キャラメルフラペチーノ
「ちゅーーーーーー」
シェイクみたいな飲み物、すする音。
目の前の少年が、ふと、顔をあげた。
カフェのような場所にいた。騒がしいはずの周りの音が、ぜんぶ一気に遠くなった。
「なにみてんの」
綺麗な目だな、そう思った。
「これ欲しいのあなた」
あんまりこちらが見つめるからか、訝しげに眉をひそめた少年に、私は我にかえる。
「あっ、違うの、ごめんなさい。私、えっとここ、カフェ?あの、どうしてここにいるか、わからない……って、ごめんなさい、いやいや、私、え?どうしてあなたの向かいに座っているの?」
少年は、ただでさえ大きな瞳を、ますます真ん丸くさせて、そして笑った。
「あっはは。変な人だってそれ!」
少年が無邪気に笑う、美しいと思った。そして同時に、懐かしいような、永遠に手が届かないような切なさが、ぎゅっと心を握ってきて。
見たことのあるような配色のカフェ、私はいつもここで勉強していたんじゃなかったか。けれど、この席の配置や内観は初めて。知らない場所の店舗に来たか。
でも待って、どうして?
少年の席の向かいに、私は腰掛けているけれど、店に入ってそこに座った記憶がない。
全ては突然に、向かいの少年が顔を上げてからの記憶ばかり。
「何か頼んできたら?時間はまだたっぷりあるよ」
キラキラ煌めいて色の変わる瞳、まるで新しいオモチャを見つけた猫のよう。
「ええと、キャラメルフラペチーノお願い。おかわり」
初対面のくせに図々しいにも程があるだろう、と席を立って気付く。全く嫌ではないのだ。私は、彼を、知っていただろうか。
カウンターで、キャラメルフラペチーノと、いつものカフェラテを注文する。……いつもの?私はここに勉強しに来るんだっけ、なんのための勉強を?
服を着たままプールにでも浸かったみたいに、鈍い。思考速度が追い付かなくて、端から溶けていく。
「お客さま?」
「あっ、すみません。いくらでした?」
席に戻ると、少年が嬉しそうな表情で手を伸ばした。
「ありがとう!」
に、憎めない笑顔である。15歳にも、25歳にも、見える。彼は誰だ。
「あはは、あんた誰って顔してる」
「そう、それも知りたい、なんでここにいるのかも知りたくて、でも私、何も思い出せないの」
おかわりをちゅーっと吸いながら、少年が微笑んだ。
「そうだろうね、心配しなくて良いよ。それが当たり前だ」
意味がわからず首をかしげる私に、彼は驚くべき一言を放った。
「これは、あなたの夢の中」
「えっ!こんなに、リアルなのに?」
カフェの喧騒や、ガラス扉の奥を行き交う人の波まで、とことんリアルなのだ。隣の席にかけている2人組だって、夢中で旦那やらの愚痴話に花を咲かせていて……私が私を思い出せないこと以外は、全てまるで現実のようなのに。
「ふふ、その顔、いっつもするんだから。あと、カフェラテなら2砂糖、コーヒーなら3砂糖3ミルク。いい加減にしないと、毎日飲んでたら絶対健康に悪いって」
どうして、わかるのか。シュガースティックの封を開けようとしていた手が止まる。
「あのね、夢の中にいて、これは夢だと気付くことにどういう意味があるか、わかる?」
わかるわけない。ただでさえ混乱している頭に、謎かけのようなことを言われても。
私の表情を見て、少年がやれやれと、ストローを弄ぶ。
「それは、夢の内容を自由に変えられるということ。あなたの願うように、全てを変えられる。それは現実をも変えていく」
それでもわからない、顔に出ていたのだろうか。少年が、こちらを見ながら大きく伸びをする。
「あなたがここに来た理由。何を望んでいるか、その目的が分かる日がすぐに来る。……なんか、謎だらけって顔してるね。質問あるなら聞けば」
「はいっ!」
「……生徒かよ!はい、そこ!」
やっぱり、笑顔が、とても懐かしい。きっとこの少年と会うのは、初めてではないのだろう。
「失礼ながら……おいくつですか?」
少年は目を丸くさせて、次の瞬間なんだか物凄く面白いことを聞いたみたいに笑い出した。
「あはは!これは初めて!今回はいつもと違うように、行くんじゃないかな……ええと、そうね、身体は23歳かな」
いちいち答えが謎だらけの少年である。私が彼を思い出す手掛かりは、何か無いか。
「ええと、じゃあ、名前は?」
少年は、にっこり微笑むと、予想もしない答えを返してきた。
「付けてよ、名前」
「ええ?!私、あなたのことを知る手掛かりは何か無いかと……」
「そう言われても、これがすべて。さ、名前は?」
エサをちらつかせた猫のような、期待に溢れる瞳。やっぱりそう、猫っぽいのだ。
「……キャラメルフラペチーノ!」
「やだ。ながい」
「えぇ……じゃあ、キャラメル!」
「人を犬や猫とおんなじように扱うのやめて?」
「ううん……メル?」
「ね、人の話聞いてた?」
可愛い顔に、思わず笑ってしまう。23歳と言われると、とてもそうは見えなくて。
「キャラメルフラペチーノっぽいんだもの。ほっぺすぼめて、ちゅーってすすってるの、小動物みたいで……!」
ふて腐れたようにこちらを見る少年。もう少し真剣に考えないといけないかと、椅子に座りなおす。
「……いーよ、それで」
「え?キャラメルフラペチーノ?」
「違う!さいごの」
「あっ、メル?」
あの、懐かしいような笑顔で、少年がこちらを見る。
この「夢」は、どこに続くのだろう。何のために在るのだろうと、ふと思った。
それでも、彼に会えるのならば、それだけでここに来る価値があるのではないか、
そう思ったあたりで、急に全てが暗く沈んだ。