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ログ・ホライズン二次創作集

アインスの旅立ち

作者: ランバルト




―― チュンチュンチュン。

 小鳥が鳴く声が聞こえる。朝の囀りが安らかに響き渡っている。

 昨日までの暴動事件が、まるで嘘かだと思うくらいの静けさが増して空気を穏やかにしている。

 アキバの街から数キロ離れた場所には、林の開けた並木道に数人分の〈召喚馬〉と〈白色硬角犀〉が数頭、横には数人の護衛と荷駄馬車が幾つか立ち並んでいた。


 もうじき、アキバを出ようとしている者達がいた。かつて〈ホネスティ〉のギルドマスターを勤めていた、アインス。そしてその一部の側近達である。

 見送りにはかつての側近だった男、シゲルを中心とした、元〈ホネスティ〉メンバーが集まっていた。


―― 優雅に扇子を揺らしながらも、悲しげな表情を浮かべる『菜穂美』


―― 寂しそうだが、それでも笑顔を見せる『ロビン・フッド』

 

―― いつもと変わらぬひょうきんな魔女『ゲルダ・ミスティリア』


―― 〈ホネスティ〉のムードメーカー『十条=シロガネ』


―― ギルドの母親的存在でもあり、心の支えでもあった『葉桜』


―― 所属としては短い期間だったが、〈ホネスティ〉の新メンバーとして励んで来た『雪丸』


 この他にもまた、かつてアインスと共に歩んできた、彼にとっては大切な仲間達の姿があった。アインスとレイネシアがアキバの権利を巡る総選挙から、数日が経った。一時は暴力事件の一件でバラバラにされてしまったが、ある程度のメンバーは集まっているだろう。


「アインス、もう出発するのか?」


「はい、シゲルくん達もお元気でいらしてください…」


 総選挙での疲れからか、アインスには、少々疲れが見える。恐らく先日の出来事で少々疲労してしまったのだろう…。


「俺達はアキバでそれなりに頑張るさ、だからオメェも色々と……達者でな」


「はい。菜穂美さんや皆さんも、どうかお元気で…」


「勿論です、ギルマス。それから、モノノフさんも、〈竜の都〉(あちら)でも元気で要らしてくださいね」


「大丈夫です、北米サーバーでも考古学の勉強を頑張ってみますよ」


 〈ホネスティ〉の学者の一人だったモノノフ23号、彼は途中までアインスと同行することになった。このヤマトの地から去り、北米サーバーに移住するらしい。

 ニッコリと微笑むモノノフに、菜穂美は少々顔を赤らめる。もしかすると、モノノフに好意を抱いてたのかもしれない。


 シゲルは、自分と同じくする側近だった、TOSHIとはるはるの方に顔を向き直した。


「TOSHI、はるはる。今のアインスを支えられるのはお前達ぐらいしかいない。俺の代わりに、アインスを守ってくれよ」


「分かってるよ、アンタも元気にしろよ?」


「………」


 暴力事件以来、アイツ(はるはる)の表情は未だに曇ったままだ…。それもしょうがない、彼女は長年〈ホネスティ〉に所属していた古参メンバーの一人だ。彼女にとって、アインスの敗北、そして敗北…いや、選挙の辞退は受け入れざる負えないことだったのだろう…。


「仕方がないことだ、これはもう決まりなんだ。俺達は負けたんだよ…(シロエ)に」


 TOSHIは、すっかり俯いているはるはるの肩に手を置いた。この二人は〈ホネスティ〉の中では古参メンバーに入る。時にはアインスに皮肉を言いながら、設立から十年の間、ずっと支えてきたのだ。彼らは表向きではないものの、やはりどこか、ギルドに対して心残りがあったのだろうか。



「しかしねぇ~、まさか僕らがいない間にそんなことがあったなんて…」


「何せ私達はその時は〈ウェンの大地〉に行ったり、〈フォーランド〉でクエストし、()()()()()()()している間に行っていたからなぁ~♫」


 シゲル達はアキバに帰還して来るまで、アインスが〈円卓会議〉を抜けたこと、そして〈アキバ統治府〉なんて設立しようと目論んでいたことなんて知らなかった。長い間、笑い合ったアキバの仲間達が、事実上の敵となって立ちはだかって来るなんて思いも寄らなかった。だから、シゲル達は〈ホネスティ〉の味方にも〈円卓会議〉の味方にもなれなかった。


