小さい子は可愛くできてる
間に合った……!
結局、俺と結城萌花はそれ以降一回も喋ること無く家に帰った。
掃除の時間、今までなら全くくではなかった無言という圧がとても苦しく思えた。
それでも俺は正しいことをしたと思う。友達らしいことが出来たと思う。
「……友達って、なんだろうな」
辛い時そばに居てあげること?
本音で何でも話せる仲のこと?
自分よりそっちを優先できる関係?
それらが一つでもあれば、友達と言えるのか?
一つあれば他は無くていいのか?
もしそうだとすれば、俺と萌花は友達ではないな。
大して冷たくもなっていない手を、ポケットに入れる。
クシャリと音がした。あぁ、そういえば忘れてた。
レオルドが俺に渡した何か。持ち帰ってから読もうとしてそのまま放置していたことを今思い出す。
そんな大切なことを忘れるなんて、今の俺はどうもおかしい。
「……はぁ」
ついため息すら出てしまう。またしても襲いかかる複数の問題が俺に安息の日々を与えない。
安息なんて願ったわけじゃない、この世界に来た時点でそんな甘い考えは捨てていたはず。砕いてばらまいて、捨てたはずだ。
だが、一度無くしたものというのは何故か大切にしてしまう。
そもそも捨てるという表現を俺がしている時点で、少なくとも俺は安息を願っていた。
「なら、手に入れるしかないよな」
俺は決めたのだ、いずれこの世界の人間を滅ぼすまで、この世界を楽しもうと。
それは俺が地球人はそこまで悪い奴らではないと知ったからだ、だから憎しみで殺そうとしていた相手を、敬意を持って殺そうと思っている。
その時、俺はおそらく後悔してしまう。それぐらいに人間といる時間は悪くなかった。
その思いを背負うことでこの世界を大切に使うことが出来るんだ。
いずれ大きな悲しみが俺を襲うと分かっているのであれば、俺は今を楽しみたい。
今を楽しむためには、悩みなんてさっさと吹っ飛ばすに限る。
俺は心の中で誓う。この俺の三つの問題の早期解決を。
「あっ! ししょー!」
俺の後ろから、そんな決意を嘲笑うかのような可愛げのある幼い声が聞こえた。
こんな俺のことを師匠と言うやつなんて俺は一人しか知らない。
声に反応するように振り返る。
「よう、弟子一号。学校は終わったのか?」
「うん、今一人で帰宅中!」
後ろに立っていたのはあまり整えられていない長い黒髪の女の子。
というかちゃっかりとても悲しい事言ってますねこの人。
同じ道に一緒に帰る友達がいないという意味だと思いたい。見た感じ小学生なのに、今の時期に友達いないのは不味いと思った。
俺やん。
「ねぇねぇししょー! 今日の夜会える?」
「ん? 今日か……」
この弟子一号は俺がこの世界の人間ではないことを理解している数少ない人間のひとり、そしてその別の世界や俺という存在に興味を持っているらしく、俺達は時々こうやって約束をして夜に会っている。
さて、今日の夜ですか。
用事があるのはすべて明日の夜から、今日の夜なら別に予定はないし大丈夫だろ。
「あぁいいぞ、久しぶりに俺の武勇伝を聞かせてやろうか」
「やった! あのちょうつまんない話を堂々と話してるししょーがまた見れるっ!」
おい待てこのクソガキ。ピョンピョンはねながらそういうことを口に出すんじゃあない。ムカつくだろ、そしてかわいいだろうが。
この小さい子の動作一つにかわいいと思ってしまうあたり、やはりどうやら俺にもロリコンの素質があるのかもしれない。シノビゴキブリのことを貶せない。
いや、俺が悪いんじゃねぇ、こんなかわいい動作をする小さい子が悪いのだ。
小さい子はかわいくできてる。
この摂理は、日本最古のライトノベルが証明している。もはや覆せない事実。
「し、ししょーどうしたの? 言い過ぎた?」
「いや、悪口、馬頭はここ最近大量にもらってたから慣れてる。ちょっと人間の文化について考えていてな」
「難しいこと言う……人間嫌いのししょーなのに人間の文化を知る必要あるの?」
そんなことを聞かれた、昔同じような質問をされた気がする。
「うーん……なんと言えばいいのか。俺は地球に害を与える人間が嫌いなんだけどこの人間が作り出した文化はとても好きでな……」
