ただ純粋に屑なだけ
「……ずっと、考えてたんだ。お前はこの世界に疎いんじゃないかってな。深夜アニメを知らないと言っていたからな」
実際、賭けだった。
二重世界の話を聞いた時に俺は本当に絶望したんだ。
最後の手段を使えなくなってしまうかもしれないから。
さっき縛られてる手で俺の制服のポケットをあさくってみた。ちゃんとそこに、それはあった。
「……それがなんだ、深夜アニメを知らないことに、世界に疎いことになんの意味がある」
「意味はあるさ、ありがとよって俺がお前に言えるんだ」
「どういうことだ……?」
隣にいるブランシュも目を細めて何を言っているのかわからないといった表情をしている。
まぁそうだろうな、と思う。こんなものを作戦の一部にするなんて自分でもどうかと思っていたからな。
ヒビが増え始める。あと少しだ、あと少しでこの世界は消えて無くなる。
そんな消えゆく世界の中で、俺は天を見上げながら口を開く。
「俺はな、シーガ。この世界に来てまだ一ヶ月しかいないんだ。そんな短い時間で俺が知ったことは、とても少なくて、小さいものだ」
思い返すは、不幸な思い出。
それでも楽しかったあのバカ達との生活。
人間も案外悪くはないと教わった。アニメは良いものだと知ってしまった。自動で開くドアに感動もした。
知らないことばかりだった。人間をバカにして来た俺は一瞬で叩きのめされた。
だから、俺はこの一ヶ月人間の生み出したものを調べ抜いた。チンケな量だったかもしれない、でもそれは確実に自分の力になってくれた。
「……俺がお前に勝つためには、そんな小さいものを使って、気がつかれないように油断させるしかないと思っていたんだ」
「おい、なんの話をしてる! つまり何が言いたいんだ貴様は!」
「知りたいか? 答えはこの世界が崩壊した瞬間にわかるだろうが……ヒントやるよ。俺が油断させようとしたのはお前じゃない。隣にいるブランシュだ」
「え!?」
隣のブランシュが驚きの声を上げる。勝ち誇っていた顔にほころびが見える。そうだ、そんな顔が見たかった。
「……!?」
シーガが何かに気がついたようで、周りに目を配り始めた。
この世界には俺たち3人しかいないというのに。
でもそれは正しい行動だ。それをしなければ死ぬのだから。
「ブランシュ! 崩壊した瞬間に来るぞ! 意識を張り巡らせろ!」
「えっ……? えっ!?」
どうやら彼女は理解が及んでいないようだ、この状況で、俺なんかに気を配っている場合じゃないことをシーガは知った。
俺はそんな慌てふためく顔を見てほくそ笑むのが大好きなのさ。
「なに!? なんなの一体!?」
「馬鹿か!? 気がつかないのは貴様は!? 油断させたかったのがお前だということは、今の状況はこの男の作戦の一部だということ……つまりお前が裏切りこちらに戻ることすら作戦の内だということだ!!」
「気がついたな……だがもう時すでに遅しってやつさ」
決して無駄ではないここに至るまでの全ての出来事は、今線で一つに結ばれた。
だが大層なことはしていない。誇れる作戦でもなかった。
気がつこうと思えば気がつける。だが奴らは理解出来ていなかった。それは油断であり、驕り。
「さぁ幕引きだ。最後に立っているのは……果たしてどっちかな?」
全ては、想定内。
「結びは頼むぜ……相棒」
俺は崩壊していく空を見上げて、呟いた。
聞こえるはずもないけれど、きっと届いている気がする。
世界が、元に戻る。
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世界は崩壊した。そして何度も見た街並みが広がる。
まぁさっきと違う点は人がいるというところだけだろうが。
俺はそんな街中で、攻撃に備えて警戒を強める二人の間に座り込んでいるもう俺の役目は終了したからだ。
「……だが、平気だ。大丈夫だ」
警戒態勢を強めたシーガが呟いた。
「恐らくは、遠距離の投擲武器による攻撃しか出来ない……」
「それは、どういう事なの?」
ブランシュが疑問を抱いた。
しかしこいつ……いい線つくな。
「人混みの中で人の形をしたものを、物理的な技で攻撃をするとどうなる……?」
「なるほど……流石ね」
ブランシュが理解したようで、ニヤリと笑った。遠距離からくると分かったからか、ほんの少し緊張感が緩んだ気がする。
あぁ……やっぱり、そう思うよな。
俺もそう思ってた。俺はそう提案したんだ。遠距離の一撃で仕留めろと。
「……ブランシュ、そして、シーガ」
こちらに背を向けている二人は、俺の声なんかに耳を貸さない。
聞かなくてもいい、聞いてどうこうなるわけじゃない。
俺が言って、優越感に浸りたいだけだ。
口を歪ませ、ぼそりと呟く。この一ヶ月で俺が知った。最大の学習。それが奴らの致命的なミスだ。
「お前らは……」
「……森谷朱里の怖さを知らないッ!!」
「……死に晒せ! ロリコン忍者ァァァァ!!!」
次の瞬間だった。ドゴシャッと、何かが砕けるような音が近くで響いた。
「……え?」
ブランシュが音のする方向を見つめた。
作戦を立てた俺ですら二度見してしまいそうな、引くレベルの光景があった。
それは、完全に意識の外から来る一撃。遠距離を想定していた彼らにとっては到底回避不能な上空からの襲撃。
怒りを、憎しみを、絶望を。私怨全てを込めた踵落とし。
それは天空から降り注ぐ雷のように、シーガの脳天に突き刺さった。
大地はめくれ、膝は割れ、首の骨がイカれるような一撃はまさに落雷。
つまりモロに食らえば、即死である。
シーガは、前のめりで倒れた。
踵落としを放った相棒は、慣れた足運びで地に着く。
これが、森谷朱里だ。疫病神であり、悪魔である。俺が知る中で最強の人類。
一撃の重さなら、俺よりある。
シーガ、結局お前は油断を捨てきれなかったのさ。
「……ふぅ! スッキリしたぁ!」
そして倒れたシーガを見下ろしながら最高の笑顔で彼女はそう言った。
まだ半日も経ってない、なのに本当に久しぶりに会った気分だ。
「私たちの勝ちってことでいいのよね、相棒!」
「あぁその通りだな……相棒!」
お互いにやりと笑った。今はそれだけで十分だ。
さてと、最後に立っていたものが勝者だ。それは戦いが終わった後でも言えること。
お前の負けだシーガ。
「くっくっく……ざまぁみろ!」
盛大に笑ってやるよ。1体1なんて最初から考えてるわけないだろうが。
ただの純粋なクズ野郎に負ける気分はどうだ?
そこで雨でも味わってな、敗者様!!
遅れます(確定事項)