「すまんな、あの時……俺があの場に居ればいざこざにならず、丸く済んだと思っていたのに……」


「悪いのは私の方ですよ。あの場に君が居たら、きっと賺さず私を宥めてくれた事でしょう。私は歯止めの効かない人間ですから」


「そうだな、だからこそ……お前にはシロエと分かり合って欲しかったよ……」


「……そうですね、私もそうしたかったですよ」


 アインスは、シロエと分かり合える事が出来なかった。シロエはアインスを信じていた。例え、どんな状況下であろうと……。アインスはそれに答えなかった。


「シゲルさん達は、本当にこのアキバに残るおつもりなんですよね?」


「まぁな、シロエ達がどうしてもって……というか、〈ロデリック商会〉や〈D3〉が、どうしても俺が必要みたいなんでね。高山も寂しがるだろうし……」


 だが、それでもシゲル達を必要としてくれる〈冒険者〉や〈大地人〉がいる。このアキバに、まだ自分達を必要としてくれる人間がいるのだと確認したのだ。


「私はアキバを抜けるつもりなんてないぞぉ~? ミナミの連中とは色々あったからなぁ~」


「全く、お前って奴は…」


 能天気すぎるゲルダの前に、シゲル達は呆れながらため息をつきながら苦笑いを付いた。


「まぁ、アインスのやり方が間違っていないとは言っていない。寧ろアインスの方が半分正しかったかもしれないが、アインスが絶対に勝てないと理解していたのも事実だ。シロエはそれを理解して〈都市間転移門〉トランスポート・ゲートを開いたのだろう」


「……そうですね。私は最初から勝てない、いえ勝てっこないゲームに挑んだのです。それでも私は後悔しておりませんよ?だって、自分で決めてしまった事ですから」


「成長したな、お前も」


「シゲル君こそ、〈フォーランド〉やミナミでの戦いで色々と変わりましたね」


「あっちでは色々な目にあったからな…」


 "イースタルの冬薔薇(レイネシア姫)"と"白衣の賢者(シロエ)"に負けた哀れなギルドマスター『アインス』。夜逃げ同然に逃げ出したアインスを尻目に、〈ホネスティ〉に所属していた1200人前後の〈冒険者〉達は脱退を承認。アインスの真意を知っている、三十五人いる幹部達を除いて、脱退した者やアインスを支持していた〈大地人〉や〈冒険者〉達はアインスを只管罵倒した。

 側近の中には、TOSHIやはるはる、仲裁に入ったシゲルの様に、アインスの評判を下げまいとフォローに回る者もいた。当然、そんな奴の言葉なんか耳を貸す訳がない。それが原因で、アインスを忌み嫌う〈冒険者〉達からは、「アインスを擁護する火消しの犬」と蔑まれ、暴力事件や乱闘騒ぎまで勃発した。

 その拡張していく騒ぎの中で、遂に斎宮トウリとマルヴェスは、その拡張していく騒ぎの中で、遂に斎宮トウリとマルヴェスは、アインスと志願者達をミナミへ連れ帰る事となった。つまり、アキバの人間からしたら一種の流刑である。

 その直後、新生〈円卓会議〉の設立により、〈ホネスティ〉は解体される事が決定した。既に残された三十五人の内、二十二人の〈ホネスティ〉幹部は、新たに歩むべき道を決め、アキバ残留組として〈ホネスティ〉を脱退していった。『シゲル』、『菜穂美』、『ゲルダ・ミスティリア』、『ロビン・フッド』、『雪丸』、『葉桜』、『十条=シロガネ』などは、アインスの頼みを断りアキバに滞在、事実上〈ホネスティ〉からの脱退が決定している。

 残された十三名のメンバーは、『アインスに付いて行きたい』と選び抜かれたミナミ組の〈冒険者〉達である。側近である『TOSHI』と『はるはる』、『クールジェット』、『吉介』など他八名。最後までアインスに付き添っていったギルドメンバーに加え、アインスの古い知り合い数人やマルヴェスや斎宮トウリの従者達なども同行。合わせて四十人くらいだと思われる。全員アインスと共にミナミへ放浪する旅に向かう。


