溜まる悩み、消える飯
遅れましたごめんなさい
「ただいま」
何とも言えない悩みを抱えて森谷朱里が先に待つ家にたどり着いた。
昔は全然落ち着かないこの家が、今となっては安息の地と思える。
ちゃんと考えられる場所が、もはや今の俺にはここしかない。
玄関の扉を開いて家に入り、リビングの扉を開くと、そこには夕飯の準備をした森谷朱里がいた。
俺の存在に気がつくと彼女はすぐに声をかけてくれた。
「おかえり、あれ、どうしたのそんな死んだ魚のような目をして」
「……復活はやいよな、お前」
なんだよこいつのメンタル。すぐ壊れるのに復旧速いとか。筋組織とかなら重宝されそうな性能してんな。
羨ましいという気持ちとともに、腹立たしい。さっき俺は萌花に嫌われてきたんだぞ。
「ちっ……まぁいい、ところで、お前忘れてないよな? 明日来るということを」
「萌花ちゃんがでしょ? 初経験だから楽しみ! 友達とひとつ屋根の下で一緒に寝るなんて!」
まぁ、分かってたよ、俺とお前は友達じゃないもんな。
でも言いたいのはそんなことじゃない。
「お前、忘れてないよな? シノビゴキブリのこと」
パリンと、森谷朱里の持っていた皿が重力に逆らわず真っ直ぐ落ちていき、割れる音がした。
「いたっ!?」
「お、おいおい大丈夫かよ」
急いで絆創膏を取りに行こうとするが「別に平気」と声をかけられる。
平気ならいいんだけど、なんか平気じゃないオーラが彼女から溢れ出てるように俺は見える。
「シノビ……シノビゴキブリ……ゴキッゴキキ……」
発狂していた、首を絞められたアヒルみたいな声を出してる。実際聞いたこともないけど、とりあえず断末魔のような声を出していた。
「あぁ、足よりも頭の方が大丈夫じゃなさそうだ」
ゴキッゴキッと謎の鳴き声を発しながら痙している。
まぁそうなるのも無理ない、俺だって出来ることなら思い出したくない。でも向かい合わなきゃいけないんだよ……!
「か、被ってるじゃない! 萌花ちゃんが来る日とあのロリコン忍者が来る日って!?」
えぇ……こいつ忘れてたのかよ。
「お前覚えてなかったのにDVD借りたのか!? 覚えてないのに了承したのか!?」
こいつがハッキリと忘れているのには驚いたけど、実はまぁそうだろうなという安心感が俺にはあった、これでこそ森谷朱里、今日も彼女は平常運転である。
分かってはいたけど、それでも言おう、このバカが!
「ど、どうしよう……」
「ふん、少しは悩んでろこの馬鹿」
少しぐらい俺に頼らなくても何とかして見せろ。
「悪いが俺も忙しい、どうするかはお前が決めろ」
こちとら麻枝……ブランシュから渡された手紙を見て何をするか考えなきゃいかんのだ。暇じゃないということだ。
森谷朱里にとっては予想外の俺の反応だったのか、とても驚いている。
「て、手伝う気は無いの!?」
「手伝うだと!? 忍者の件はともかく、さらに事を大きくしたのはお前だろうが!」
「忘れてたのー!!」
うわーん! と泣き出した。いや違う、涙も流れてないからどっちかと言うと鳴き出した、という表現が正しいか?
「……はぁ、まぁ、あんな変態見たら、誰だって記憶を抹消したくなるよな」
あそこまで狂った変態を見れば誰だってそうなると思う。むしろ家から出れただけでも素晴らしいメンタルだと思う。
「ね? そうでしょ? だから一緒に考えて!」
「お前な……」
そのメンタルは置いておいて、こいつにはプライドというものはないのか?何度も何度も俺に頼ってきやがって、別に俺はどうってことないし、俺にも少し関わることだから、森谷朱里が全力でお願いするならば手伝ってやらないこともない。
でもそろそろ一人でやってみろよ、という話だ。
あと、俺達の関係をこいつは忘れているのではないだろうか?
