとどろりと血が溢れる。
止血用にもらっていた綿は次のぶんが最後でした。
これはさすがに異常なのではないか。
そんな思いが湧き上がって、私は親の元へ再度相談しに行きました。
「切ってるんだから血が出て当然だろ!」
「ちょっと、ゴミ箱汚い」
父に諫められ、母親には文句を言われ。昔の歯科治療でもらったという止血用の綿を探してもらい、仕方なく自室に戻ることになったのです。
それからさらに1時間弱。血が止まることはなく、左下の歯にはぶよぶよとしたゼリー状の血の塊がまとわりつくような状態になってしまいました。家にあった綿も使い果たしそうな勢いです。
かれこれ2時間ほど喉に落ちてくる血を飲み込み続けていたので気分も最悪。最初は翌朝まで耐えれば消毒のために病院に行けるということを心のより所にしていましたが、このまま一晩明かすなんて到底無理。
私は「何かあった時は連絡してください」と書かれていた番号に電話を掛けることに決めたのです。
電話に出たのは、専門のスタッフではない人のようでした。私の状態や、いつどんな治療を受けたかなど軽い答弁をしました。
「必要のない診療だと判断された場合、治療代とは別に5,000円いただく決まりとなっています。何時に来られますか?」
その言葉に私は戸惑いました。
これは治療が必要な状態なのだろうか。こんなことで病院に行って、5,000円を無駄にすることにはならないだろうか。
しかし、体はこれ以上血を飲み込むことを拒否して吐き気も催しています。
お金のことは諦めることにして、「9時頃には着けると思います」と伝えて電話を切りました。
親に病院の夜間外来に行きたいことを伝えると、怒られました。
「病院に行きたいなら早く言え。もうビールを飲んだから送れない」
病院に行くことを否定したのはあなたなのに。
その時はそんなことを言い返す余裕もありませんでしたが、交通手段を失った私はタクシーを呼ぶしかなくなったのです。口の中が腫れ、綿を噛んでまともに会話することも難しい状態で。
この時ばかりは見かねた母親が付き添ってくれることになりました。