「旅立つギルマスのアインスと四十人の仲間達、マルヴェス、そしてキュウリとかなんとかいう斎宮の坊や…いやぁ~、まるでどこかの絵本みたいな様だなぁ?」


「とすると、アインスくんはカシムで、TOSHIくんやマルヴェスさん達は盗賊の盗賊って訳か、面白いねぇ~」


「つまらない冗談はやめろ、馬鹿ッ」


「場を和まそうとしたのだよ~」


 プークスクスと、しんみりとした空気をブラックジョークでぶち壊し、思わず笑いを零すゲルダとロビン・フッドの二人。だが、当のアインス本人は、「フフッ」と笑いを零した。


「全く、大層な事をしやがって……選挙を放棄してアキバから脱走するなんざぁ、どんな悪党だよ」


 モノノフ23号の知り合いでもある、北米サーバーのソロの〈冒険者〉『ヨサク』もそこにはいた。彼はモノノフを迎えに来たのである。彼はモノノフからの報告で〈ホネスティ〉の事情を大体は把握している。


「ヨサクさんにも、迷惑を掛けてスミマセンでした…」


「いいんだよ。でもよ、北米サーバーへ移っちまうのはやりすぎなんじゃないのか?」


「もう、いいんですよ。ヤマトサーバーで僕の役目は終了しました。今後は北米サーバーで頑張っていきたいと思います」


 モノノフはアインス達と暫く同行した後、〈妖精の輪〉を利用して北米サーバーの〈ウェンの大地〉まで移動するらしい。ヨサクと言う男は知り合いの仲間達と共にフォルモサで活動しているのが、一時的に挨拶にやって来たのだ。本来ならば、ミナミ近隣の〈妖精の輪〉のタイムテーブルには北米サーバーは通じてはいないのだが、中国サーバーの〈妖精の輪〉から経由して渡米するらしい。


 〈三月兎の狂宴〉と〈モンスター生態調査部〉の六人は独立を決定、かつてのギルドの支え役だった葉桜は〈海洋機構〉に、十条は長い付き合いである月詠とタクミの三人で〈黒剣騎士団〉への異動を決め、皆其々新たな道へと歩みだした。


 今のシゲル達にはもう、アインスの側近としての立場では無くなっている。〈ホネスティ〉脱退許可も、ギルドマスターのアインスの承認により、既に降りている。

 本来ならば、彼と共に歩むべきだったのだろうが、アキバ中で「火消しの犬」と蔑まれ、疎まれる存在となってしまった。そんな孤立した状況を、彼らは黙っていられなかった。

 だからこそ、此処に残る事に決めた。勿論、アインスへの擁護の為ではない。アキバでは、未だにアインスを非難する声が多々あるだろう。アインスがこのアキバに残していたものが無くなってしまう。だからこそ、彼らは、シゲルはこのアキバに残った。シゲル自身が、アインスが残しておいた()()()()()でもあるからだ。


 アインスはシゲルの顔を覗くと、安心したかのように微笑んだ。


「……シゲルくんもギルド、作るんですよね?」


「あぁ、他に穏健派な奴らを見つけてスカウトしてやる予定さ。まぁ、ゴチャゴチャ抜かす奴には尻を叩いてやるさっ」


「……フフッ、今の私なんかよりもギルマスらしいですね」


「ヴォルト達チビ助共だって居るし、〈シャンシャン〉のメンバーだって支えてくれる。そんなに心配しなくたって大丈夫だって!」


「そうそうっ、〈暗黒覇王丸〉も僕らに資金援助してくれたしねぇ~」


「それは凄いですね。彼らは私が評価する数少ないギルドですから、きっと頼りになるでしょう!」


 だが、アインスは〈暗黒覇王丸〉の連中を凄い評価していた。周囲の連中が驚愕しながら「おい、何時そんな連中と知り合いになった!?」とゲルダに問い詰める。そりゃそうだ、傍から見れば癖のあるPKKギルドとの連携さえ不可能に近いと言うのに……。


 シゲルが作る新しいギルドにはゲルダ、ロビン、雪丸、セシルなどの元〈ホネスティ〉のメンバー、ヴォルトやビート率いる元窃盗団の子供達などが中心となった、〈三日月同盟〉の様な『互助(サポート)系ギルド』になる予定だ。


―― 最初から、こうすれば良かったんだ。


 戦闘も生産も得意ではない〈ホネスティ〉が、最終的に辿り着いた道。特出した人材も無く、大した戦闘能力を持っているのも数少ない。出来るのは情報蓄積と知識共有だけ、けれどそれは一部のギルドの人間だって、それくらいの事は出来る。そんなのが非常識なギルドが、本物の戦闘系ギルドと言えるのだろうか?

