決戦、勧誘
俺の発言に彼女は何も言わない。
ただ、俺にはこの考えが正しいと信じて進み、こいつを揺さぶらなければならないのだ。
それは自分の為に。
「もし今の俺の言葉が正しかったら、もうどういうことかぐらい分かんだろ」
「……」
顔を歪めて黙りきったままだ、そんなことしたらそうですと言っているようなものだろ。
「つまりお前は俺がシーガに勝とうが負けようが、レオルドに認められるチャンスは無いんだよ」
「……そうよ、あたしは今回のあんたとの戦いから外されてる」
ビンゴ、よく正直に言ってくれた。その返答が正しいものであろうと違うものであろうと、一つづつ道は繋がっていくんだ。
「でも、それが何なのよ……あたしを向こうから引き抜いたところで戦力を削ぎ落とすことにもならない。そして何よりあたしはあんたと共闘なんてゴメンよ!」
「……」
「な、何驚いてんのよ、ショック受けたの? あんたがこれしきのことで?」
「い、いや。そうじゃなくてだな」
今のセリフ、普通なら森谷朱里から聞く言葉だと思ったから……とは言えんな。
「まぁいいさ。取り敢えずここまでの話はわかったな? 今のままじゃお前は一生レオルドから認められないということも」
「なんども言うな! その首ねじ切って落とすわよ!?」
「せめて普通に切り落とせ、残酷すぎて笑えない」
俺の周りの女は皆怖い。発想とか発言とかその他もろもろ。
「さて確認の済んだところで……ようやく本題と行こうか。先ほどのお前があっち側にいることでのデメリットに加え、こちら側につくメリットを提出してやる」
自分の意見を棚に上げるのは、まず他の人の意見を貶す所から始まる。そしてその後に自分の意見が素晴らしいということを発表するんだ。
すると不思議、どんなに適当なことを言っても納得させることの出来る可能性が上がる。あくまで可能性だけど。
「お前がレオルド側にいる限り、俺と戦うチャンスはない。俺もお前と戦うつもりもない。ただ、俺の側に付くならば……」
「付くなら……?」
食いついたな、あとは引き上げるだけだ。
決めの一手、どうか決まってくれ。
「シーガを協力して倒した後……俺はお前と戦ってやる」
これが交換条件、チャンスを与えると俺は言っている。
しかもシーガとの戦いの後ということは間違いなく俺は疲弊しているだろう。恐らくその状態で勝てるかは不明だ。でもやるっきゃない、これしか無いんだ。
「どうだ、悪くは無いと思うがな」
「……」
悩んでいる、興味もなかったであろうこの話に食いつき、ずっと喋らず考え込んでいる。
冷静に考えろ。お前の欲望を満たしたいならそちらを選べ。レオルド側にいたらお前はずっと満たされないぞ。
「……分かったわ、その条件飲んであげる」
心の中だけでガッツポーズをかます。案外あっさりと落ちたけど、そこは安心していいだろう。
「で、あたしは何をすればいいの?」
「実際戦闘になった時に俺とシーガとの戦いに手を出さないこと」
「……それだけ?」
それだけも何も……お前の戦闘能力に期待なんてしてねーから。
「あと一つある、お前は今レオルドを裏切ったわけだが、別にそのまま首を落としてきてほしいわけじゃない。お前も断るだろ?」
「当たり前よね、むしろそんなこと言ったら今この瞬間をもって約束は破らせてもらう」
「おお、怖い怖い。その一つっていうのは間違った情報を伝えること、それだけだ」
「撹乱させようってわけね」
「あぁその通りだ、そしてその内容は『味方になると嘘をついて吐かせた。リンデンに味方はいない、一人で作戦を練っている』これを伝えてくれ」
「……あれ、あんたって一人じゃないの?」
俺=いつでも一人みたいな偏見を持つのはどうかと思う。いや思われても仕方ないんだけどさ。
「それについてはまた放課後ここに来い、作戦諸共全部教えて共有するから」
「分かったわ」
やけに簡単に了承するな……。いや、一々疑っても仕方ない。
「そしてそれが終わったらレオルドの陣に戻り、ただひたすら何もするな。おーけー?」
ブランシュはコクリと頷く。裏切り者は、さっさと裏切ってくれた方が楽だ。それはよく知っている。
面倒なのは裏切りが分からないまま自分の陣地にいること、厄介極まりない存在として敵陣にいてもらう。
衣服を詰めたタンスの中身を爆弾に変え、閉める。傍から限りそれはただのタンスだ、でも開けてみればそれは爆弾兵器。
重要なのは爆弾だと気が付かれないこと、分かってしまえば処理など簡単に済ますことが出来る。分からないから兵器になりうるのだ。
そしてレオルドは、そのタンスを開けることは決して無い。そういう存在だ。定義だ。
「それじゃあ任せたぞ、ブランシュ。お前の得る手柄は自分で勝ち取ってきな」
「まって、その前に一つ聞きたいことが」
じゃあな、という口を静止の声で閉ざされた。まだ何か?
