第三次大惨事
夕飯の手伝いをしないというだけで、煮魚は器用に裏面だけ取り除かれるのがこの家のルール。
どうしてこの女は俺を苦しめるためにそこまでするのか、俺は理解に苦しむね。
二人して無言、パクパクもぐもぐと夕食を食べる、仲の悪い証だ。半分という理由で、必然的に俺の方が早く食べ終わった。
さて、問題解決に勤しもう。今宵の会議の内容は「シノビゴキブリを結城萌花から引き離そう」である。
「おい、どれぐらい考えられたよ」
煮魚をモグモグしてる森谷朱里に問いかける。
「モグモグ……」
無視された。俺は無意識に眉間にシワを寄せた。
「うん、とりあえず俺と会話しようぜ、モグモグするのをやめようか」
「ん? あぁ、ごめんね、煮魚美味しくてつい……そしてこんな美味しい食べ物を半分しか食べられない人間が目の前にいるなんて……悲しい」
おい、なんだその惨めな人を見ているような表情。原因は俺にあるけどやったのはお前だろ? 何ヒロインぶっちゃってんの?
初めてあった時からの話だけど、やっぱりこいつは人を煽らないと喋れないらしい。人から嫌われやすいタイプ、いや嫌われるために生まれた説まである。人をイラつかせることに関しては多分この世界でナンバーワンだろう。
ちなみに人と書いて、『おれ』と読みます。
そして実際今、イラッときています。
「マジでそういうのいいから、真面目にしないなら一緒に考えてやんねーぞ」
「そ、それは困る。悪かったわよ」
案外早く折れた、相当追い詰められてるんだろうな。
こいつは基本バカだけど、頭はちゃんと回る人間だ、やるべき事の理解は特に早い。森谷朱里も現状の危機については頭の中で整理し終わっているだろう。
今回の問題はこうだ。
まず、森谷朱里レベルとはいかないが、結城萌花も傍から見れば小さくて可愛い女の子。恐らくあのシノビゴキブリ性的興奮を覚える許容範囲内だろう。
そんな森谷朱里が発狂するレベルの恐怖を彼女に与える訳にはいかない。そして何より彼女は目を見ると心がわかってしまう。
ロリコンの興奮を二重で聞くとなると、それはもう気持ち悪いとかいうレベルじゃない。トラウマを超えたスーパートラウマを抱える可能性がある。いや多分絶対そうなる。自殺まで行くかもしれない。以上、これが今回発生してしまうかもしれない問題だ。
うん、何とかしないとな……。これ以上、俺が人類を滅ぼすまであいつの悲しい顔は見たくない。
「とりあえず私が考えた作戦は二つあるわ」
「へぇ……」
ピースサインを俺に向ける。意外だ、出来たところで一つぐらいしかないだろうと思っていた。
なるほど……これがあいつの本気か、友達のためという理由でここまで人は進化できるのか。少しだけすごいと感じた。
「見直したぞ森谷朱里、やれば出来るじゃないか、えらいえらい」
「……ガキ扱いしないでよね、ムカつくから」
ムカつく、なんて口では言っても体は正直なようだな、少しにやけてんぞ。心做しか照れてるようにも見える。
「……よし!」
気を取り直したようだ。相変わらず切り替えが早い。ちょっとだけ憧れるな、こいつのメンタル。
「それじゃあ説明するわね、まず一つ、あの忍者を殺す」
前言撤回。
「心底見損なったよ無能チビ」
「えっ!? なんでっ!?」
その反応する方がなんでっ!? だわ。むしろなんでそう言われないと思ったのか。俺は希望的観測としてギャグとしてウケ狙いで言った可能性を考えてたけど、この反応からしてその可能性すら無くなった。
こいつマジだ。
あぁ、愚かすぎて涙出てきそう。俺はこんなやつに騙されて力の半分持ってかれたのか……!
「な、なんでダメなのよっ!」
「なんでってお前……」
俺はこいつに殺人が罪になるというところから教えなきゃいけないのか? この世界の法律を別世界の住人が教えるとかこれなんてギャグ?
おい異世界ラノベ、お前達にも言ってるからな。
お前ら神様から言葉を理解する力を受け取ってなけりゃ、何も出来ずに野垂れ死ぬだけだろ。
運良く言語が同じとこに飛ばされるのは知らん。
「だって忍者でしょ? 殺されたところでニュースになるわけないじゃん!」
「……」
「ん? どうしたの? そんな顔引き攣らせて」
背筋に寒気が走ったんだよ!
