やはり人間はムカつく
「すみません、昨日連絡したものなんですけど…」
扉から人間の雌のような声が聞こえる。リンデンの頬から冷や汗が流れた。
(知らんし……もしかしてこの女性がその連絡を受けた人か? くっそやっちまった。しかしどうしてこんなに前途多難なんだ)
リンデンは大いに焦っていた、まずこの女を隠さないといけない、そして何とかして今ノックしていた女性を騙さないといけない。
頭の回転は速かった。すぐさま掃除用具入れに倒れた女性をぶち込んだ。そしてこの教室を見渡し、何髪を隠せそうなものを探す、すると、ある特徴に気が付いた。
この教室はなぜか教室を二つに分けるカーテンがつけられている。そしてその境界線には机と椅子が置かれていた。
それを見て好都合だとリンデンは思った。姿を隠すためにカーテンを閉め、扉と逆側、窓側に移動した。
「よし、これで姿を隠せばオッケー……」
その時、不意に、扉が開いた。
「ちょ、誰もいないんですかー!?」
「!!??」
(こ、こいつ何の返事もしていないのに勝手に入りやがった!そのセリフはな、入る前に言うもんなんだよ! 人間はマナー知らずだな!?)
リンデンはそう思いながらも、しゃがみこんで身を隠した。
「ん?あれ、カーテンしまってるってことは、いるじゃないですか、もう。それじゃあいきなりですけど、始めてもらっていいですか?」
そう言って彼女はカーテンの境界の向こう側にある椅子に座った。
リンデンは変わらず机の後ろにかがんで隠れている。
「私の悩みを聞いてください……実は私」
(えっと……もしかしてこの教室って部室なのか? 多分この部室は談話室、というかお悩み相談部ってとこか)
リンデンは頭の中で現状を整理しだした。どうも考えることに長けているようだ。
「悩み相談部部長さんにお願いです、どうすればいいでしょうか」
消え入りそうな細々とした声をひねり出して、女性はそう言った。とても悲しい表情で言っているのが目に見える。
そんなこと言われても困るんだけど、とリンデンは思った。だがそう思いながら彼女の話に耳を傾けている。
リンデンは今していじ自分の行動に疑問を覚えた。なぜだろうか、興味もないのに、しいて言えば、かなりのピンチなのに。なぜか、聞かなければいけないような気がしてならない。
そんな悩みをよそに、カーテンの向こうの彼女は、自分の悩みを告白した。
「私、いじめられてるんです……」
「……はぁ?」
「え?」
(し、しまった、声に出てたか?)
慌ててリンデンは口を抑えた。だがもう遅い、遥かに遅すぎた
(もうだめだ、いることがばれた以上部長のふりをするしかない。そんで適当なこと言って、帰ってもらおう。そうしよう)
わざとらしく咳払いをして、覚悟を決めたリンデンはセットされていた椅子に座って、だるそうに頬杖をついた。
一応こうなったら、本格的を装っていこう。
リンデンは口を開いた。
「いじめって、たとえばどんなことされてるんですかね」
実はこの質問、人間にぜひ聞いてみたかった。
リンデンはこの人間や団体によく発生する、いじめ、というものがどうにも訳が分からなかった。気に入らないならほっておいてくれよ。という考えで生きてきた、だってどう考えてもそっちのほうが両者ともに楽なんだから。
一方カーテン越しの女性は初めてしっかり声が聞こえて安心したのか。少し声に明るみが出てこう続けた。
「物理的にです。口とかでもよく言われます……けど、何も言い返せないんです」
「ふぅん……?」
気が弱いから、言い返せないから、だからいじめられるんじゃないですかね。そんなこと言って終わりにしてしまおうとリンデンは思った。
「私は悪くないんです! なのにどうしてあの人たちは簡単に人をいじめてくるんですかね!」
だがその思いは女性のその一言で一瞬にしてかき消された。
「は?」
そして同時に人間はやはり救いようがないと心底思った。どうして原因を他人に押し付けるのだろうと。どうして自分が被害者だからと言って、自分は悪くないといえるのだろうと。
————————ムカつくな、地球人。
「気に入らないからいじめられんだよ……」
「え?」
疑問の一文字から、きっと女性は慰めてくれると思ったのだろう、だがその心の甘さに突き刺さる言葉を急に投げつけられ、困惑した。一瞬の静寂が教室を包む。
まず、その静寂を壊したのは女性のほうだった。
「ど、どういう意味ですか?」
深く溜息を吐くリンデン、カーテン越しに、「むっ」と、少し不機嫌になった女性の声が聞こえる。
リンデンは立ち上がり、がらっと不機嫌そうに椅子を引き、座る。そしてあきれた表情をして、リンデンはとてもだるそうに言った。
「なぁあんた、本当自分に原因ないと思ってんの」
「だって、被害者なんですよ自分は! 加害者である向こうが悪いに決まってるじゃないですか!」
「じゃあお前は何もしてないとしよう、それじゃあよ、お前は理由もなく人間の形をした人形を殴るのか?」
机をトントンと指で叩きながらリンデンはそう言った。
「……は? そんな馬鹿なことしませんよ!」
「だよなぁ、なんで?」
その質問にカーテンの向こうの女性は黙り込む。一方でリンデンは心の底から人間に対して幻滅していた。こんなことぐらいすぐ分かれよ……と。
またもや深いため息をつく、向こうの女性も小声で「何なのこの人」とすごく機嫌が悪そうにしてそう言った。
悪いな、俺はお前らみたいな人間じゃないんだよ。残念でした。とリンデンは心の中で答えた。
次に女性が声を発したのは実に一分ほどたった後だった。
「それは人形が無害だからです!」
ボソリと「遅い」とリンデンは呟いた。どうやら誰も聞こえていないらしい。
「あぁそうだよ。つまりその人形は今のお前が抱いている理想の自分だとしよう。だってお前は何もしていないらしからな。それしやたそこで問題だ、人形であるお前は本来の人形と違っていじめられるのでしょうかねぇ?」
赤子に言うような口調で言う。そろそろ向こうのイライラも限界になってきたか。何も言ってなくても怒りが伝わってくる。
彼女は今回はすぐに答えを出してきた。
「私が人形じゃないからです!」
「お前だとしようって言ってんだろうが、お前が何もしてないっていうならな、それは人形と同じってことだよ、だから惜しいがそれは間違いだ」
するとパンと、手をたたく音が聞こえた。そして「わかった!」と、今までで一番元気な声も。
「私は人形と違って言葉をしゃべれる!どう!」
女性がふん、と鼻で笑う。どちらから見ても顔は見えないがおそらく「ざまーみろ」みたいな顔してるんでしょうね。とリンデンは思う。
(人間のくせに生意気なんだよ、しかもそれは自分より下の地位にしかできない行為なんだよ……)
同時にこんなことも思った。