鏖一族の異世界鏖殺記
「この世界には職業とスキルという概念があります」
大凡300人前後の老若男女様々な年齢の人々が集まっていた。彼等の服装や年齢から考えるに高等学校程度の生徒と教師だろう。
殆どが若い男女であり、極一部が中年、老人だ。
「貴方達にはこの世界の復興と繁栄の為にその知識と力を我々に与えて下さい。我々は貴方達に当面の生活と安全を保証いたします」
そして、そんな高校生達を前に一人の女性が真剣な眼差しで言葉を告げている。異様な光景なのは、高校生は勿論教師陣に㉃全てが一切の動揺や隠れて話す事なく目の前で話している女を見続けているのとだろう。
彼等が此処に来る前、事前に神々が彼等に状況の説明をしたのである程度の冷静さはあるだろう。それにしても、物音一つ立てずに只々話を聞くと言うのは些か不気味であった。
「えっと……」
余りに静かな召喚者達に思わず女はたじろいでしまった。
全員が黙って女を見上げ、それから全員が概ね何名かの生徒や教師に目を向ける。それは非常に規則的であり、不規則であった。
「各部族長は参集せよ」
静かに初老の老人、つまり校長と思われる女が告げた。
「それ以外の者は各部族毎に集まり、反省と教訓を話し合いなさい。
そして、その事を元にこの世界でどうするかを各人ごとに考えなさい」
校長の言葉は実に静かだったが確実に全員に伝わった。
そして、まるで300人の集団が静かに裂かれて行き、幾数もの塊になる。
部屋の中央には校長と生徒に教師が集まった。
「さて、神と呼ばれる者達の話をそのままに我々はこの世界で生きていかねばならないそうです」
校長は実に穏やかに告げた。
「頭領、僕ン等の派閥はこの世界じゃウンコの役にも立てないよ」
開口一番、小柄でやる気の無さそうに学生服の下にパーカーを羽織った男子生徒が告げた。隣には更に小柄で目の下に酷い隈を作った不健康そのものを体現している美少女がフラフラしながら立っている。
少しダボついたブレザーたいぷの制服を着ていた。
「いえ、貴方達は最も必要な人材です。
我々は貴方達のお陰で随分と生き延びられました」
頭領と呼ばれた校長は静かにそう告げて頭を下げる。その場に居た全員が彼等に頭を下げた。
「うっひょー興奮する。チンチン大っきくなった」
男子生徒が馬鹿にしたようにそう告げると、女子生徒が男子生徒の正面にしゃがんでズボンのファスナーに手をかけようとした。
しかし、男子生徒が女子生徒の手を掴んで阻止。
「何してんの君?」
「りゅーチンチン大っきくなったって言ったからしゃぶってあげようかと思って」
りゅーと呼ばれた男子生徒がコイツどうすんだよと言う顔で眉間を押さえ、それから立ち上がらせた。
「後でやってもらうけど、今のは冗談だから。
頭領達への皮肉ね」
「そう。後でやるね」
「投げたボールが帰ってこない!どうした義務教育!」
男子生徒が空に叫び、それから続きをどーぞと校長を促す。
「諜報部は情報収集を。
討伐部は現状待機。工作部は工房の設置開設を。交渉部は私と共に」
解散、そう校長が告げると族長達はスッと各グループに戻って行った。
「ツー訳で僕等は僕等でやるから。
お呼び掛かるまで待機ねー」
男子生徒、加賀龍驤はそう告げた。加賀流暗殺術を扱う殺し専門の忍びで、獲物は毒。致死に至る猛毒を塗り込んだ剣やナイフ、針等を使う。
勿論、純粋な武術も相当な腕だ。無音で動き、最小限の動作で最大限の効果を発揮する。
「じゃあ、ぺろぺろシコシコ?」
そして、先程から眠そうな女子生徒は三笠摩耶。三笠流剣術を扱う外道武者の一族だ。外道武者とは正道、表で活躍した侍とは違い仇討ち暗殺、殺しに殺しを重ねた超武闘派の武者集団だ。
忍と違い個人に対しての静かな暗殺はせず、目撃者は勿論その場に居合わせたすべてを鏖殺する為、外道武者が出ると血の海になる。
そして、その中でも技の長門、力の三笠と呼ばれ二分してきた一派の一族が三笠摩耶の一族だ。
「それは夜になってから。
それより、武器あるの?」
龍驤はその場にいた残る三人を見た。一人は黒髪巨乳でグラマラスなモデルみたいな女性教師だ。新任の英語か国語の教師と言う雰囲気であるが、彼女は赤城鳳翔と言い赤城流格闘術を扱う忍である。
主にハニートラップで目標を絞めたり折ったりして殺する。勿論、道具を使った武術も出来るが素手の方が強いので余り使わない。
「私は無いです」
そして、鳳翔は外見通りの優しい声色でニッコリと告げる。
「死ぬまで持ってた短槍と刀」
「同じく死ぬまで使ってた刀二振り」
男女の生徒が両手に持った武器を見せた。二人は二卵性双生児で長門兄妹である。
兄の武蔵は長物を得意とし、妹の大和は両手に刀を持つ二刀流を好んで使う。
「じゃあ、摩耶は何時もの?」
「ん」
摩耶が取り出したのは金砕棒と呼ばれる物を短縮して大凡60センチ程の長さにした棍棒だ。
棘がついており、重さは5キロ前後ある。これは只々力いっぱい殴るだけで相手を無効化出来るすぐれものだ。如何なる防具を着てようとその一撃は凄まじい物で、自衛隊が採用している88式鉄帽と呼ばれるヘルメットを一撃で粉砕出来る。