「とにかく、何度も言うようだが俺も暇じゃない、シノビゴキブリと結城萌花の件以上に大事なことがあったからな、俺はまずそっちの解決に専念する」
「えぇー……」
不貞腐れんなこのやろう、むしろ今までよく手伝ってくれたと褒めるべきところだろおい。
それに、手伝わないとは言ってない。
「……優先するってだけだ、まずお前がひとりで考えてな、俺の方が早く解決したら一緒に考えてやる」
「ほ、ほんと!」
あぁほんとだほんと、だから目を輝かせて俺に顔を近づけんな、ちょっと可愛いから目が離せなくなっちゃうだろ。
俺ととても顔が近いことに気がついたのか、森谷朱里は直ぐに顔を引っ込めた。顔が真っ赤になっていた。
俺も冷静に言ってはいるが、多分俺も顔が赤い。
近くで見ると改めてなんでこいつこんな可愛いんだよ、と思う。
踵を返し、この家で唯一の俺が自由に使える場所であるボロボロのソファーに座る。
森谷朱里も夕飯の準備に戻った。俺もやるべき事は早めに終わらせよう。
ポケットに入っている封筒を取り出す。少しだけシワが増えていた。
……少し前に、森谷朱里から朝早く学校に呼び出されたことを思い出した。中に煽る文が書いてあって終わりとかいう俺を怒らせるためだけに特化した一撃を。
ブランシュも多分同じことを出来るような奴だから、ちょっとだけ嫌な予感がした。
唾を飲み覚悟を決めて封筒を開く。
「……何だ、これは」
中には二枚の紙が入っている、一枚は……地図?
そしてもう一枚はどうやら手紙のようだ。
開いて内容を確かめる。
「……」
俺は、その手紙を読み終わった。
と同時に、その手紙を破り捨てた。
そうしろと書いてあったから。
「訳わかんねぇんだよ……クソジジイ」
もう、そんな悪態しか出てこない。
文章は特にズラズラと書かれていた訳では無い、ちゃんとした日本語で綺麗に書かれている。
ただ純粋に、何故こんなことをこんなふうに書く必要があるのかわからない文章だったのだ。
×××
この手紙はお前が一人の時に、そして落ち着ける場所で読んでほしい。
お前がこの世界に来た理由は、かつてのお前の理想が変わっていないのだとすれば分かっているつもりだ。
確かにそうだ、儂等の世界を救うためにはこの世界の人間を滅ぼすことが何より正しい道のりで純粋な近道だ。だがその道のりの先にある目的地が間違っている。
お前にそのことを伝えたい、そして知っていてほしいのだ。人間を滅ぼすということがどういうことなのか。わしたちは何者なのか、何より、お前が何者なのかをな。
この手紙と一緒に地図を入れておいた。そこにブランシュからこの手紙を受け取った次の日の深夜二時に来い。全て教えてやる、お前にその覚悟があるならば。
最後に、誰か連れてくることを禁止する、お前が一人で来るんだ。そして読み終わったこの手紙を誰の手にも渡らぬよう、破り捨てろ。
×××
「こいつは、馬鹿じゃないはずだ」
馬鹿じゃないから、無駄な行動はしない。レオルドはそういうやつなはずだ。
だからこの文章のおかしい点にも確実に意味がある。
俺達はこの地球という場所とは別の世界に住んでいた。
俺達の世界にも文化というものはある。当然会話もするし、文通だってする。
……つまりはそういう事だ。
誰の手にも渡らぬようとか、一人で読んでほしいとか、そういうことを言うというのは誰からもこの手紙の内容を読んで欲しくないからだろう。
それならば、『誰からも読まれたくない』のであれば、そもそも日本語で書く必要が無いだろう。俺達の言葉で書けばいい。
そんなことすら分からないやつじゃないし、俺がそんなことを気にしない奴だと思っているわけもない。
この日本語でわざわざバレる危険性を秘めた文章は絶対に無意味ではない、ちゃんとした理由ある行動だ。俺はそう思っている。
「……ん?」
お、色々考えているうちに、どうやら夕飯の支度が整ったようだ、俺はソファーから腰を上げ自分の席につく。今日の夜ご飯は煮魚……?
うん、今考えるべきことは二つ。
シノビゴキブリと結城萌花の件と。
……夕飯の手伝いをしなかったから夕飯の量がとても減っていて、朝まで空腹をどう凌ぐか、という事だ。
悩みは増えて飯は減る。
いつか逆転してほしい、そしてそうなる方法を考えて、また悩みは増え続ける。
次もちょっと遅れます。




