最低最悪で最高の
新入部員が入ってきて、約一週間が経過した。今日は学校の始まりの月曜日。なのだが体が起きてくれない。月曜日はダルイ。
「起きなさい!林田真希!」
そんなだるい朝に響く森谷朱里の大きい声。
これはまずい、と思った、このパターンは間違いなく外敵損傷に関わるやつだと知っているから。
「悪いがそのパターンは慣れた!どうせフォークとか飛んでくんだろ!」
俺の寝ていたソファーから飛び起きて距離をとる。きょうもいい目覚ましになっ…
ドゴォ!!!
「…は?」
フォークじゃ絶対に出せない音がした気がするんだが…?恐る恐るソファーに目を向けるとそこには椅子が突き刺さっていた。椅子が突き刺さるってなんだ…?
それはそうとて俺の唯一の寝場所がもう見る影もない、ボロボロオブボロボロ。あの女の家具だから俺がどうこう言う理由もないんだが…。
「お前朝を迎える度にこのソファー犠牲にするつもりなん?」
「あんたが起きればいい話よ」
エプロンをつけた森谷朱里がおたまを片手にそう言ってのけた。おかしい、片手が塞がってるのにソファーに突き刺さるぐらいの一撃を放れるのかあの女…?
それはそうとて、確かに最近俺がこいつより早く起きることが少なくなってきた気はする。でも俺が遅くなった訳じゃない、彼女が早くなったのだ。
理由は…まぁ分かってる。
「さっさと朝ごはん食べて。毎日言ってるでしょ!朝はやることたくさんあるんだから、皿洗いごときに時間つかわせないでよねまったく…」
「へいへい…」
あの2週間が終わってから、少し俺の生活に変化が現れた。
一つは今起きてる事だ、森谷朱里がちゃんと料理を作ってくれるようになった。
でも本人に何故かと聞いても何も答えてくれない、ただ「ふん」と言ってそっぽを向くだけ。
そのせいか、会話が少し減った気がする。
ただそれが本来あるべき状態、あの2週間が特別だっただけだ。俺とあいつは敵同士、あいつからすれば憎むべき存在。
これが本来の日常。なんだけど…。
朝ごはんを急かされながら食べ終え、皿洗いを任される。これももう慣れたものだ。テキパキとこなし終わらせる。
制服に着替えて、荷物を取る、ここまではあの二週間前と変わりはない。
「はい、これお弁当ね」
「…」
そう、これな、なんかおかしいよな。
これが変わったこと二つ目だ。なんか弁当をくれるようになった。これが超怖い、はっきり言って椅子を片手でソファーに突き刺す事なんかより怖い。
そしてこれが彼女の早起きの原因でもある。
「なによ、なんか言うことあるんじゃないの?」
「えぇ…怖いとしか…」
以前の彼女からは考えられない狂行、それともこれが彼女の言う「気が狂っただけよ」なのだろうか?
「…むぅ」
明らかに不機嫌そうな顔で無理やり弁当を俺に押し付ける、気に触る態度をとったことは認めるが、お前のその態度がどうも落ち着かない。
「じゃ、じゃあね!ちゃんと遅れてきなさいよ!」
玄関を急いで駆け抜けていった。相変わらず人間離れした身体能力だなぁ。足早すぎだろ。
色々疑問は残るばかり、日に日に分からないことが増えていく。だが今の俺はそれを楽しく思える。
だから俺は馬鹿でありたい。
人間はまだ嫌いだ。でも好きになれそうな人間もいた。
心から思う、もっと別な理由でここに来たかったと。
そうすればちゃんとあいつらと向き合えるのにな。
「有り得ねぇよな、そんな夢物語」
現実の世界から理想は生まれても、理想の世界が現実になることなんてまずほぼ無い。
俺は何時か自分の世界を何があっても救う。その方法がこの世界の滅亡だというのなら、何があっても完遂して見せよう。
俺ひとりが傷つく結果なら、なんの悔いもないさ。
そんなことを思ってるうちに結構な時間が経っていた。森谷朱里との時間差を十分に作れただろう。
俺はいつもと変わらない足取りで、ゆっくりと学校に向かう。
✖✖✖
「ん?何だあれ」
昇降口にたどり着くと、そこには大量の生徒がざわざわと唸っていた。
そうか、今日が点数張り出しの日か。
この学校はテストの順位を昇降口前に張り出すという恐ろしい事をする高校だ。こんなんされたら勉強頑張るしかないと思うんですけど。
それでもあの村上のように頑張らないやつもいた。もしかしてあの男は意外とメンタルが強かったのかもしれない、それかもしくはただのバカか。多分後者でしょうね。
「さて、俺は何位かな…?」
自分で言うのもなんだが、結構頑張ったつもりでいる。
前回のテストで二位をとった結城萌花のご指導で分からないところはほとんど潰したし、実際のテストでも穴はなかった。
見直しも全ての教科で二回以上行った。
自信はある、だがもしもということもある。
唾を飲み込み、一位から順に見ていくことに決めた。早い段階で俺の名前を見つけたい。
一位がいる左から読み上げていく。
一位 結城萌花
二位 林田真希
「……」
喜んでいいのか、それとも失望でもしてればいいのか、何をすればいいのかわからなかった俺はこの学校のトップツーを見つめながらただ呆然と立ち尽くした。
いや、待ておい。おかしいだろこれ。
確かに俺は頑張ったよ?いい点数取らなきゃ地球人を馬鹿にする権利はないと思って勉強したよ?でもそれは地球に来て一ヶ月のない男の儚い知識だろうが。
どうして地球で十年以上生きてきたお前らが俺に負けてしまうん?
