四話 ルーマニアへの進軍
ヒトラーはそれを受けて、乾いた笑い声を出した。今や彼らは、死の恐怖から解放され、軽口を叩けるほどに安心しきっていた。
無理もない。なにせ少し前までは、圧倒的な物量を誇るソ連軍の攻撃にさらされ、ベルリン蹂躙の恐怖を感じていたのが、急にそれが取り払われたのだから。
翌日、ボルマンは総統の命令通り、護衛の一個大隊を伴って東方の油田地帯に進出した。
ドイツ東方のソ連占領下ルーマニアには広大な資源地帯が広がっており、ヒトラーはこれを融通してもらい、とにもかくにも燃料事情をどうにかしてベルリンの防衛を固めようという魂胆だった。これは連合軍が停戦したことを前提したものである。しかし、簡単に応じるとは思えないので、完全武装の大隊をともなって交渉に出発した。ベルリン市街にかろうじて残っていた戦車、パンター、タイガーを引き連れてである。
パンターの主砲の口径は七十五ミリ、タイガーは八十八ミリで、どちらも、いともたやすく敵戦車を破壊することができる代物だった。
ボルマンはヒトラーの秘書ともいえる立場の人間である。彼はとても頭脳明晰であり、陰でナチスドイツを支えつづけた立役者である。ただし、演説のほうは点でだめで、ナチスが彼に演説することを禁じるほどだった。しかし、軍事・政治の判断は優秀であったため、ヒトラーはボルマンの手腕にかけて、彼を交渉人とした。
ボルマンの率いる部隊は進軍開始直後、ある異変に気が付き一旦進軍を停止した。
地形が今までのものと明らかに違っているのである。いやそれどころではなく、前にはなかった川や滝が出現し、さらには動植物さえも変化している。
空には、今までの二倍はあろうかという大きな怪鳥が飛び回り、
地面には見たこともないような透き通る色をした美しい花々が咲き乱れている。しかし、ベルリンを覆っていた霧のようなものはそこでも地上を覆っていて遠方を見ても何も見ることはできなかった。
ボルマンは我が目を疑った。本当にここは私のいたヨーロッパなのだろうかと。
しかし、総統の命令を覆すわけにはいかない。仕方なく油田地帯のあるルーマニアまでの進撃を開始し始めた。
重装備ではあったが、ソ連軍との講和交渉時に対面を立てることを思えば仕方なかった。しかし、ドイツが必死にかき集めた精鋭兵士を選りすぐった部隊なので進軍速度は速かった。
歩兵を前面に立てそのあとに戦車が続いた。これは陸軍部隊が進撃するときの鉄則である。歩兵を前面に立てなければ、戦車が地雷などで擱座してしまったり、敵の銃砲の攻撃を正面から受けてしまうのを防ぐことができない。
部隊は大きな川の近くにつくと、一旦大休止をした。いくら精鋭部隊と言えども補給を取らねば進軍することなどできない。
ボルマンはそこで地図を広げた。その近くの川さえも本来あるべきでないところに位置していたものであった。別段、道に迷ったというわけでもないのに、こんなことが起きるとはだいぶん気味が悪かった。