こういうのサイコパスっていうのかな……平然と言ってのけるこいつが恐ろしく思えてきた。
でもまぁ……すべてに納得がいかないわけじゃない。
実際殺すのも一つの選択肢だろう。でもそれをしたとして、その後どうする?
「もし殺すとなったらリビングで殺すことになるだろ? 当然血とかの痕跡が残っちまう。運が悪かったら殺人現場を結城萌花に見られてしまう可能性だってある、デメリットが強すぎる」
「た、確かにそうね……殺すの見られたら流石に友達じゃいられないわよね」
……あいつなら、こいつが何やらかしても友達のままでいそうだけどな。
あと、心配するとこってそこなの? 普通逮捕される恐怖とか考えるんじゃないの?
「とりあえず一つ目デメリットがありすぎるということで保留な、二つ目言ってみろ」
「あ、一応保留なんだ……うん、二つ目は明日萌花ちゃんを説得して来ないでもらう……かな」
「妥当だな」
一番シンプルな方法だな、確かに一番いいのは来ないでもらうことだろう、泊まるのをたった一日ずらせばいいだけの話だし。
……でも、それが通じるのは普通の人間ならの話。結城萌花だけは別だ。
「言い訳はできないぞ」
「やっぱりそこよね」
向き合うと決めた彼女の力、その力が今俺たちを悩ませている。
「忍者のこと話す訳にはいかないよね……」
「あぁ、大変なことになるだろうな」
「「両方」」
あの重度のオタクである結城萌花大先生が忍者のかっこしたショタ声の存在を耳にしたら、興奮を抑えきれないだろう。より一層うちに来たくなる可能性がある。
そしてさっき言った理由から、興奮したシノビゴキブリが結城萌花を容赦なく襲うだろう。そうなったらもうアウトだ。
「大惨事間違いなしだな」
「えぇ、第三次大惨事ね」
「……フフッ」
へぇ、上手いこと言うようになったじゃないか、ちょっと吹き出しちまった。でも正確には回数的に多分第二次だと思うんですけど。
そしてそのドヤ顔やめろ、上手いこと言ったのは認めてやるから。
「で、この二つを考えたんだけど……やっぱりどっちもダメそう?」
森谷朱里は不安そうな表情で訊ねてきた。
結局最終決定は俺に任せるのか。別にいいけどさ。
でも、こいつが考えた案があるのなら、出来ることならそっちを採用したいと思ってる。
一つ目は……ダメだな、選択肢の中に入れることすらできないレベル。
となると二つ目か。
「……あっ」
その時、閃いた。俺の頭の中で最悪の一手が閃いた。
出来ることならこんなことしたくはない。でも……。
「どうしたの?」
「あぁ、えっとだな……」
だがそんなことを言っている場合ですらない、俺のことを友達と言ってくれた彼女をシノビゴキブリから守るためだ。
手段は既に選べない。
「二つ目、日にちを変える……これは多分、確実に成功する」
多分、確実に。と、全く噛み合っていない単語が二つならんだけれど、間違った使い方はしていないはずだ。
「えっ!? な、なんでっ!?」
二回目の「なんで」だが、今回はその理由を俺は知っている。
恐ろしく最低な理由でな。
「理由は聞くな、でも、いや確証は持てないが高確率で成功するはずだ」
「珍しく自信なさげだけど……信じていいの?」
「……あぁ」
心配そうに見つめる彼女の視線から逃れるように俺は目線を下げた。
理由が理由なだけに、罪悪感が襲い掛かってくる。少し心が傷む。
「じゃあ、そうするけど……」
「あぁ、任せる」
彼女は不思議そうに煮魚をまたもぐもぐ食べ始めた。
今、結城萌花の心は痛んでいる。
森谷朱里を信じることが出来ず、友達と思っていた俺からも厳しい言葉を浴びせられて、心底傷ついている。
特に今、俺と彼女はとても気まずい状態。
……そんな彼女が、心を声を聞こうとするはずが無い。
そして、俺と一緒に一日を過ごすなんてこと、有り得ない。
これが俺の理由。結城萌花の凹んだ心を利用した史上最悪の行為。
赤の他人なら、俺はそんな事でいちいち心を痛めたりなんかしない。
結城萌花だからこそなんだ。友達だからなんだ。
そしてこれが、友達のする行為なのか……?
自分で言っておいて、自分で疑問に思う。
もし、この行動が正しいというのなら。
俺は友達なんて関係を持つべきではない。