やっぱり地球人ってダメだわ、滅ぼすべきだ。
こんな知能しか取得がないくせにその知能すら育てようとしない生き物存在意義ないでしょ。
「情けない…本当に情けない…」
もはや同情レベル。一ヶ月の努力に勝った人間が二人しかいないってどういう事なんだ…?
「あっ、林田くん、おはようございます!」
呆然と立ち尽くした俺に誰かが声をかけてきた。声の主はよく知っている。学年トップの知識を持った結城萌花本人である。
「おう、一位おめでとう」
しかし…一番やばいのはこいつだ。俺達が恐ろしく迷惑をかけたというのにバッチリ一位をとってやがる。
「あ、本当だ…わたし一位だったんですね…!でも林田くん二位じゃないですか!おめでとうございます!」
「ありがとよ、ん?よく見ると森谷朱里もなかなか順位高いけど俺達には程遠いな…」
ちなみに森谷朱里の順位は26位だった。一学年240人だからまぁいい順位だと思う。
もっと早く仲直りしてればなぁ、一緒に勉強出来てたのに。
「…あ!林田くん見てください!」
俺の袖をくいくい引っ張りながら、森谷朱里より右の方を指さす。何を見つけたのか、彼女の指す先に目を凝らす。
「へぇ…なんだよ、やりゃあ出来るじゃねぇか」
自然と笑みが浮かんだ。俺には既に関係の無いことだったが、気にかけていたやつが頑張ったという証拠を見せてくれたのがとても嬉しかった。
恩を着せる訳では無いが、俺もあそこまでやった甲斐があったというものだ。
83位 村上瑞樹
いつも最下位常連と呼ばれていた彼が半分より上を行くことが出来ていた。
彼の努力の結果だろう。ただ一言おめでとうと言ってやりたい。
少し清々しい気分で、俺は教室に向かうことが出来た。それに付いてくるように結城萌花がちょこちょこ近寄ってくる。
「…なぁ、聞きたいことあんだけどさ」
森谷朱里のこと、こいつが一番知ってそうだからな。そして俺はこいつとしかまともに喋れないしな。
「朱里ちゃんがどうかしたんですか?」
「流石だ、話が早くて助かる」
同居していることがバレてはいけないので考え込むふりをして手を顎に当て結城萌花から視線をそらす。そしてその状態のまま言葉を伝える。
「最近、あいつの調子がおかしい、なんかこういつもより優しくなったというか凶暴になったというか…」
「そ、それは『というか』で繋げていい言葉なのでしょうか…」
かわいた笑いと共に結城萌花が困惑を示した。俺だって文法おかしいのは分かってる、でもそれしか言いようが無いんです。
椅子投げつけてくると思えば毒の入ってない弁当渡してくれるし、まともなご飯を作ってくれると思えば顔合わせる度にそっぽ向かれるし…。
「とにかく、あいつが何を考えてるのか分からない。下手すりゃ俺の命に関わるかも知れないからちょっと何考えてるのか聞いてきてくんない?」
俺の結構真剣な悩みに結城萌花は呆れたような表情をした。「はぁ」とため息すらつかれる始末。
「そんなの、聞く必要もありませんよ…」
「なにぃ!?あの女の思考回路を話も聞かずに理解するなんてお前何もんだよ」
「…ごめんなさい、そういうのやめてもらっていいですか?昔色々嫌な事言われた経験がありまして…」
呆れた表情から明らかに落ち込んだ表情へと形を変えた。前々からころころ表情の変わる人というのは知っていたがこの原因は間違いなく自分である。
「す、すまん。悪かった」
嫌なあだ名は誰も思い出したくはない。遊び感覚でつけられるのがたまらなく腹立つしな。
「だ、大丈夫です、わたしこそ急に病んですみません…話戻しますね、多分朱里ちゃんは照れてるんですよ」
「はぁ?照れてる?」
予想外の答えにanswerん何いってんのーとか思ってしまった。これ絶対いつか使える。
「はい、だから朱里ちゃんにもっと優しくしてあげてください。真っ直ぐな善意には善意で返してください」
善意を善意で返す…か。
「…まぁ、分かったよ」
「きっと朱里ちゃんも待ってますよ!」
歩き終わったその先にあったのは俺達の教室の扉。ガラリと開いてふたりで入る。
教室には既に多くのクラスメイトがいた。どうも俺達が入ってきてからざわつきが強くなった気がする。
これが学年一位と二位の力なのだろうか。
しかしそんな状態にも関わらず、1人だけ頰杖をついて俺達のことを一切見ない人間がいた。森谷朱里だ。
何を伝えればいいのか…。そんな悩んでる俺の肩を結城萌花がつんつん突っついてくる。
