彼女の思い違いを知り、正す
「どう!あってるでしょ!」
「あーはいはい、あってますあってます」
「ふん! これまで私のこと馬鹿にしたような口ぶり、後悔したほうがいいわね。こう見えて私は数学の成績は学年で1位なのよ!」
いや、今までの話に数学関係ねぇだろ、リンデンは心底あきれた顔でカーテン越しの女性を見つめる。
「じゃあお前は人形じゃなくなりました、よかったね」
「……あなたもいつか嫌われますよ」
「かまわん、俺は一人でも十分楽しいからな。君もその楽しさを味わうのが一番の解決方法というのもあるが?」
「私はあんたみたいになるつもりはないですよ……」
冷たい声で言う。最初の声と違って元気が出てきている証拠だ。つまり調子乗っている。
「いい案だと思ったのに、話を戻すぞ、今お前は人形じゃなくなった、何かしているからです」
「えっ……ま、まぁなんかしてますね。しゃべってますしね」
「じゃあお前は何かしている。つまり何もしてないなんてふざけたこと言うな」
「で、でもしゃべっているだけでいじめられるなんてあるんですか?」
こいつは……どんだけあまちゃんなんだか,
「お前はどうして自分に原因があると考えないんだ」
「そこがわかりません! 私は被害者ですよ!?」
頑なに認めねぇな、この女。
そんなことを思い、そろそろうんざりして来たリンデンが語る。
「あーもう、めんどくせぇ。いいよ、はっきり言ってやるよ、お前に原因があるからいじめられんだよ」
「だからなんで」
「えっ、知らん」
「そ、そんな無責任な!? この部活は一体何のためにあるんですか!?」
俺に聞かないでくれ、心底心から思う。リンデンは今更ながらこの教室に偶然来たことを後悔する。
「まぁ、なんだ、お前のその喋り方とか問題なんじゃないの?喋っててて俺もイラつくし」
察しの悪さとかな、お前のせいで俺の人間の基準が下がっちまう。
カーテン越しの彼女に喧嘩を売ったリンデンは確実に動揺しているであろう彼女の返答を待つ。今度は何分答えるまでかかるか楽しみながら。
しかし以外にもその返答はすぐに来た。
「私は教室では無口なんですー。誰とも喋らないんですー。その考えが間違ってまーす」
「喋るにしろ喋らないにしろ、お前にはきっと永久に友達はできなさそうだな」
イラつきにピクピクしながら心底こいつに友達ができないことを祈るリンデン。
やはりこいつ、ムカつく。
しかも自分で答えをほぼ言っているようなものなのに、どうして気がつかないのだろうか。
「簡単に考えてよ、周りの話無視するから嫌われるんじゃねぇの?違うの?」
「やっぱり、そうなのかな……」
ん? まさかこいつ、知ってたのか?
急に、さっきまでの調子に乗っていた声のトーンが変化する。小さく、か細く、弱々しい、自信をなくした声になった。
「私ね? 人と話すのが苦手なんです、失敗したら、相手を不快にさせてしまったらって思うと、言葉を選びすぎて、会話にすらならなかったり……でも、それは悪気があってしてることじゃないから、原因じゃないと思ってた……けど、さっきの人形の話を聞いて、自分でもなんとなくわかったの、原因はこれなんだなって」
リンデンは意外だ、と思った、自分が思っていたこの女性がいじめられている原因が本来の原因と大きく異なっていたからだ
「あぁ、そうだなつまりお前は相手を不快にさせたくないから、無視を貫いていると」
彼女は自分の意思で、相手を思って無視を続けていたのだ、不快にさせないために、素晴らしいな、素晴らしい優しさだ。反吐がでるほどに。
「はい……私、どうしたらいいんでしょう、いじめられたくないです……」
(俺は、そんなこと思ったことがない)
リンデンは自分を思い返してみた。同じ孤独の状態にあった彼女と自分の違いを見つけるために。
(俺と彼女では、無視する理由が違うんだ)
リンデンは1人が気に入ってるから、もう関係を諦めているから、自らのために、相手を拒絶する無視を貫いてきた。
一方彼女は1人が嫌だから、友達の予定の人間を不快な気持ちにさせないためにも、会話が得意でないから無視をしてきた。
同じ無視だが、まるで違う。同じところはすでに諦めているということ。
(俺はいいんだきっと、あいつが言っているのは言い訳だ)
出来ないことを言い訳にして、出来るための努力をせずに諦める。そしてその自分を正当化するために目的すら捻じ曲げる。
人間というのはいかに自分に甘いか、リンデンは理解した。それと同時に恐怖を少し覚えた。
こいつらは自分のしたいことのために何かしら言い訳をつけるのではないか? と。思ったのだ。
殺人だって美しい動機を捏造すれば美しい悲劇だ。
窃盗だって暮らしが大変だったとでも言えば少しは同情される。
そしてこのいじめでも、彼女の話を聞く限り、加害者も向こうに言い訳を押し付けているのだろう。まぁそんなことしなくても素でこいつはムカつくからいいか……そうリンデンは感じた
「発想がおかしいよお前、そもそも会話できない奴が友達作れるわけないだろうが。話せよまず」
「で、でも、怖いです、相手を怒らせてしまいそうで……」
うん、心底分からない、こういう気にしなくてもいい場面でこそ人間は相手を気にする。リスクが少ないからか?
リンデンは頭を回して最善策を叩き出す。
「お前が今怒らせて怖い人は誰だ? 友達ゼロのお前が?」
と、聞く。それに対して少し不機嫌な様子で女性は答える。
「ムカつく言い方だなぁそんなの虐めてる人に決まってるじゃん」
リンデンがその言葉に「待ってました!」と言わんばかりに悪い笑顔になる。これを言ってやりたかったんだよ。そう心の中でリンデンは呟く。
「お前今とんでもないこと言ってんのわかるか?」
「え?」
「お前が嫌われたくないのは、すでに嫌われている人間なんだよ」
「……あ、た、確かに」
よかった、ようやく納得してくれたか。
「って、んん?」
(今更だがどうして俺はこんな名前も知らない女にここまでしてやってるんだ……?)
(あ、そうだ、バレないため、だったな。そうだったな)
じゃあそこまで真剣に考えなくてもいいだろ、という既にでていた自分に対する質問を投げ捨てる。
リンデンは何故かこいつをほっとけないのだ。理由はわからないが。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、う、うん大丈夫だ、話を戻そう。」
色々悩みを重ねながらも、この女のこの要件はしっかりやろう、そう思いながら、話の続きの準備をする。