摩耶の恐ろしい所は外見に似合わない怪力を持っている所だ。その力は格闘戦無敗と呼ばれる鳳翔よりも上で単純な殴り合いならば摩耶が最も強い。
そこには速さと技量が加わるが、普段はその怠け癖から“殴るだけで有効打”になるこの金砕棒を好んで使っているのだ。
なので、刀や薙刀と言った技量を要する武器を握らせるとその腕力と相まって凄まじい威力になる。
「この世界はどんな世界なんかな?」
「モスバーガーあるかな?」
早速暇になった5人の内ムードメーカー役の長門兄妹がそんな話をし始める。彼等は所謂脳筋だった。
「無いと思いますよ。
あの説明している女性の格好や周りに控えている鎧の方々を見るに所謂中世ヨーロッパと言うに相応しい世界観かと」
鳳翔がやんわりと彼等の話に答える。
「モスバーガーって何時からあったの?」
「少なくとも中世ヨーロッパには無かったと思います」
鳳翔と長門兄妹の会話を脇で聞いた龍驤は馬鹿だなーと笑い、それから脇に控える騎士に歩み寄る。龍驤の行動に全員が動作を止めずに視線のみを集中させた。
討伐部族長たる龍驤が動いたのだ。
「如何なされましたか?」
「この世界には魔法ってあるの?」
龍驤がにっこり笑う。その場に居た全員が動きを止めた。
「ええ、そうですね。
魔術、と呼んでいるものが貴方方の世界で言う魔法に近いかと」
騎士は失礼しますと告げて、左手の掌に野球ボール大の火の玉を出してみせた。
「火球と言う技で投げつけた対象を炎上させたり、火傷させます」
「僕等は使えるの?」
「スキルの内容次第です」
騎士がそこまで言うと先程説明していた女と校長がやって来た。
「加賀族長。どうしましたか?」
「あ、聞いてよ頭領。
この世界には魔法あるんだって。殺し合いして来ていい?」
龍驤がにっこりと笑い尋ねる。その笑みは実に年相応の微笑ましいもので、女も思わずどうぞと言いそうになった。
「駄目ですよ?
少なくともまだ駄目です」
「えー?楽しそうなのに」
龍驤は唇を尖らせて摩耶や長門兄妹、鳳翔に駄目だってさと残念そうに告げた。長門兄妹はちょっと位エエじゃんと不満そうに、アラアラと少し残念そうに鳳翔は眉尻を下げ、摩耶は興味なさそうに欠伸をかました。
「取りあえず、貴方方の為に食事とこの世界の文化や国を説明する場を設けております」
「まぁ、それはそれは。
では全員、移動しましょう」
校長の言葉に全員が異を唱えることなく静かに移動する。
薄暗い部屋から少し廊下を歩き、立食形式のパーティー会場の様な場所に出た。
討伐部は夫々の班が一斉に各方面に散らばり満遍無く油断なくあらゆる物事に対処出来るよう動いた。その中で頭領たる校長の周りから動かないのが龍驤達のグループだった。
彼等が到着するとお盆に飲み物を乗せたメイドや執事達が一斉に彼等に飲み物を配り出す。しかし、誰もそれを受け取らずメイドや執事の顔と服装を隈無く素早く観察した。武装しているかどうか?だ。
そして、ほぼ全員が何等かの武器を隠し持っていると知れると、全員が隠していた武器を取り出したのだった。悲鳴が上がらない。その場にいるのはそう言うプロだからだ。
最後に武器を抜くのは龍驤で、小烏造りの脇差しだった。左手にはカランビットナイフと呼ばれる独特な形をしたナイフを持っている。
そして、周囲を眺めると、取りあえず校長の隣りにいた女の首に刀の刃を当てる。
「殺してはいけませんよ。
どういう事ですか?何故全員が武装しているのですか?加賀部族長、食事を」
校長が告げると龍驤は貰った飲み物を一口含み、軽く口の中で回した後に吐き出した。
「毒も薬も入ってないよ」
それから別の討伐部の物が無作為に選んだ肉や魚を一欠片切ると口に入れて吐き出す。
「どれもただの魚や肉だね」
校長はそれ聞いて頷くと武器を下ろしなさいとだけ告げた。
「護衛用です。
ここに居る者達は皆一様に優秀な近衛です。貴方方を守る為に居るのでご安心下さい」
女の言葉に校長は軽く頭を下げて謝罪をした。
「申し訳ありません。
私達も感覚的に言ってまだ一日と経たない内に全員が殺されたので殺気立っているのです」
「いえ、私共も事前に説明をしておけば良かったと反省しております。
ですが、私達の力がなくとも貴方方は自衛出来るようですね」
女の言葉に討伐部から笑いが起こる。そして、討伐部部族長の龍驤は軽く首を鳴らしてから刀を納める。それに従って全員が武器を納めた。
「取り敢えず、僕は疲れた。
どこかユックリ休める場所無い?」
「これは申し訳ありません。
一応、隣に客室をご用意させて頂きました。用事がある場合は廊下で待機する私共をお呼び下さい」
女の言葉にメイドが一人前に出てきて案内致しますと一礼して歩き出した。龍驤チーム達はその後に続く。そして、それを契機に全員が思い思いの食事や雑談を開始し、それは女達から見れば不自然極まりない何時も通りの高校生達だった。
この未知の世界に不安が無く、ただただ日々の失敗や幸運を語り合っているだけだ。異世界に来たから明日の数学の小テスト無くなった、まだクリア途中のゲームがあった等実に下らなくどうでも良い話しかしないのだ。
実に不気味な光景は女を始めとする異世界からの来訪者を出迎えた全員を戦慄させるには十分過ぎるものであった。