最低最悪のラック
「よし、ついたぞ!」
「…」
目が、目が覚めた。揺れ動く体が朦朧とした意識を少しずつ呼び覚ましていく。
現状を飲み込むのに少し時間がかかった。
…どうして俺は山本先生の運転する車に乗っているのか?
わからん、なぜこうなった。まだ起きたばかりで正常に働かない頭を使って自分の行動を思い返してみる。
確か、俺は先生に引っ張られて一緒に飯を食いに行こうと誘われた。
まぁ家に帰れないしいい提案だと思ったから了承した。
どこに連れていくのか聞いたら先生と同い年の老舗ラーメン店らしい。
そして老舗の意味を聞いた。
続いて腹部に鋭い痛みが走り…ここから先の記憶が無い。
最後に聞こえたのは「君みたいな勘のいいガキは嫌いだよ」というセリフ。
「…犯罪じゃねぇか!?」
「おっ、起きたか林田」
「起きたか、じゃねぇよ山本先生、いや、あんたは既に先生失格だよこの野郎」
「はっはっは、まぁそう言うな」
よく笑ってられんなこの女、自分の首が飛ぶ寸前かもしれないというのにこんな堂々としていられる。憧れを通り越して呆れるぜ。
「さて降りろ、私の好きなラーメン店だ」
「ラーメン…か」
もちろん初めて食べる食べ物である。だが知識はある。
らーめん、他の呼び名で中華そば。中華麺とスープを主に、様々な具材が入ってる麺料理。
塩、味噌、醤油など味の種類が多々あり、扱う店によってその味すらも変わってくる。まぁこれは当然か。
俺が今いる日本でカレーライスに並び「国民食」と呼ばれるほどのものだ。
とても興味深い。ていうか早く食べたい。
味によっては俺はこの先生の愚行を許すつもりまである。
先生が先行して店の扉を開く。と同時に聞こえる大きな声。
「へい!らっしゃい!あら!山本さん、ご無沙汰じゃないですかぁ!?」
どうやら常連さんと言うのは本当らしい。店員とも顔馴染みみたいだ。
「今日は私の教え子と一緒だ、オススメ二つ頼むよ」
「わかりやした!オススメ二つ入りやす!」
オススメ、というのだからこの店でトップの美味しさなのだろう。
だが少し残念だ、俺としてはメニューをしっかりと見て悩んで悩んで決める、というのをやりたかったのだ。
まぁそこまでやりたかったわけじゃないし、いいけれど。
とりあえず先生についていき、指定された席に座る。
どうも初めてのことで緊張していたのが見抜かれたのか。
「林田、まさかお前ラーメン屋は初めてか?」
「はぁ、そっすけど」
「…ふっ」
そう言うと山本先生は鼻で笑ってきやがった
なに?なんなの?今日あんたは俺を馬鹿にしに来たのか?ラーメン食ったことないくらいで馬鹿にすんなコラ。
もうあんたを教師とは思えねぇ、帰らせていただく!
…帰り道わかんないから無理だわ。
結局、俺に逃げるなんて選択肢は車に乗っけられた時点でなかったらしい。
そんなことを考えているうちに店員さんがラーメンを二つ持ってきてくれた。
早い、早すぎる。森谷朱里とはレベルが違う。そうかこれが「ぷろ」というものなんだな!
「醤油ラーメン二つ、お待ち!」
出されたのは「しょうゆらーめん」だそうだ。肉がたくさん乗ってて、なんかよくわからない茶色い枝のようなものまで乗っかってる。よくテレビで見るやつだ。だが実物を見たことは無いからすごくワクワクしてたきた。
さぁ早速初ラーメン…といきたいところだが、箸がない。
俺はラーメンというものを広告かCMぐらいでしか見たことがないので、てっきり一緒に渡されるものだと思っていたのだ。
まずいな、探してる余裕なんかないぞ、麺類は伸びるとベチョベチョして美味しくなくなると聞く。
「ほれ」
そんなどうでもいいこと悩んでんじゃねぇよって感じで、先生は割り箸を俺に渡してくれた。
「あっ、はいありがとうございます」
いきなりの優しさに少し動揺したか、上手く呂律が回らないまま感謝の言葉を口にする。
またどうでもいい話になってしまうのだが、この割り箸とかいうもの、綺麗に折れずにいつもムカムカする。何度も練習したら森谷朱里に怒られてまたムカムカする。ムカムカの無限ループムカ。コツを誰か知っていたら教えて欲しいムカ。
語尾がムカになるほどムカムカするから助けてムカ。
「さぁいただけ、美味しいぞここのラーメンは」
「じゃあお言葉に甘えまして…ムカ」
「ムカ?」
「いえ何でもないです」
語尾を隠しきれずにいるが、さぁどうでもいい割り箸チャレンジだ。
パキッ
「…チッ」
「フッ、下手だな林田」
「むぅ…」
ひどい有様だった、片方に大きく裂けてしまった。そして自身も失った。
味に支障は出ないからよかったものの、「上手に割り箸を割れない者はラーメンを食べる資格などない」なんて言われようものなら俺はきっと涙を流す。
「上手に橋を割れないやつなんかにラーメンを食べる資格なんてないからな?まぁ日々精進だよ林田」
パキッと、先生の箸と俺の心が折れる音がする。どちらも綺麗に折れました。
最近、ほんとなんなんだろうな…。運が悪いどうこうじゃねぇ、なんかこう、神様が俺を馬鹿にしているような感じがしてならない。
泣きはしないが、自分の生き方をけなされてるみたいでなんかやだ。
「はぁ、いただきます」
箸で麺をとり、アニメみたいに、啜る!
「熱ッっぅ!?ぐゴホッ!ゲホッ!?」
「…きみはじつにばかだな」
強烈な熱さに舌をやられ、そして汁がいい感じに器官に入りむせてしまう。何この不幸のコンビネーションは。
「ゲホッゴホッ…くそっ!らんらんら今日は!?」
「林田、焦るな焦るな、ちゃんと冷ませば熱は引く」
「は、はひ」
手元の水を飲み干す。少し熱いのは収まった。
「ふ、ふー!ふー!」
二度とあの熱いのはゴメンだ、全力で冷ます。
「はっはっは!面白いやつだなお前は!」
そんな俺をこの先生は大声で笑ってきた。
今の俺にはその笑いが誹謗中傷にしか聞こえない!
「人の全力を笑うなんてあんた教師やめた方いいんじゃないすか?」
「いやぁ、済まない済まない」
なんかこう、この先生もやりにくいな…。
女性って怖い。
ようやく冷めた麺を前回と同じく思い切り啜る。
美味しい、美味しいが今は素直にはしゃぐつもりになれない。
…これまでの不幸が大きすぎる。
不幸を幸福で埋め尽くすために、俺は次の麺を箸ですくい上げる。
もちろん冷ますのを忘れてはいけない。
次回も当然のように遅れます、遅れることが当然。つまりいつもと変わりません。