 だからこそ、シゲルは思った。別に、戦闘系を目指さなくたって良いんじゃないかと。戦闘も生産も出来ないんじゃない、戦闘も生産も出来るギルドを作れば良いんだと。


「私は楽しみにしていますよ、シゲル君が作ったギルド」


「新生〈円卓会議〉に出入り出来る様になったらな!」


「大きく出ましたね、君らしいっちゃ君らしいですが……」


「ですが、シゲルさんはどうしてアキバに残ることを? アインスさんに付いて行ってもも良かったんじゃ…」


 十条=シロガネは不思議そうにシゲルに尋ねた。


「いや、俺はもうアキバに未練を残しちまった。もうこの街は俺の故郷みたいなもんだと、思っちまったもんでな」


 今でもどうしてそうなんだって思う。何故、俺はアキバに残ったのだろうと。愛着が沸いたのかもしれない。大切な連中がいるからかもしれない。

 もし、俺がミナミへ行ったら、カワラやナズナ、高山と言った親しい連中と対立しなければならい状況になるのか、はたまたアキバとミナミが和解し、再び巡り合えることが出来るのか、定かではない。


「そうですわ、折角〈ホネスティ〉の主要メンバーの皆さんとお別れするのは寂しいしけれど、アキバには私達を歓迎してくれる場所だってありますもの!〈マダムsサロン〉も、引き続きこのアキバで頑張ってやっていきます」


「別にミナミで活動しても構わんだろう?」


「まぁ、それは良いアイデアね!」


「俺からの誘いを断る気か?」


「じょ、冗談ですっ、意地悪ねシゲルったら!」


「ま、これで俺達は完全にアキバの仲間入りだ。だが、元側近としての最後の役割はさせてもらうぞ」


 シゲルは、他の面子よりも前に、先頭に立った。そして、アインスに向かって一礼をした。





「今までありがとう…心より、感謝する…」





 シゲルは側近としての代表として、そして今の今まで、共に歩んできた仲間として、ギルドマスターへの感謝を捧げたのだ。その潔さに、アインスはニコリと微笑みながら笑顔で返した。


「……私もです、ここで最後まで私達を信頼なさったアナタ方を、本当に感謝しています。ですが、これでお別れなんてあまりにも寂しいと思います…」


 シゲルの後ろに控えていた連中は「そうだな」「私もですわ」「当ったり前だろ?」と、シゲルに同調するかのように、優しいの言葉をアインスに向けた。


 アインスはアキバに残留したシゲル達に、ほんのりと笑顔を向ける。


「もう、殆どの〈ホネスティ〉だったメンバーは、私を酷く恨んでいるのでしょう……。ですが、それでも良いんです。どうか、あなた方だけでも、アキバで幸せになってくださいね……」


「安心しろ、お前の分までアキバを守り抜いてやる。だから…――」


「先生、私は決して貴方のことをお忘れしません……。例えどんなに貴方が罵倒されても、例えどんなに貴方が貶されても、蔑まれても憎まれても…それでも私は先生の味方をしたいのです……」


「菜穂美さん……」


「僕達、アインスさんが頑張ってきた〈妖精の輪〉研究を引き継ぎます。ゲルダさんやフェラクくん、〈ロデリック商会〉の皆さんも協力して貰ってくれるので、安心してください」


 ゲルダの口伝により、サブ職業が〈料理人〉&〈学者〉となった雪丸を中心に〈妖精の輪〉の研究を引き継ぐ事になった。心無しか、前よりも凄く逞しくなっている様な気がする。


