やるのではなくやらせる
「まぁまずはこれを見てくれ」
俺はそう言ってバッグから取り出したかなりの厚みがあるプリントの束をカーテン越しの少年に渡す。
そしてこのプリントの束が俺の、いや俺達の秘策である。
「えっとこれは…問題集?」
「そうだ、そしてお前は残り1週間でそれを全部覚えてこい」
「「はぁ!?」」
少年と森谷朱里が同時に声を上げる。その声にかき消されたが俺の腹部に「ドゴォ」という音も実は発生していた。
いい加減想定外のことが起こった時に俺に攻撃するのをやめて頂きたい。割とマジで痛いからお前のパンチ。
「ま、まぁ…そういう事だ、頑張ってくれ」
これが俺の考えた作戦だ。テスト前の残り1週間でまともな点数をとる方法は絞られてくる。
その中で一番まともな点数をとる方法は出題傾向を読み要点をそこに絞るのがいいと思ったのだ。
これはこいつが今までやって来た一夜漬けと何ら変わらない、と思うだろうがそうではない。
なぜならさっき渡したあのプリントは学年トップレベルの知能を持つ結城萌花の協力を得て選び抜いた先生達の出題傾向を読んだ問題がピックアップされているのだ。
「ちなみにそのプリント、ちゃんと全部暗記すればまともな点数取れるから」
「ま、マジですか?」
彼女が言うには「これがちゃんと出来てれば60点ぐらいなら取れます!絶対です!信じてください!」だそうだ。あの内気な彼女がそれほどまでに言うのだから間違いないだろう。はっきりいって俺が欲しいぐらいだったんだけどな!
さらにさらに豪華特典として結城萌花先生の分かりやすい解説まで付いてあり、一人で勉強ができるのだ。
つまりこのプリントの内容をすべて理解できればまともな点数が取れるという寸法。
そして事前にこの男を残り一週間まで追い込んである。もはややらざるを得ない。
最後の仕上げだ、こいつの逃げ道を塞ぐ一手を叩き込む。
「あと一応言っておこう、このプリントテストが終わったら返しに来い」
「えっ…!?」
「聞こえなかったか?返しに来いと言っているんだ」
「え、えと…えっと…」
急に取り乱し始める、流石にあの男でも分かったらしい。この質問に「yes」で答えたら逃げ道がなくなることぐらいは。
もし、この男がこのプリントを使わなかったら当然残り1週間で勉強を全くしてこなかったのだ、いい点数なんて取れるはずない。
こいつがいい点数をとるためにはこのプリントを暗記するしかもう道はないと思われる。
俺が今封じたのは『原因を相手にすり替える行為』。勉強を俺達が教えないのは後で難癖付けられるか変な理由をこじつけて言い訳をさせないためだ。
だから俺は自主性という戦法をとった。一人でやれば原因はすべて自分だけに返ってくる。
そしてこのプリント自体を提出物にすることで、やったかやってないかの確認をする。
してなくて悪い点数を取ったというのなら原因は向こうにしかない。なぜなら俺ははっきりと言ったからだ「このプリントを暗記すればまともな点数が取れると 」とな。
したらいい点数は取れるんだ。学年トップレベルの人が、いつも自信の無いあの女の子がはっきりとそう言ってのけたんだ。
いつもの俺ならこういった発言は疑うのだが、彼女が頑張って作ってくれた、文句一つ言わず作ってくれたこの問題集を信じてみたいのだ。
ちなみに「no」で答えようものならもう知らん、このプリントは俺の勉強用に使わせてもらう。そして俺は後で結城萌花に土下座するだけ。
以上、俺の作戦の全容説明終わり。
ていうかそもそもyesってさっさと答えないあたりこの男がもう駄目だということがわかる。くっそ、同じクラスじゃなけりゃこんなこともないと言うのに…。
「…はい」
男は最後の最後まで力なく答えた。
でも俺達は決して悪い奴らじゃないんだよ、勘違いするなよ?
だって俺達はこいつがいい点とるために頑張ってんだから、むしろこんなやり方までしないといけなくしたあの男の方が悪いと俺は思うんだ。
「よし、じゃあ頑張れよ」
クラスの為にせいぜいな!
