表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディアメル  作者: AO
1/1

キャラメルフラペチーノ

「ちゅーーーーーー」


シェイクみたいな飲み物、すする音。


目の前の少年が、ふと、顔をあげた。


カフェのような場所にいた。騒がしいはずの周りの音が、ぜんぶ一気に遠くなった。


「なにみてんの」


綺麗な目だな、そう思った。


「これ欲しいのあなた」


あんまりこちらが見つめるからか、訝しげに眉をひそめた少年に、私は我にかえる。


「あっ、違うの、ごめんなさい。私、えっとここ、カフェ?あの、どうしてここにいるか、わからない……って、ごめんなさい、いやいや、私、え?どうしてあなたの向かいに座っているの?」


少年は、ただでさえ大きな瞳を、ますます真ん丸くさせて、そして笑った。


「あっはは。変な人だってそれ!」


少年が無邪気に笑う、美しいと思った。そして同時に、懐かしいような、永遠に手が届かないような切なさが、ぎゅっと心を握ってきて。


見たことのあるような配色のカフェ、私はいつもここで勉強していたんじゃなかったか。けれど、この席の配置や内観は初めて。知らない場所の店舗に来たか。


でも待って、どうして?


少年の席の向かいに、私は腰掛けているけれど、店に入ってそこに座った記憶がない。

全ては突然に、向かいの少年が顔を上げてからの記憶ばかり。


「何か頼んできたら?時間はまだたっぷりあるよ」


キラキラ煌めいて色の変わる瞳、まるで新しいオモチャを見つけた猫のよう。


「ええと、キャラメルフラペチーノお願い。おかわり」


初対面のくせに図々しいにも程があるだろう、と席を立って気付く。全く嫌ではないのだ。私は、彼を、知っていただろうか。


カウンターで、キャラメルフラペチーノと、いつものカフェラテを注文する。……いつもの?私はここに勉強しに来るんだっけ、なんのための勉強を?


服を着たままプールにでも浸かったみたいに、鈍い。思考速度が追い付かなくて、端から溶けていく。


「お客さま?」


「あっ、すみません。いくらでした?」


席に戻ると、少年が嬉しそうな表情で手を伸ばした。


「ありがとう!」


に、憎めない笑顔である。15歳にも、25歳にも、見える。彼は誰だ。


「あはは、あんた誰って顔してる」


「そう、それも知りたい、なんでここにいるのかも知りたくて、でも私、何も思い出せないの」


おかわりをちゅーっと吸いながら、少年が微笑んだ。


「そうだろうね、心配しなくて良いよ。それが当たり前だ」


意味がわからず首をかしげる私に、彼は驚くべき一言を放った。


「これは、あなたの夢の中」


「えっ!こんなに、リアルなのに?」


カフェの喧騒や、ガラス扉の奥を行き交う人の波まで、とことんリアルなのだ。隣の席にかけている2人組だって、夢中で旦那やらの愚痴話に花を咲かせていて……私が私を思い出せないこと以外は、全てまるで現実のようなのに。


「ふふ、その顔、いっつもするんだから。あと、カフェラテなら2砂糖、コーヒーなら3砂糖3ミルク。いい加減にしないと、毎日飲んでたら絶対健康に悪いって」


どうして、わかるのか。シュガースティックの封を開けようとしていた手が止まる。


「あのね、夢の中にいて、これは夢だと気付くことにどういう意味があるか、わかる?」


わかるわけない。ただでさえ混乱している頭に、謎かけのようなことを言われても。


私の表情を見て、少年がやれやれと、ストローを弄ぶ。


「それは、夢の内容を自由に変えられるということ。あなたの願うように、全てを変えられる。それは現実をも変えていく」


それでもわからない、顔に出ていたのだろうか。少年が、こちらを見ながら大きく伸びをする。


「あなたがここに来た理由。何を望んでいるか、その目的が分かる日がすぐに来る。……なんか、謎だらけって顔してるね。質問あるなら聞けば」


「はいっ!」


「……生徒かよ!はい、そこ!」


やっぱり、笑顔が、とても懐かしい。きっとこの少年と会うのは、初めてではないのだろう。


「失礼ながら……おいくつですか?」


少年は目を丸くさせて、次の瞬間なんだか物凄く面白いことを聞いたみたいに笑い出した。


「あはは!これは初めて!今回はいつもと違うように、行くんじゃないかな……ええと、そうね、身体は23歳かな」


いちいち答えが謎だらけの少年である。私が彼を思い出す手掛かりは、何か無いか。


「ええと、じゃあ、名前は?」


少年は、にっこり微笑むと、予想もしない答えを返してきた。


「付けてよ、名前」


「ええ?!私、あなたのことを知る手掛かりは何か無いかと……」


「そう言われても、これがすべて。さ、名前は?」


エサをちらつかせた猫のような、期待に溢れる瞳。やっぱりそう、猫っぽいのだ。


「……キャラメルフラペチーノ!」


「やだ。ながい」


「えぇ……じゃあ、キャラメル!」


「人を犬や猫とおんなじように扱うのやめて?」


「ううん……メル?」


「ね、人の話聞いてた?」


可愛い顔に、思わず笑ってしまう。23歳と言われると、とてもそうは見えなくて。


「キャラメルフラペチーノっぽいんだもの。ほっぺすぼめて、ちゅーってすすってるの、小動物みたいで……!」


ふて腐れたようにこちらを見る少年。もう少し真剣に考えないといけないかと、椅子に座りなおす。


「……いーよ、それで」


「え?キャラメルフラペチーノ?」


「違う!さいごの」


「あっ、メル?」


あの、懐かしいような笑顔で、少年がこちらを見る。


この「夢」は、どこに続くのだろう。何のために在るのだろうと、ふと思った。

それでも、彼に会えるのならば、それだけでここに来る価値があるのではないか、


そう思ったあたりで、急に全てが暗く沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