「ひとついいことを教えてあげます。き、気に触るようでしたら死んでも言いませんよ!?」
「何故いきなり態度が豹変するんだお前は…」
「ご、ごめんなさい!ほんとにこんな感じでいいのかなと思ってしまって…」
先週あれだけ言わせといてどんだけびびってんだコイツ…何度も言わせないでほしいんだよ恥ずかしいから。
「…別に、嫌いにはならないから安心しろって何度も言ってるだろ。この1週間で七回ぐらいったぞこの台詞」
ようやく安心したのか柔らかな笑みを浮かべて、結城萌花は顔を俺の耳に近づけて、世界で俺にしか聞こえない、そんな声で一つの事を教えてくれた。
「…そういう、ことね」
「じゃあ、頑張ってくださいね、林田くん」
そう言って結城萌花は自分の席に向かった。そして席につくや否や頭を抱えて「にゃあぁぁぁぁぁ」と呻いて倒れた。恥ずかしかったんだろうな…。
でもそのお陰で何を伝えるべきかは分かった。
「おい、森谷朱里」
「何…?なんか用でもあんの?」
あからさまに機嫌が悪い。
俺は席について森谷朱里の顔を見た。やっぱりふてくされてる顔だった。
俺の姿が視界に映ったからか顔を客の方向に向ける。そこまで嫌か…。
「今日お前になんか言うことないかって言われてたろ?あったよ。今言う」
「…」
無言。だがそっちの方がやりやすい。
俺がさっき結城萌花に教えてもらったことは「森谷朱里が部長になろうとした理由」についてだった。
その理由は「最後ぐらい役に立ってみせる」というもの。
彼女自身、プレゼントを一緒に探すだけではプライドが許さなかったんだろう。
それを含めて、今日の行動、善意には善意で返す。
俺がそれを聞いて、彼女の行動をどう思ったか。ただそれを伝えるだけでいい。
間違えようのない一言を、こいつには一切言いたくなかった一言を。
「ありがとう、朱里」
「───!?な、なに!?いきなり!?」
ビクンと跳ねて森谷朱里が顔を真っ赤にしてこちらをようやく振り向いた。
そ、そういう反応されるとすごく恥ずかしいんだけど…。
「いや、俺もお前なんかにこんなこと言いたくないんだけどさ…恩を仇で返すなんて真似はしたくないんだよ」
「そ、そんな理由で感謝されても嬉しくないわよ!ちょっとときめいた私の心を返しなさいよこの絶賛クソオタク!!」
「あぁ!?なんだお前俺が本心をちゃんと伝えてやったっていうのにその気持ちを愚弄する気かこのバカは!?」
「何その言い方!?そもそも私が頑張ってるのぐらい気がついてよね!それじゃなきゃ私があんたの事をお疲れ様と思ってても仕方ないじゃない!この鈍感!」
「だれが鈍感だ!そう言うのは言葉でいえ言葉で!何のために人間は喋れるようになったと思ってる!」
「ふふふ…あぁ!もう無理!やっぱりあんたなんかに優しくしてやる理由なんてなかったわね!」
「その通りだ、俺達は今まで通りが一番いい。俺もその方が落ち着く」
「ええ…でも私も一応本当の事言っておくわ」
さっきまでのめちゃくちゃ切れてた顔は少し和らいでいた。深呼吸をした。落ち着いた彼女はにこりと笑って隣の席の俺にしか聞こえないような声で呟く。
「あんたの事、ちょっと見直した。それだけよ」
それだけだった。不器用な人間だと心から思った。だからこそ真っ直ぐで、強い人間だと感じた。俺がすごいと思うほどに。
「…あっそ」
さっきまで盛り上がっていた口喧嘩は、その一言により熱が冷めた。
これでまたいつも通りの関係である。だが変わった、何かがちゃんと変わった。
態度は変わらずとも思いは変わった。
はっきり言って変わったところで侵略者リンデンが得することなんて何一つない。
でも、俺は今まで持ったことのないものを手に入れることが出来た。二つもだ。それはリンデンでは決して手に入れることの出来なかったもの。
それがとても、心地よい。これが友達というものか。素直に嬉しい。
でもいつか俺達は友達を、人間を殺し尽くす。
その時ちゃんと思い出そう。彼らにも俺と友達になりたいと言ってくれた存在がいたこと、俺と一緒に口喧嘩して暮らした友がいたことを。
そんな彼らを殺してまでも奪ったこの星を。彼らに誇れるぐらい大切に扱えるように。
ノートを取り出し、昔書いた文字に修正を入れた。
「俺は地球人が嫌いじゃなくなった。でも滅ぼすことに変わりはない」
ノートを閉じる。次の瞬間チャイムがなった。今日も一日が始まる、何の変哲もない一日が始まる。
今日も空は綺麗だった。
第2話完結です。第3話は少し時間ください。