特にアニメとか、あとアニメとかかな。最後にご飯。
「それ、嫌いって言えるの?」
「さぁ、どうだか」
俺自身分からない、でも好きか嫌いかなんてこの際どうでもよくなった、やるべき事は変わらない。過程は大事だけど評価されるのは結果だ。俺はまず結果のために行動する。
「そうだ、私ねまた人間が嫌いになる出来事があったの」
急に話の腰を折ってくれた。その無邪気さに今はとても救われた気がした。
「ん? どうしたどうした? いじめか?」
「ううん、私は無視されてるから平気」
やっぱり無視されるのが一番楽だよな、誰にも気を使うこともないし、自分のことにのみ集中できるしな。
俺の理想は、この弟子一号の生き方なのかもしれない。
「実は昨日の夜……いや、今日の深夜? にね、不審者が夜の街を歩いてたの!」
「ふーん」
不審者と聞くと、黒い服にマスク、という印象が強いな。まず最初に出てきたのはあのシノビゴキブリだけど……。
「その不審者がね! 私を見ると闘牛みたいに息を荒くして襲いかかってきたの!「ロリ! ロリッ!」って言いながら! すっごい気持ち悪かった……」
「……」
さて……そろそろ俺予言者を名乗っていいレベルなのでは?
「その不審者、黒いマスク付けてなかったか?」
「え? なんで知ってるの?」
ビンゴ。世界は広いがそんな馬鹿げた格好で、かつロリロリ叫ぶ変態はそういまい。俺の弟子一号はシノビゴキブリに接触した。
「いいか、そいつに会ったら「助けてお兄ちゃん!」と叫ぶんだ。やつの動きはゴキブリのように早い、弟子一号がどんなに頑張っても多分やつからは逃げられない」
「そ、そんな怖い人だったの!? 昨日はロリロリ叫びながら痙攣してたように見えたけど……」
クソッ、深夜じゃなければ通報しているところだ。
「まぁとりあえず気をつけろということだ。練習しようぜ、ほれ言ってみろ」
「え? 何を?」
「あの不審者から逃げるための方法だよ、出来る限り可愛く幼くあざとく言うのがポイントだ」
「う、うん、分かった。私もあんな気持ち悪い人間に捕まりたくないもん!」
よし、これで俺の弟子の身の安全は確保できそうだ。
さて……。
ポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、電源を入れ、親指を上に向けて放つ。
その後親指を右にスライドさせ、準備は完了。
「よし言ってみろ」
「う、うん」
その時、ピコンと音が鳴った。なんだ、いったいなんのおとだ。
「し、ししょー? なんかピコって音が聞こえたんだけど?」
え? 何この弟子は、師匠を疑ってるの?
「空耳だろ、気にするな早くやるぞ」
「う、うん」
子供は純粋で可愛いと思った。森谷朱里もこれぐらい純粋なら可愛いのに。
大きな声を出すために、弟子一号は大きく息を吸う。
「助けてお兄ちゃん!」
ピコン!
うん、いいんじゃないかな。声も可愛かったし、それやればあいつは怒り狂うか鼻血ブーでノックアウトでしょ。
「ししょー! 今見てたよ! 録音してたでしょ!」
あ、バレてたか。顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。
そのまま俺の体をポコポコ叩いてきた。うん可愛い、癒し効果付きだこの攻撃。
「まぁまぁ、別にネットで拡散するようなことしないから、安心しろ」
目覚ましにセットするだけだから。
「むー……とりあえず今日の夜、最初に会った時の場所で待ち合わせね!」
案外あっさりと許してくれた。なんて心の広い小学生……! どっかの無能チビはこの子を見習うべきだと思う。
「はいはい、お前も警察に捕まらないよう気をつけろよ」
「うん! またねししょー!」
手をぶんぶん振って、いい笑顔で俺の弟子一号は走ってどっかに行ってしまった。
「……ありがとな、弟子一号」
少しだけ心が落ち着いた。ほんの少しではあったが、悩みを忘れさせてくれた、感謝だ。
やっぱり可愛い子は癒し効果あるわ。
そして、小さい子は可愛くできてる。
証明終了、そして俺はまた帰り道を歩く。
林田「どっちを目覚ましにするかな……」