✖✖✖
「ふぃー…」
結局名前すらわからなかったその男は問題集を貰ったらそのまま何も言わず帰ってしまった。
足音が激しく、なにやらキレているように感じたが原因は俺にあって俺ではない。だから全く気にしてない。
だがそれより、大して喋ってないのにとても疲れた。
体重をすべて椅子に預けた。ぎしりと軋む音は俺の疲労と比例して大きくなる。
取り敢えずこれでおそらく問題は解決、あとはあの少年の好きなようにやらせればいい。やればいい点取れるし、やらないならお前のせいってことで周りから睨まれるだけだ。
「…ほんと、ありがたかったな…」
聞けばわかると思うのだがこの作戦はほとんど結城萌花に依存したものである。彼女の協力なくては何も出来なかった。
感謝感謝だ。これでみんな救われる。
そのうちちゃんとしたお礼を考えよう。
「よし、帰って勉強するか!」
大きな悩みがひとつ消えたからかとても気分が清々しい。今日はしっかりと勉強できそうな気がする。
「何勝手に帰ろうとしてんの!?片付けるよほらサボんないでよ!」
…その清々しい気分はもう聞き飽きたあの女の声で消えてなくなった。
結局、いつも通り残ったのは怒りだ。
「何がサボんないでよだコラァ!?今回の件お前結局何一つ関わってねぇじゃねぇか!?片付けぐらいやれこの役立たずが!」
「うっ…で、でもあんただって結局喋ってただけじゃない!あの問題集どうせ萌花ちゃんに頼んだんでしょ?じゃああんたもほとんど何もしてないじゃないこの人任せ!」
「人任せぇ!?そもそもこの作戦は俺が発案しなきゃ成り立たなかったんだ!つまり《監督:林田真希》で《脚本:結城萌花》ってことだ、お前ただの視聴者じゃねぇか!」
「その言い方よくわかんないし伝わりにくい!」
確かに!それは言えてる。でも問題はそこじゃないだろ!
「確かに結城萌花に頼りきったところはあるけども俺を非難していい理由にはなってない、そもそもお前が何もしなかったのも事実だしな」
「うう…」
言葉に詰まったな、俺の勝ちだ!これは叩けるぞ!ついに俺が攻撃側に回れる!
「悔しいか?悔しいよな?」
「…ごめん」
あ、あれ?俺の煽りに反応しない?真面目に謝られるの反応に困るんですけど。
…チッ!これじゃあ作戦が破綻してしまうじゃねぇか。
まぁ、いいや。こいつは今回何もしていない、それは作戦を考える中でとっくに分かっていたことだ。
こいつがキレ気味だったのも無力だった自分にイライラしてたからだろう。
そんな状態の森谷朱里と一緒にいたらこっちもイライラするからな。こうなった時のことも考えててよかったぜ。
「じゃあ、あれだ。今度ちょっと俺の買い物付き合ってくれよ」
「え?なんで?」
「確かにお前の言う通り、今回の件は結城萌花がいなきゃ何も出来なかった。だから結城萌花にさ、ちゃんとした感謝の気持ちっていうのをあげなきゃダメだろ?」
「…え!?じゃ、じゃあ私が…!?」
うん、物分りが早いじゃないか。
「そのプレゼント選ぶの手伝え」
「な、なんで私があんたと一緒に出かけなきゃいけないのよ!」
すごい勢いで後ろに下がり「ムリムリ」と手を振って来る。ついには壁まで下がってドンと激しい音がした。背骨が痛そう、そしてこれが俗にゆうドン引きというやつだ。最高にどうでもいい。
だが俺は忘れてない、かつて彼女は今の俺ぐらい無茶な理由付けで買い物に誘ったことを。
「まぁ聞け、これはお互いにとっていい話だ」
「私は嫌な予感しかしないんですけど!?」
「それは俺の話を聞いてから言ってもらおうか…まずお前が今気にしているのは自分に役目がなかったことだろ?だからお前に役割を与えてやろうということだ。俺は地球のことはちょっとは学んでるとはいえそんな知識地球で生きてるお前らにかなうはずもない。だからお前に頼むんだよ、わかるか?」
突然饒舌で喋りだしてしまった、これは引かれる…と思ったがやつはもう壁と接触していたからもう後ろには下がれない。壁にめり込むしかあるまい。
「は、はぁ…まぁあんたのためにっていう理由じゃなくて萌花ちゃんのためにって思えばいいからやってもいいけど…」
「おう、そっちのほうが俺的にも気分が楽でいいわ。そういった方向で今度よろしく頼む」
「はいはい…」
俺の頼みをどうでもいいみたいな感じで適当にあしらいやがった。
なんて女なんだ、俺はマジでお前のことを思ってだな…。
足でも引っ掛けてやろうかと思って後ろを向いた森谷朱里に近づいた。
「…ありがとね」
さっきまでの距離では聞こえない、近づいたからこそ聞こえたシンプルな感謝の言葉を俺は聞いてしまった。
「……」
いや、聞かなかったことにしよう。
俺はまた森谷朱里と距離をとる。
片付けも1通り終わった。ようやく帰れる。
今日からは大した悩みもなく過ごせる、テストに集中できる。
…その時の俺はそう思っていたらしい。
次回遅れます