「我々だって忘れませんよ」「ミナミでも頑張ってちょうだいな!」と、十条=シロガネと葉桜もにこやかにアインスに向かって励ましを込めた言葉を送った。


「ま、モノノフも精々北米でも頑張れよ~。モノノフはあっちにも仲間(・・)がいるしな」


「黙っててください」


 モノノフはゲルダの脳天目掛けてチョップした。ゲフッっと、声がしたがまあ気にしないでおこう。


「何をやっておられるアインス殿、そろそろ行くでありますよ!!」


 後ろに控えているマルヴェス卿が大声で叫んでいる。どうやら旅路の準備が終わったのだろう。いよいよ出発の時だ…。


「では、皆さんそろそろ……」


「本当に、さよならだな……」





「アインスよ、仲間との別れは済んだか?」


「はい、それはもう十分に」


 互いに並んだ〈召喚馬〉に乗ると、斎宮トウリはアインスに仲間との会話について問いただした。


「そうか、余も満足であるぞ」


 アインスの言葉に、トウリは少し嬉しそうに口元を微笑ませた。その表情にアインスもうっすらと笑った。


「それでは、出発するありますぞ!」


「……行きましょうか」


 マルヴェスの掛け声と共に、アインスが遠くへ旅立ってしまう……。かつての仲間達と共にアキバを離れてゆき、かつての仲間に見送られながら、ゆっくりと西へと向かう。


 最後に、アインスはシゲル達に向かって大声で叫んだ。


「ありがとう、皆さん! どうか、お元気で……!」


 アインスの呼びかけに、周りの仲間達は手を振りながら大声で呼びかけた。


「あぁ、ありがとうな…」


 遠くからだが、アインスの目に涙が滲んでいた。隣で見ていたゲルダ達の視界からは見えなかった様だが、シゲルには勘付かれていた。


 近くの木陰には、アキバ残留組の幹部が一人、『土方歳三』がひっそりと木陰から覗いていた。彼も見送りに来たのだろうが、奴は残留組の中で一足早くギルドを抜けた身だ。


 シゲルは木陰に隠れていた土方に近づき、声を掛けた。


「良いのか? 最後までアインスと会話しなくても……」


「いや、下級幹部である身の私には、彼と面識する権限はない。第一、私はこのアキバから離れる事を決めたからな」


「夜櫻からの誘いか」


「どうしても、付いて来いとしつこくてな。あの人にも苦労するよ」


「お前これから、どうするんだ?何ならウチのギルドに……」


「いや、俺には別にやりたい事が増えた。これからはソロとして活動するよ。だが、俺は先生と共に歩んだ日々を絶対に忘れない。西への旅路に幸あれ」


 そう呟くと、彼はアキバの街の方へゆっくりと歩み去っていった。恩師(ギルマス)の顔を素直に見れなくても、心は通じ合っているというのか…。


「やれやれ、彼奴も素直じゃないなぁ~?」


 ゲルダはやれやれと笑いながらシゲルに肩を置いた。





 各々、それぞれの新しい場所に帰る中、シゲルのみはただ一人、この場所に残っていた。ある頼みごとをした人物と会う約束をしていたのだ。その人物は、自分の〈戦馬〉に乗って此方へやって来る。


「よぉ、『鬼武者(おにむしゃ)』。いや、今は『()()()()()』とでも呼んだ方が良かったか?」


「どちらでも構わん」


 〈黒剣騎士団〉のギルマス、アイザックにはシゲルの身分(正体)が露見されてしまっている。本来ならば、アイザックにとって元PKKプレイヤー『鬼武者』の存在であるシゲルは疎ましい存在だったであろう。だが、今はお互いに〈冒険者〉としての立場を弁えて接している。本来ならば、不名誉過ぎる異名も、シゲルにとっては清々しいくらいだ。アイザックは〈戦馬〉から降り、シゲルの前に立つ。


「リーチャー達の件、感謝している。お前さん達のお陰で彼奴等も元気になったからな」


「まぁな、俺も外道じゃねぇし、全員面倒見て上げたぜ。ったく」


「だってよぉ、〈ホネスティ〉側から依頼されたら、お前絶対に断っただろうに」


 元〈ホネスティ〉のやる気のない連中(リーチャー)を、〈第八〉(カラシン)に異動させる様に頼み込んだのはシゲル自身だ。増え続ける〈ホネスティ〉の「リーチャー」達を鍛えなおす為にはまず、その精神を鍛え直す所からだ。だからこそ、〈黒剣〉(アイザック)が頼りになると考えた。だが、アイザックは堕落してしまった〈ホネスティ〉を快く思っていない。そこで俺の頭の中に浮かび上がったのはカラシンだった。とどのつまり、一度カラシンに経由させてもらったのだ。


 こう他愛もない会話が続く中、アイザックの顔が真剣な表情に変わった。


「けどよぉ、俺達〈円卓〉側に味方をしなかったのは許してねぇからな」


「……立場上、〈ホネスティ〉側だから裏切れなかったんだよ。腐っても〈ホネスティ〉の副官だしな。それに、裏から助けて上げてただろうがっ」


 総選挙中は〈ホネスティ〉を離れられない為に、〈都市間転移門〉トランスポート・ゲートを動かす為、ゲルダと共にシロエや〈海洋機構〉と〈ロデリック商会〉の協力の元、裏で手を回していた。