「あんたとあたしのこの擬似的な同盟、これってあんたが勝つことであたしが報酬を得られるようになってるわよね」
「あぁ、そうだな」
「あんたが強いのは知ってるけど、あの男だって半端じゃないぐらい強いはず。あたしはもちろんあんたの勝利のために動くけど……それでも勝てるの?」
なるほど、確証があるかどうかっていう事ね。
確かにそうだ、俺が負けてしまえばこいつに対する儲け話もぱぁになる。
だからこそブランシュは俺が勝つように仕向けなくてはならない。その上で負けた彼女が得るものは何も無い、更なる信頼を失うだけだ。
そりゃあ不安になるわな……失敗一つで全てを消し飛ばすギャンブルを今やっているんだもんな。
「大丈夫だ、お前さえ裏切らなければ負けることは無い」
だからはっきり言ってやろう。安心させるために、こっちにいて良かったと思わせるために。
「……信じないからね、嘘つきは」
じゃあなんで聞いたんだよお前。意味のない質問される身にもなれよ。
「……別に信じなくていいさ、ただお前のやることをやればいい、俺達の協力関係なんてそんなもんさ」
彼女の前に手を差し出す。真っ直ぐな視線で彼女を見つめ、握手を求める。
彼女は目を逸らした、逸らしたまま彼女は口を開く
「あたしはおじいちゃんを裏切らない、弱ったあんたを倒すのはこのあたし、そしておじいちゃんの元に送り届ける……だから」
パン、乾いた音とともにと俺の手に衝撃が走った。
握手を求めた手を弾かれた、求めたものは、手に入ることは無かった。
「握手なんて、要らないわ」
「ちょっとイラッときたけど、そういえばお前そういうやつだったな……じゃあ裏切るなよ、頼むぜブランシュ」
「任せなさい、あんたこそ負けたら未来永劫呪うわよ」
鼻で笑いながらそう言ったブランシュは、そのまま部室から出て、駆け足で廊下を走って消えていった。
何を焦っているか知らないけれど喜びで走っているのなら俺も走りたい。
順調だ、このまま行けば勝てる。
でもまだ油断はできない。勝利を確信するのは最後、敵を倒してようやく勝利は確信できるもの。
俺が勝利のためにすることはやった。不安は取り除いた。
でも不安要素を無くすことで不安は無くなるものでは無い。不安とは一度抱けば未来永劫ひっつき回るものだからだ。
不安は消えない。それでいい。不安するから用心して失敗を防ぐのだ。
昼休みはまだ続いている、雨もまだ降り続いている。
後ろを振り向いて窓の外を見る。先には何も無い、人も居ない。
でも何故か見つめてしまう、なぜなら求めるものがそこにあるからだ。
どうか、俺の今日までの未来がこの視線の先のように。『何も無いまま』終わってくれと、そう思う。
決戦はまだ始まらない、そう思っているのは誰もいない。思っているのがいるならば、それは既に敗者だ。