油断と隙しかなかった戦闘
「ししょー……」
「ん?」
「ほんとうに、これでいいの?」
「あぁ、これが一番安心して逃げることの出来る方法だからな」
「分かった……」
✕✕✕
「逃げられた……!」
あたしは気配遮断を解き、シャッターにポッカリと空いた穴を見つめる。
勝っていたはずだ、あたしはあのリンデンに結構なダメージを与えていたはずなのに。
逃げられた……! 勝てる戦いを落とした!
でも、まだあたしが負けたというわけじゃない。リンデンはあたしの攻撃で傷ついている。さっきのシャッターに向かって走る速度だって、昔の彼に比べると遅かった。
まだ間に合う、追って行けば、倒せる!
「追います!」
「待て、行くなブランシュ」
「な、何でですか!?」
穴に向かって走ろうとするあたしを、おじいちゃんが呼び止めた。
「……外に出られた以上、お前の強みは無くなった、魔力切れを起こして負けるのが関の山じゃ」
「くっ……!」
改めて嫌になる、あたしの魔力量のなさ。
確かに、今のあたしがリンデンを追いかけて、それでもし追いついたとしてもだ、勝てる見込みなんてない。
自分でも分かってる、この空間はあたしにとってとてつもなく有利な条件が揃っている。なおかつリンデンはあの小さな女の子をかばいながら戦っていた。
普通に考えて、勝てないのがおかしい。その状況であたしはリンデンを逃してしまった。
そんなあたしが、有利な条件を手放して、勝てるとは到底思えない。その相手が、傷ついているリンデンだとしても。
「すみません……」
負けを悟り、頭を下げたあたしに、おじいちゃんは優しい声で。
「構わない、むしろあそこまで追い詰めたことを儂は誇らしく思う。成長したな、ブランシュよ」
そう言った。でもその優しい声はあたしの心にチクリとささる。
「はい……」
違う、おじいちゃんにそんな半端な成長を認められたかったわけじゃない。
あの、ずっと一緒に最弱争いをしてきたあたしのライバルを、一気に成長してあたしを置いていった、あのリンデンを倒した。あたしはおじいちゃんにそんなあたしの成長を認められたかった。
悔しさで、下唇を噛み締めた。
「期待を裏切って……ごめんなさい。おじいちゃん」
「期待? お前が勝つことにか? この儂が?」
え?
「悪い、まさかお前がそこまで高い理想を抱いているとは思わなかったものでな。手傷を負わせられただけでも上出来だと思っていたのじゃが……」
まって、それじゃああたしは。
「ねぇ、おじいちゃん、ひとつ聞いていい?」
「なんじゃ」
「おじいちゃんは、あたしが勝つって、勝てるって、思ってた?」
聞いてはいけないとは、分かっていた。
多分二つの答えのどちらでも、あたしは信用することが出来そうにないから。
ゆっくりと、おじいちゃんの口が開いた。
「……お前では、リンデンに勝つことは出来ない」
大きく心臓が跳ねた。ちゃんとしか回答にはなっていない、でもその言葉で十分だ。あたしが全力で倒しにかかったのに、後ろで見ていたおじいちゃんは勝つことなんて頭に入れてすらくれてなかった。
悔しさが倍増する、あたしは、信用すらされてもらってなかった。
悔しさが、 見直させてやるという、怒りへと変わっていくのを感じた。
「絶対……認めさせてやる!」
「ま、待て! ブランシュ!」
耳にも停めない、一番認めてほしい相手に、成長を認めてもらいたい。そのためだけにあたしは頑張ったんだ。
それが出来るのは、今しかない。
相手が怪我をしている今しかないんだ。
これを逃せば、あたしは絶対にリンデンに勝てない。
勝ちたい、勝って、おじいちゃんにあたしを認めさせたい!
「あたしは、勝ってみせる!!」
あたしはそのまま、リンデンの開けたシャッターの穴に飛び込んだ。
「……まさか、姿すら隠さないまま、飛び出て来るなんてな」
「え?」
左側から声がした。
声の先に顔を向ける。
「何で……あんたが……」
「傷が深くてな、ちょっと休憩してたんだよ」
リンデンは長くて光っている棒を、振りかぶっている。
反応、出来ない。
冷たい表情をしたリンデンは、あたしの頭にその棒を思い切り叩き込んだ。
激しい音とともに、あたしの記憶は、そこから消えた。
次回は次の木曜に投稿します。