「うん、まぁ、それについては感謝してるけどよぉ……」


「アインスに言いたい事言ってくれてありがとうな。俺ではただの甘えになってしまう」


 シゲルはヘラヘラと笑い、顔の曇りを誤魔化そうとした。目の前にいる〈黒剣〉のギルマスに弱みを握らせない為だ。

 アイザックとシゲルは、表向きでの相性は良くない。慎重かつ頭でっかちで卑屈な性格であるシゲルはアイザックから見ればただの頭の良い頑固者でしかなく、脳筋ゴリゴリな特攻野郎であるアイザックをシゲルとしては、壁を遠慮なく突き破る危なっかしい奴にしか見えない。一見、反りが合わなそうな二人だが、実は性格が合わない訳ではない。寧ろ、根っこの部分の性格は同じである為、意外にもウマが合うかもしれないのだ。


 そんなシゲルの顔を見ながら、アイザックは何かを諭すような様子で話を続ける。それは、シゲルにも心に突き刺すような内容だった。


「アインスがアキバへ戻ってくる可能性も真に許される可能性も、限りなくゼロに近い。でもよぉ、アキバの連中からは、奴はミナミを売った売国奴だと認識されている。そんな悪評を鎮めるのが、アンタの役目だろう?」


 アイザックの忠告に対し、「……あぁ、そうだな」とシゲルは答える。


「俺はさ、もしもアインスじゃなくて、アンタがギルマスやった方が絶対に良かったと、今でも思っている。そうすれば〈ホネスティ〉はあんな風に思い詰める事も思い悩むことも無かった。俺達ともそんなに険悪な雰囲気にもなる事は無かった」


「……彼奴は何かと追い詰められやすい性格だからな」


 確かに、アインスにはギルマスとしての才能は無かった。いや、正確にはギルマスとしての性格ではない。アインスには、誰かを諭すことは出来ても、誰かを纏めて導く存在にはなれなかったのだ。

 そして、そうさせてしまったシゲル自身にも責任がある。アインスを支える立場でありながら、シゲルは何もしなかった。何の助言も与えなかった。ギルドの空気が嫌で、本当はギルドから離れたくて仕方なくて、そいでもってギルドを弱く見られたくなかった。今考えると、何でそんな事で思い悩んでいたのか分からない。本当は知ってたはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()のだと……。


「本当に大人げない、俺は副官失格だ。誰も責める権利すらねぇ、俺は今の今まで何をやってたんだ」


「……アンタは悪くねぇよ。いや、正確には悪いのは斎宮家であってアインスでもアンタでも〈ホネスティ〉自体でもねぇ。それはシロエもレイネシア嬢だって知っている」


「……俺は、アインスの様に優しくはねぇよ」


「それで良いじゃねぇか。俺も同じだし」


 アイザックはくすりと笑うと、空を見上げながら更に続けて言った。


「俺だって誰かを救える程の優しさなんて持ち合わせちゃいねぇ。彼奴だからこそ、あの純粋過ぎる馬鹿だからこそ出来た話だ。例え、アンタがアインスをどう思おうと、俺の知ったこっちゃない。だけどな……―――」


 アイザックはそう呟くと、シゲルの肩に手を置いた。そして、こう続ける。


「アンタの選択は、間違っちゃいなかった。それだけでも十分だ」


 不思議とニコニコと笑いながら、悪意も何もない顔で語る男に腹は立たなかった。ゲーム時代では、互いに気に喰わない存在同士だと思っていたが、今はこうして語り合えているのだ。


「さて、俺もさっさと帰るとするか。()()のギルドが待っているんでね。アンタも変えるんだろ? 頑張れよ、新生〈ホネスティ〉のギルドマスター」


 アイザックは再び馬に乗り、後ろ向きに手を振った。


「何時かアンタの思いが、アキバに届きますように」





 ……変わんねぇな、俺も、お前も。でも、その方向性は全くの別もんなんだよな。憧憬と嫉妬は似ているようで全く違う、鏡面存在の様な物。俺とお前が抱いていたシロエのイメージは全く違う物だった。

 ゲーム時代のチャットを見返した時の思い出は酷かった。〈茶会〉に対する嫉妬や侮蔑に罵倒などなど、自分達の努力が実らず、それに対して八つ当たりをしていた。

 俺は幹部である事と、ある程度歳を重ねていたせいもあってか、大抵はアインスや他の穏健派と共に悪口を言う奴等のフォローに回っていた。だが、内心では憤りと疑念を抱えていた。「何でこんな奴等がトップ10に入っているんだろう」って見下していた。あの時、ソウジロウとの揉め事で、シロエやカナミに出くわした瞬間、俺の心の中に何かが芽生えるまではな。


 アインスが負けた理由としては、単に実力の差だった。性格はアインスが弱い訳でもなく、無能な訳でもない。アインスには荷が重すぎたのだ。そして、周囲があまりにも異常で、特出し過ぎていた。〈円卓〉の中核だったクラスティ、戦闘ギルドのトップ格であるアイザック、有能すぎた三大生産系ギルドのギルマス、精神的に滅法強いマリエールとソウジロウ、そして……シロエ。そりゃ、勝てる訳がない。いや、勝てる可能性があったゲームに挑み、勝ちが確実なゲームを勝たせてくれなかった。なんて残酷なんだろう。


 〈円卓〉を嫌っている訳ではない、アキバを拒んでいるつもりは無い、ギルドが嫌いなわけじゃない、ただギルドが弱いと見られたくないわけでもない、俺は怖かったのだ。ギルドが戦闘ギルドとして、本当に成り立っていたのかどうか……いや、そもそも〈大災害〉後の〈ホネスティ〉が、ギルドなんて呼べたのだろうかと。


 俺のやった事は、アインスへの裏切りだ。〈ホネスティ〉を見捨てて、結局は〈円卓会議〉(シロエ達)の味方をした裏切り者で卑怯者だ。そして最終的にはギルマスを擁護した犬として蔑まれ、アキバにも〈ホネスティ〉にも居られなくなった男だ。そんな奴でも、自分を受け入れてくれた人がいる。そんな俺を仲間として見てくれる人がいる。俺をまだ必要としてくれる人達がいる。


 けれど、親友達との思い出も、楽しかったレイドも、ワーカホリックになるまで夢中になった研究も、フィールドワークも、アキバでの交流も、自分にとってはとてもとても楽しかった。それを独り占めした挙句、俺は逃げ出したのだ。


 弓禰宜の友人は、決して戦闘も戦術も得意ではなかった。ハッキリ言って、レイド向きの性格でもないし才能も無かった。それでも、一生懸命頑張って、戦って、作戦を考えていた。どうやったら攻略出来るのか、どうしたら強くなれるのか、どうやって困難を乗り越えられるか。只管、考えて地図を作って、そしてそれを駆使して途轍もなく、限りない、精いっぱいの努力をしていた。けれど、それは才能の無さを補う為に「情報蓄積」と言う建前を装っただけの()()()でしかなかった。

 自分はこう思った、「あぁ、彼奴は俺が支えてやらないと駄目だ」と。当の本人が統率力からしても、精神的観点から見ても、戦闘ギルドのギルマスに全く向いていない事は、最初(ハナ)から分かっていた。それでも、アインスは「誰にも作れない優しくて強いギルドを作る」、そう心から願ったのだ、心の底から。俺はそんなアインスに強い希望と可能性を求め、いつの間にか無意識に押し上げ、そして祭り上げていた。案の定、結末は残酷で非情なものだったがな。


 この世には真なる正義のヒーローなんて何処にもいない。このセルデシアにさえ、欺瞞と理不尽だけが残る世界だからこそ、アインスは作りたかったのだろう。その夢物語がただの偶像に過ぎなかった事を理解しながら。そう知っていながら、俺は彼奴と今まで寄り添ってきた。

 考えてみれば、意外とアインスとの時間は長かった時間のかも知れない、と感じることもある。いつか、彼奴が、アキバの〈冒険者〉達に許される時期が来るのだろうか、アインスを死ぬほど憎んだ〈ホネスティ〉の仲間達と、何時か和解が出来る日が来るのだろうか…? 彼がもう少し、冷静になっていれば、こんな事態にはならなかったのではないのだろうか。


 けれど、これで良かったんだ。これで、良かったんだよな……。


 現時点でのアキバでのアインスの評判は途轍もなく酷く、最悪だ。彼への罵倒と憤りの言葉が入り混じった怒号が響き渡る街でも、彼は、それでもアキバを見捨てることが出来なかった。

 奴や〈ホネスティ〉の汚名を挽回させるために、俺たちは此処に残ったのだ。奴の努力も方向性も、決して無駄にはしない。

 そんな俺も救われたのだ。自分自身との迷いを、断ち切って、新しい一歩を踏み出したのだ。一人の〈冒険者〉の始まりも、またここから始まるのだ。



「さて、俺も帰るか。()()のギルドへ」



・アキバに残留した元〈ホネスティ〉メンバーのその後について

 なお、〈ホネスティ〉を脱退した大半のメンバーは〈第八通商網〉に吸収されたが、幹部達はそうでもない者が多く、それぞれ好きなギルドに移籍したらしい。

 例えば、〈モンスター生態調査部〉の六人は独立し、十条=シロガネ、月詠、タクミなどの戦闘力のある幹部達は〈黒剣騎士団〉などの戦闘系ギルドに転属した。特に女性メンバーであり美女でもある月詠は〈黒剣〉メンバー一同に大歓迎され、暖かく?迎えられたらしい。どうして妖艶な美女である彼女が、男だらけの〈黒剣〉に足を踏み入れたのかと言うと、元々は十条のみが移籍しようと考えていたのだが、月詠が「私が暴走しやすい男共の尻を叩いてやろうと思ってね、少しでもストッパーが必要でしょう?」と、ノリノリで(タクミと共に)ちゃっかり着いてきたのが理由。寧ろ、新たな女傑が舞い込んできたとアイザックは頭を抱えたらしい。なお、レザリックは新しいドS仲間が増えて絶賛の声を挙げた。

 葉桜は知り合いのミチタカがギルマスをやっている〈海洋機構〉への転属が決まった。実は葉桜は、ミチタカが勤めている工場にある売店のおばちゃんで、彼とはある意味知り合いな関係らしい。

 マダムこと副官の一人である菜穂美だが、彼女は高山三佐に〈D3-PG〉に来ないかと勧誘を受けていたらしい。彼女自身、かなり悩んでいた為、この件については保留にしておいていたが、総選挙後にアインスに相談した際に諭されたらしい。

「貴女はもう自由の身です。もうギルドと言う括りに縛られなくて良いんですよ。だから、貴女は好きな道を、自分だけで選んだ道を進みなさい」

―― 自由の身だなんて、彼には感謝以外なにもなかったのに。何故なら、自分にとって久しぶり過ぎる日本で、日本語をまともに話せなかった自分にとって、非常に窮屈な世界を広げてくれたのは彼だったから。もし、彼が話しかけてくれなかったら自分は路頭に迷っていた所だっただろう。

 奈穂美は決心を決めた。だから、高山の勧誘を受けず、菜穂美は俺のギルドに入る事にしたのだ。共にアインスの汚名返上を目指す為に。

 土方歳三は今後、ソロプレイヤーとして活動していく模様で、今は夜櫻と行動を共にしている。下部ギルド〈三月兎の狂宴〉も独立を決定。元々、アインスの方針にはあまり賛同出来ずにいたらしく、こうなる事を把握して計画済みだったらしい。


 なお、やはりアキバでのギルドの評判はやや辛辣。シロエやにゃん太、マリエールの様な寛容な人物や、アイザックや高山三佐などのある程度の理解力のある人物などは今でこそ落ち着いてはいるが、アキバの街全体での評判はかなり悪いらしく、『勝負から逃げ出した臆病で卑怯者なクソ糸目ヤローの部下』とまで軽蔑される始末。総選挙の事件みたいな悪質な事態を引き起こすんじゃないかとヒヤヒヤしている者も多く、全体的に〈エトワール〉についてあまり良い感情を持っていない。当のギルドマスター、シゲル本人は全く気にしていないらしく、「少しでも多くの信頼を獲得できれば、次第に認められていくさ」と、心の広さが受け取れる言葉を残している。


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[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 >アキバ近郊の近くには、もうじきアキバを出ようとしている者達がいた。 ”近郊”と”近く”が重複しているので、どっちか不要 >「勿論です、ギルマス。それから、モ…
[良い点] 感想のお返事を拝見した上で…今一度、感想へコメントを送らせていただきました。 >土方さんはアインスさんを裏切り者だと考えて激怒。 土方さん(とっしー)は、〈ホネスティ〉内での立ち位置…
[一言] 違うんやぁ。 土方さんは櫻華さんのオリキャラでヨサクさんはにゃあさんのオリキャラなんやぁ。 そんでモノノフ23号は僕のキャラですけど。 だからそれぞれで許可取らんとアカンのですわ。 各々タ…
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